近年、日本でもアート市場の広がりによって、アーティストとギャラリーや美術館、企業との間で、著作権や契約に関する問題が話題になることを多く目にするようになった。特に現代アートは市場が大きくなかったこともあり、契約書を交わす商慣習があまりなく、契約書の不在が問題を複雑にしているケースもある。
そのような中で、アートと法律に関する分野である「アート・ロー(Art Law)」を、もっとも先進的な事例が多いアメリカ、ニューヨーク州で専門的に学び、日本で実務を行っている弁護士の木村剛大(きむら・こうだい)さんに、これまでのキャリアと現在の取り組みについておうかがいした。

幼少期はどんなことに関心があったのだろうか?
「美術は好きだったのですが、幼少期から夢中になっていたという感じではなくて、野球が好きでしたね。むしろスポーツのほうに関心がありました。ただ、現在の仕事と関連するところで言うと、父が広告関連のフォトグラファーだったので、典型的なサラリーマン家庭ではなかったんですね。自分で小さい会社をやっていて、スタジオで広告写真を撮影していました。今も続けています。だから小さい頃はスタジオに行くことはありました。父の展覧会も見に行ったことはありますが、それは結構大きくなってからですね。」

なぜ弁護士に関心を持ったのだろうか?
「法学部に入ったのは、何をするにでも役立ちそうだなと思ったからという程度の軽い気持ちでしたね。弁護士も選択肢には入っていましたが、親戚に弁護士がいるわけでもなく、最初から強くなりたいと思っていたわけではないんですよ。だから若干同学年よりも司法試験の勉強を始めるのは遅かったほうです。当時はやる気満々の人は1年生の後半や2年生の最初からやり出すんですけど、自分が始めたのは2年生の終わりくらいでしたね。」
そして、卒業した年に司法試験に合格し、1年4か月間の「司法修習」を修了して晴れて弁護士になった。しかし、弁護士といってもさまざまな専門分野がある。
「慶應義塾大学で君嶋祐子先生の知的財産法のゼミを取っていて、知的財産法も面白い分野だなと感じていました。法律事務所への就職活動では、特許や商標、著作権など広く知的財産法の分野をやれる事務所がいいと思ってユアサハラ法律特許事務所に入ったんです。メーカーから商社、ITとか色々な分野の企業がクライアントにいましたが、アート、エンターテインメント関係は当時はそれほど多くなかったですね。ただ、ミュージシャンを代理する音楽関連の案件はたまたま担当する機会がありました。古くから渉外業務を扱ってきた事務所だったので、海外企業のクライアントも多かったです。貴重な経験をさせていただきました。」
その中で、アートに関する法律を勉強するようになったのはなぜだろうか?
「事務所に入って4~5年すると、留学のタイミングが回ってきます。事務所にもよるんですけど、前の事務所の場合は、海外のクライアントも多かったですし、英語が使えたほうが実務の幅も広がるので、希望者は留学に行けました。それで出願の準備をする時に、何を海外で勉強するかを真剣に考えて、かなり入念にリサーチしました。留学して英語力がアップしただけでは物足りないので、自分に強みをつくりたいと思ったんです。」
そこで「アート・ロー」が浮上する。
「自分が好きな分野で、これまでの知財の経験を活かせて、日本よりも海外に情報がたくさんあって、日本で競合も少ない分野と考えたとき、アートは非常に面白い分野だと思ったんですね。アメリカでは現代アートに関連する判決も多く出ていました。相当ニッチなんですけど、だからこそ挑戦しがいがあり、面白いと思いました。それで、出願や英語のスコアといった留学の準備をしながら、いろいろと意識して現代アートの展示を見に行ったり、文献を読んだりするようになりました。今も情報が多いとはいえないんですけど、日本では特に現代アート関連に関しては当時ほとんど情報も議論されることもなかったし、弁護士業界では誰も関心がないみたいな状態でした(笑)。」
当時、日本では現代アート分野に注力する法律家はほとんどいなかったという。
「情報も取り扱っている弁護士もほとんどいないくらいの状況だったので、なんでなんだろうという疑問もありました。しかし、アメリカの情報を調べていると、1980年代から分厚い『Art Law』【※1】という本が出ていたり、裁判例も多くあったり、情報量も圧倒的にアメリカ、特にニューヨークにあったんです。当時は誰もやってる弁護士がいなかったですし、弁護士として売上の柱になるかどうかは全くわからないけど、アピールできるポイントになればいいんじゃないか。好きな分野だし、ライフワークとしてずっと続けられる分野を一つつくるのはいいんじゃないかと思ったんです。」
そこでアートと法律に関する分野「アート・ロー」に絞って、留学先や大学を決めていった。
「ロースクール(ベンジャミン・N・カルドーゾ・スクール・オブ・ロー)【※2】と同時に、ニューヨークにクリスティーズ・エデュケーション(Christie’s Education)【※3】という、オークションハウスのクリスティーズが運営する教育機関があって、そこのアート・ビジネス・コースを同時に申し込みました。平日の夜間と土曜に開講していたので、ロースクールと並行して何とか修了できると思ったので。確か受講料が1万5000ドルとか、当時は円高とはいえ、ちゃんとした値段だったのですが、どうせ行くんだったら、その時しかできないことをしたかったので、思い切って申し込みました。」

そこで木村は、2012年8月からロースクールで知的財産法のコースを履修し、夜間や土曜日に、「クリスティーズ・エデュケーション」に通う日々を送ることになる。その合間にニューヨークのアートを体感する。
「美術館やギャラリーは、かなり回りましたね。そこで規模の大きさ、スケールの大きさを、すごく感じました。美術館に行けば、ウォーホルをはじめとして、いわゆるメジャーなアーティストの作品がいっぱいある。MoMA、メトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館とか、そういう観光地的なところも回りましたし、ニューヨーク郊外のストーム・キング・アートセンター【※4】やディア・ビーコン【※5】にも行きました。規模の違いを体験できて非常に楽しかった。パブリックアートもたくさん見て、その時にちょうど西野達さんのコロンブスの銅像を囲んで室内のようにする、《ディスカバリング・コロンブス》(2012年)【※6】がちょうどやっていて見ることができました。」
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1年弱しかない留学のプログラムの中で、木村は後期から現地の法律事務所でインターンを行う。インターンを行っていた日本人の学生はほとんどいなかったという。
「Volunteer Lawyers for the Arts(VLA)【※7】という、歴史ある法曹団体があるんですけど、どのようなアート関係の支援をしているかを見たかったので、インターンシップに応募しました。VLAが開講していたファッションローの講座に通い、ディレクターと顔なじみになって関係性をつくるステップは踏んでいました。ただ、普通のアメリカ人が行くJD(Juris Doctor、3年間)の学生も同じ枠で申し込んでくるので、そこは通らなくて……。留学中のプランは相当調べていったのですが、インターンに関しては、プランBを練っていませんでした。2012年12月に面接して、2013年1月に結果的にインターンに通らなくてどうしようと思っていたんです。」
その時、偶然、ロースクールのクラスのために調べものをしていて面白い記事に出会う。
「チャールズ・ダンジガーとトーマス・ダンジガー兄弟がツートップで「アート・ロー」を専門的にやっている法律事務所があって、チャールズとトーマスが『Art + Auction』【※8】という雑誌に「Brothers in Law」という法律のコラムを連載していたんです。ロースクールの著作権のクラスのリサーチをしてる時にその連載記事をたまたま見つけました。それがすごく自分には刺さったんです。スタイルとしては、一般読者にもわかりやすく、ちょっとユーモアも交えながら読み物として読めるコラムなのですが、法律家が読んでも参考になる内容を書いていて、クオリティの高い記事でした【※9】。どこの事務所の弁護士が書いているのだろうと思い調べたら、彼らがやっているダンジガー・ダンジガー・ムーロー法律事務所【※10】が、パーク・アベニュー(Park Avenue)にあり、近くだったのです。メインで書いていたのが、チャールズなんですが、日本語含めて5か国語くらい話せて、アニメのクリエイターでもある天才肌の人でした。」
そこで急遽、ダンジガー・ダンジガー・ムーロー法律事務所のインターンに応募することになる。
「ダンジガー・ダンジガー・ムーローは、日本のクライアントも多いようだったので、結構自分は需要があるんじゃないかと思いました。インターンだし、給料を払う必要もないので。ロースクールにもキャリア相談に乗ってくれるカウンセラーがいて、ここでインターンしたいんだけどどう思う?って相談したら、これは行けるみたいな感じで、レジュメ(履歴書)を直してくれました。それで何のつてもなく突撃でレジュメをメールで送ったら、すぐに返事が来て、いつ面接に来れる?みたいなスピード感で面接に行ったんです(笑)。そして、トントン拍子でインターンが決まって。2013年2月から始めて、ロースクールを卒業する5月末までいました。」
それが結果的にもっとも糧となる実践経験となった。
「インターンが一番面白かったですね。事務所がギャラリーのように作品がたくさんあって。ロースクールがつまらなかったわけではないですが(笑)。やっぱり座学よりも実務の方が弁護士としては面白みを感じます。そこでの経験がすごく大きくて、結果オーライパターンですが、VLAよりも貴重な経験になったかもしれません。それで今の執筆のスタイルも、チャールズを参考にしています。」
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『ウェブ版美術手帖』や『Tokyo Art Beat』に旺盛に執筆する現在の木村のスタイルは、この時の経験に起源がある。
「それから、実際の案件としてもいろいろ本当にメジャーなアーティストの案件をやっていました。後は、オークション制度についてのリサーチやチャールズとトーマスの書く記事のためのリサーチ、原稿を読ませてもらって、コメントくれと言われたりしていました。アメリカンジョークを翻訳して日本語にしてもテンションが違うので真似できないですが、記事のスタイルは参考になっています。だから、「アート・ロー」の分野で実務を行っていく上では、このインターンが自分の中では大きい経験になりました。」
ロースクール卒業後、ニューヨーク州の司法試験を受験し、次はシンガポールの法律事務所に入所する。それは留学前から決めていたことだった。
「その前の担当者からの引継ぎの関係で、契約よりもちょっと早めてくれないかと言われて早めにシンガポールに行ったんです。ニューヨーク州司法試験が7月末に終わって、たぶん2日後か3日後には日本に帰国して、その2日後くらいにはシンガポールにもう行っていました(笑)。勤務したケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所【※11】は、シンガポールのローカルの事務所ですが、日系企業のお客さんが多くて、毎年、任期1年で日本人の弁護士を1人か2人採用していました。日系企業に向けたセミナーをしたり、シンガポール法弁護士と日系企業との間の橋渡しをしたりする役割ですね。」
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シンガポールで勤務することを決めていたのはなぜだろうか?
「シンガポールはアートとは直接は関係ないです。元々知っている事務所で、日本法弁護士を受け入れていることを知っていたので、アメリカに行く前に契約を結びました。東南アジアではシンガポールに法務機能が集まっていたので、シンガポールに行くことによって他の周辺国も見られる。また、英語圏で異なる文化に触れてみたいという思いもありました。一応アートとの絡みでいえば、アジア、東南アジアのアートハブとして、シンガポールは国策としても力を入れていたので、すぐ結びつかないにしても、将来的に重要な拠点になるかもしれないという狙いもありました。」
シンガポールで得たものは何だろうか?
「よき友人ですかね(笑)。シンガポール案件は現状そこまで多くはないです。シンガポールの事務所では、シンガポール法弁護士に案件をハンドリングしてもらい、自分のような日本法弁護士は現地資格はないので、直接訴訟を担当したり、契約書をつくったりすることはできません。ですので、ある意味案件を依頼する側になって、さまざまな弁護士とコミュニケーションをとり、案件に取り組めたことは、すごくいい経験になりましたね。どういう弁護士が依頼しやすいか、満足度が高くなるかを体感することができました。それから日本に帰国します。ですから留学、海外勤務は合計2年2か月です。そして2014年10月に元の事務所に復帰しました。」
そこから本格的に日本で「アート・ロー」を開拓するための活動を行うようになる
「いろいろ情報も仕込んだし、自分のウェブサイト【※12】をつくって、とりあえず情報発信していこうと。それでアートと法律関係の記事を書き始めました。」
発信してみて、日本のアート業界に「アート・ロー」はどう受け止められただろうか?
「需要はあるんじゃないかなとは思いましたね。というのも、結構すぐに問い合わせが来たんですよ。ギャラリーやアーティストからちょくちょく仕事のご相談がくるようになりました。他にやっている弁護士もいないし、市場が小さくてプレイヤーも少ないので、ブルーオーシャンだったということですね。ずっと書き続けたら、需要はあるのかなと感じながら、とりあえず自分のウェブサイトで記事を書いていました。
現在、『ウェブ版美術手帖』編集長の橋爪勇介さんが『ウェブ版美術手帖』に行く前から、Twitter(現・X)で記事が面白いとコメントをくれたり、他のメディアからもちょくちょく声がかかったりするようになりました。最初にアート関連でメディアに書いたのは、2018年6月のウェブ版『現代ビジネス』に寄稿した記事【※13】ですが、一番インパクトがあったのは、やはり『ウェブ版美術手帖』の連載ですね。ただ、留学から帰ってきて事務所に復帰したのが2014年10月、自分のウェブサイトで記事を書き始めたのが2016年7月。『ウェブ版美術手帖』で連載を始めたのは2019年7月なので、振り返ると日本での実務に復帰してからも時間がかかっていますね。」
橋爪氏からの依頼で2019年7月から開始された『ウェブ版美術手帖』の連載、「アートと法 / Art Law」【※14】は、マルセル・デュシャンのレディメイドの概念からはじまり、アンディ・ウォーホルやリチャード・プリンス、ジェフ・クーンズのアプロプリエーション(盗用)、パブリックアートやオークション、追及権、「パーセント・フォー・アート」のような文化政策、千住博の契約関連の訴訟に至るまで、著作権や法の観点から、現代アートと権利の問題を浮かび上がらせる論考で話題となった。それは、今まで日本の美術関係者にはほとんど認識されていない問題だった。
「メディアはメディアが読んでいると思っています。メディアは常に書き手を探しているので、『ウェブ版美術手帖』に掲載されたことで、他のメディアから、インタビューや取材、記事執筆などの依頼が圧倒的に多くなりました。また、アーティストやギャラリーからの問い合わせも増えましたね。」

Twitter:木村剛大 / Art Law @KimuraKodai
日本の美術業界と接するなかで、ニューヨークの美術業界との違いや課題などを感じることはなかったのだろうか?
「自分のところに相談に来られる人は、意識が高い人なので、その時点で気付いてるわけなんですよね。例えば、契約書がないのはおかしいとか。もちろん課題も見えるのですが、希望も見えましたね。むしろ問題意識をもった人が増えている。日本の文献を読んでいると、著名なギャラリーでもアーティストと契約書は結んでいません、と書いてあるくらいだったので(笑)。それだと日本の多くのギャラリーに契約書がないことも想像できます。それでトラブルがなかったら、百歩譲っていいんですけど、トラブルもあるので、そこは非常に課題として感じますね。契約書はアーティストを縛るためだけのものではなく、ギャラリーの責任も含めて、互いの認識のズレを防ぐ機能もありますから。」
また、大学で知的財産法の講義を担当している。
「大学での講義に関しては、大学時代のゼミのつながりで担当させていただいています。知的財産法を教えられていた君嶋先生は、今も現役の教授ですけど、そこのゼミ同期の麻生典先生が知的財産法の研究者になっています。彼が九州大学大学院芸術工学研究院で教えていたので、非常勤をやってほしいと誘われて2015年から2022年まで担当しました。今は君嶋先生からお誘いいただいて、慶應義塾大学法務研究科のグローバル法務専攻で、留学生向けの英語の授業を担当しています。」
それ以外にも、芸術大学で出張法律相談なども行っているのはどういう背景だろうか?
「文化庁の事業で「文化芸術活動に関する法律相談窓口」【※15】というのがあって、「弁護士知財ネット」【※16】という団体が受託をして、その中のメンバーとして初年度から担当しています。それは美術はもちろん含まれますし、その他の音楽でも執筆関係でもいいし、映像関係でもいい。すごく幅広い文化芸術活動に関連する法律相談をカバーする制度です。東京藝大や京都市立芸大の文化祭で出張法律相談をしているのも、その一環です。」
文化庁は、2021年~2022年、文化芸術の担い手が小規模な団体やフリーランス等が多く、不利な条件の下で業務に従事せざるを得ない状況を受け、「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」を開催し、2022年「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」【※17】を作成した。「文化芸術活動に関する法律相談窓口」はその実効性を担保するために2023年に開設されたが、現在まで続いている。それだけ相談件数が多いということだろう。実際、法律相談を受ける中でどのように実態を感じるだろうか?
「そうですね。やはりトラブルが多いなと感じます。法律知識や権利意識は以前に比べたら向上しているとは思いますが、やっぱり契約書がないことも多いですし。私がセミナーで話す時に一番伝えたいこととして、文化庁の「文化芸術活動に関する法律相談窓口」が設置されていて、とりあえずここに相談することも選択肢です、と紹介しています(笑)。これは、無料で弁護士に相談できるめちゃくちゃお得な制度です。もちろん権利行使まではできないなどの一定の限界はありますが、例えば、自分としてはこう思うけど、それが契約上、法律上も正しいのか?みたいな相談には最適です。」
現在、アートに関する法律知識、「アート・ロー」は多くのアート関係者に浸透するようになったのだろうか? また、「アート・ロー」を取り扱う弁護士も増加しているのだろうか?
「留学から帰って来てからのことで言うと、慶應大学の島田真琴教授が『アート・ロー入門』【※18】という書籍を書いていますし、私も2019年の連載で「アート・ロー」という言葉を根付かせるために連載タイトルに入れたいということで「アートと法 / Art Law」にした経緯があります。「アート・ロー」という言葉自体は10年前に比べて定着してきたとは思います。ただ、弁護士として参入してくる人が多いかというと、ほとんど増えていないように感じています。」
毎年のように著作権や知的財産権の知識が不足しているがために、SNS上で炎上したり、問題になったりするケースがあり、それによってキャリアを失うクリエイターも多い。そのような出来事について、『ウェブ版美術手帖』や『Tokyo Art Beat』などで木村は解説記事を書いている。日本の美術・芸術大学で、知的財産法を教える必要性についてはどうだろうか?
「アメリカの美術系の大学で、知的財産法の講座があるかわかりませんが、「Volunteer Lawyers for the Arts」のような民間団体が法律相談の受け皿になっているケースはあります。そういうのがないんだったら、一講座くらい設けたほうがいいと思いますし、実際に、東京造形大学の卒業制作の前に依頼していただいて、著作権と肖像権について講演したことがあります。そういう問題意識ですよね。基本を押さえておけるような講座があるといいですね。」
アートの著作権の意識が低い原因は何だろうか?
「アートの場合は物理的なモノ、原作品の売買が中心になるという特殊性があります。むしろ、それが自然なのかもしれないですけど、他の著作物と比較しても性質が実は違うということはあると思います。音楽は比較対象としてはわかりやすく、コピーがオリジナルと同じ価値なのでより著作権が意識されやすいのかと思います。」
アメリカで「アート・ロー」が発達したのには別の要素もある。
「アプロプリエーション(盗用)の手法を使うジェフ・クーンズにしても、訴えられた時の額が大きいですね。著名なアーティストが訴えられて、著作権侵害が認められるとお金になるので、訴訟になりやすいのでしょう。逆に、アメリカには日本にはないフェアユース【※19】があるので、日本の著作権法で認められない、アプロプリエーションのような既存作品の利用も、アメリカの著作権法では適法になることがあります。そこのせめぎ合いなんだと思います。」
日本で「アート・ロー」の案件を取り扱うなかで、想定しなかった相談もあるという。
「10年以上やり続けてきて、自分が想定していなかった案件が来ることがあります。例えば、海外のオークションハウスに出品するためにKYC(Know Your Customer、マネーロンダリング防止のための顧客確認手続きのこと)を求められて、それに対応するとか。文献には書いていませんからね。だから、まだまだ広がりの余地ははやっぱりあると思います。」
その他にも、2020年7月からはブロックチェーン技術を用い技術開発や事業を行うスターンバーン株式会社【※20】のリーガル・アドバイザーも担当している。
「きっかけは、紀南アートウィーク【※21】を運営している藪本雄登さんからのご紹介でした。スタートバーンの方々が、『ウェブ版美術手帖』の連載記事を読んでいてくれたこともスムーズに話が進んだ要因になったように思います。スタートバーンのリーガルを担当するようになったことは、案件の幅が広がる契機になりました。ブロックチェーン、NFT関連やムーンアートナイト下北沢【※22】などのアートフェスティバルといった多様な案件を担当しています。」
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アート市場が広がるなかで、日本のアーティストが未整備な契約体系や法律的知識の欠如で困難に陥っていることは無数にある。木村のような弁護士の存在は、ますます重要になってくるだろう。今後の展望としてはどのようなことを考えているのだろうか?
「近々での展望は、いろいろウェブで記事も書いてきて、だいぶ積み重なってきたので、書籍化して、アート業界の役に立つような形で成果をまとめたいと思っています。」
その他に、近年では昨年設立された一般財団法人ヤノベケンジ財団【※23】のように、アーティスト財団のメンバーとして加わるようにもなっている。80年代、90年代から国際的に活躍しているアーティストが、どのように作品を後世に継承していくかも課題になっているのだろうか?
「それはまさに喫緊の課題ですね。そういう相談が来ることももちろんあります。でもアーティストが亡くなった後では、選択肢が限られてしまいます。相続の際にご家族が対応に苦難する可能性もあります。例えば、父親がアーティストだったら、父親の美術活動に関心があってある程度関与しているご家族もいれば、全然関心のないご家族もいますよね。そうなったら所有権のある作品がどこにあるのか、総数として何個あるのか、評価額はいくらなのかを調べるところからスタートしなければならないので、大変な作業です。作品を廃棄するという選択につながりかねません。
社団法人、財団法人は相続時の税金関係だけではなくて、いかに作品を後世に残していくのか、その体制作りとしても重要になるので、アーティストにとってメリットがあります。著作権の継承者が、没後の著作権の問い合わせに対して、高齢になっていて、意思能力があるのかないのかみたいな話をされることもある。相続が始まり、相続人が複数いれば権利も散ってしまい、権利処理がやりにくくなります。そうすると、利用者がちゃんと許諾を得ようとしても難しいという場面があるんですよね。だから、アーティストが元気なうちに将来のことも考えて、とにかく早めに組織とチームをつくって、公益財団を目指すならプランを練り、その財団としての活動を始めていくことが理想的です。」

最後に、「アート・ロー」の分野に関心を持っている人に対してメッセージをうかがった。
「もっと「アート・ロー」に関心のある弁護士、法律家が増えるとよいですね。もちろん情報発信は、コツコツこれからも続けていきますけど、やはりプレイヤーが増えたほうが業界も盛り上がりますので、一緒に盛り上げましょう!」
【※1】Ralph E. Lerner, Judith A. Bresler, & Diana Wierbicki 『Art Law: The Guide for Collectors, Investors, Dealers & Artists』Practising Law Institute; 第5版、2020年。
※初版は1989年。
【※2】ベンジャミン・N・カルドーゾ・スクール・オブ・ロー(Benjamin N. Cardozo School of Law)
ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタンにあるイェシバ大学(Yeshiva University)傘下の法科大学院
【※3】クリスティーズ・エデュケーション(Christie’s Education)
世界的なオークションハウス「クリスティーズ」が運営する、美術市場の専門知識を習得するための教育機関
【※4】ストーム・キング・アートセンター(Storm King Art Center)
【※5】ディア・ビーコン(Dia:Beacon)
【※6】ニューヨーク・マンハッタンのロータリー交差点にある、地上20メートルの高さに立つ探検家クリストファー・コロンブスの像を取り囲み、あたかもリビングの中央に立つ彫刻のようにして鑑賞する作品。
【※7】Volunteer Lawyers for the Arts (VLA)
【※8】『Art + Auction』1979年に創刊されたニューヨーク発のアート雑誌で、アートマーケットの動向やオークション情報を専門に扱う月刊誌。近年はオンラインメディア「Artnet News」に統合・発展し、紙媒体の『Art + Auction』は発行を終了した。
【※9】Thomas & Charles Danziger 「The Material World」『Art+Auction Magazine』(2008年4月号)所収
【※10】ダンジガー・ダンジガー・ムーロー法律事務所(Danziger, Danziger & Muro LLP)
【※11】ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所(Kelvin Chia Partnership)
【※12】ART LAW WORLD
【※13】「東大絵画廃棄と金魚電話ボックス撤去から考える『アートと法律の関係』」現代ビジネス(2018年)
【※14】「アートと法 / Art Law」『ウェブ版美術手帖』カルチュア・コンビニエンス・クラブ、2019-2020年
【※15】文化芸術活動に関する法律相談窓口
【※16】弁護士知財ネット
【※17】文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)
【※18】島田真琴 『アート・ロー入門 美術品にかかわる法律の知識』慶応義塾大学出版会、2021年
【※19】フェアユース
著作権で保護されたコンテンツを、著作権者の許可なく利用しても著作権侵害にならない、というアメリカの著作権法における考え方。
【※20】スタートバーン株式会社
【※21】紀南アートウィーク
木村は監事として初年度から関与している。
【※22】ムーンアートナイト下北沢
【※23】一般財団法人ヤノベケンジ財団
(全URL最終確認2026年1月23日)
弁護士(日本・ニューヨーク州・ワシントン DC)、小林・弓削田法律事務所パートナー。ライフワークとしてアート・ロー(Art Law)に取り組み、アーティスト、アートギャラリー、アート系スタートアップ、美術館、キュレーター、アートコンサルタント、コレクター、パブリックアート・コンサルタント会社、アートメディア、アートプロジェクトに関わる各種企業にアドバイスを提供している。
文筆家、編集者、色彩研究者、美術評論家、ソフトウェアプランナーほか。アート&ブックレビューサイトeTOKI共同発行人。独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。