山口情報芸術センター(YCAM)にて、バイオアートの黎明期から世界的に活躍してきたオーストラリアのラボ「SymbioticA」のメンバーを中心とした、オロン・カッツ+イオナット・ズール+スティーブ・ベリックによる展覧会「PROJECT MRT—Natureless Solution/太陽と土と糞から切り離したテクノロジーの再考」が開催されている。そのキュレーターを務めるのは、インドネシア出身のレオナルド・バルトロメウス。インドネシアの著名なアーティストコレクティブ・ルアンルパ(ruangrupa)に関わることから活動が始まったバルトロメウスのキュレーション観は、従来のアートにおけるキュレーションのあり方とは一線を画しているように思える。本人が大切にしている「アートより友だち」という言葉は、陽気で柔和な雰囲気をまとい、誰からも「バルト」と愛称で呼ばれる姿に説得力を帯びる。Plurarity(多元性)/Pluriverse(多元世界)という言葉が注目を浴びる昨今、価値観が多元化した時代の「キュレーション」はどういったものなのだろうか。本人に話を伺い、「アートより友だち」の真意を紐解いた。

ーーバルトさんはどのような経緯で、キュレーターの仕事をするようになったのでしょうか?
バルトロメウス:正直なところ、よくわからないんです(笑)。ジャカルタ芸術大学で、最初はグラフィックデザインを学んでいました。でも課題のための印刷にお金がかかりすぎて、経済的に持続可能じゃないと感じたんです。私の学校では在学中に一度だけ専攻を変えられたので、入りやすい学科を探して、学生がひとりもいなかった陶芸科に編入することにしました。面接もなく、紙にサインするだけで編入できました(笑)。
陶芸科で学んでいる間、唯一の学生だったので時間がたくさんあり、展覧会に行ったり本を読んだりしました。そこで「キュレーター」という職業があることを知ったんです。当時のキュレーターのイメージは、主に展覧会のために文章を書く人。私は、作品をつくるよりも、文章を書いたり人と話したりすることに興味がありました。でも、どうやってキュレーターになればいいのか。20〜25年前の当時、資格を証明してくれるような機関はありませんでした。
そんなとき、ルアンルパが毎年開催していた「ヤングキュレーター・ワークショップ」を知って、「これだ!」と思い応募しました。でも残念ながら、私ひとりしか応募者がいなくて(笑)、ワークショップは中止になってしまったんです。代わりに批評ライティングのワークショップに参加することになりました。そうして私はルアンルパで主にライターや編集者として関わり始めました。
結局「キュレーターになりたい」ということも忘れて何年かプロジェクトに関わっていると、ある日突然「キュレーターをやらない?」と聞かれたんです。「えっ、キュレーターの仕事のやり方なんて知らないよ!」と言ったら、「もうやってるじゃないか。予算管理とか、アーカイブとか、アーティストとの交渉とか、ここ数年やってきたことがまさにそれだよ」と。それで、「じゃあ、やってみるか。面白いかもしれない」と思って、やってみたんです。
だから私のキャリアは、全然アテにならないかもしれません。でもこの経験が、私の展覧会づくりへの考え方に影響しています。私は大学や施設などで勉強・経験したキュレーターではなく、アーティストや教育者のバックグラウンドから来ています。キュレーションや美術史を学んで、特定の芸術分野に専門性を持つキュレーターとは違う。それよりも私は、人々がコミュニケーションできる空間をつくること、そしてアートを学びのツールとして使うことに興味があるんです。
ーーそんな経緯があったんですね。日本ではバルトさんのような形でキュレーターになる人は、あまり多くないように感じます。
バルトロメウス:日本のアートシーンは、かなり西洋が発展させてきたものを導入してきたように感じます。どうあるべきか、どう構成されるべきかという秩序がある。それがおそらくインドネシアとの大きな違いです。インドネシアには秩序がないとは言いませんが、もうすこし違った形態になっています。インドネシアでは、美術館があってもキュレーターを必要としない。アーティストもキュレーターを必要としない。キュレーターもギャラリーを必要とせず、自分でプロジェクトをやれる。だから、キュレーターという仕事の認識について、異なる視点が生まれます。
以前、日本人のキュレーターから「インスタレーション・アーティストを推薦してくれ」と聞かれたことがあって、「インスタレーション・アーティストって何?」と思いました(笑)。インドネシアでは、インスタレーションをつくってほしければ、そう頼めばいい。絵画を学んでいようが彫刻を学んでいようが関係ない。頼まれたことをやるだけです。これは良くも悪くも、「シーンの中で自分をどう位置づけるか」ということを、自分自身で理解する必要があるだけです。

ーールアンルパでキュレーターとしての仕事を始めて、2019年からはYCAMでお仕事をされていますよね。キャリアを通じてどのようなことを学んできましたか?
バルトロメウス:キュレーターの仕事と言っても、ルアンルパでは、個人の役割を固定しません。厳密に「あなたはキュレーター、あなたはライター」とは言わない。私がデザイナーになることもあれば、リサーチャーになることもある。キュレーターとして常に前面に立つ必要はないということを学びました。すべてのアイデアを私が出す必要はない。他の同僚、エデュケーターやエンジニアにも、どう発展させるべきか意見を求めることができます。これはルアンルパやインドネシアに限らず、どこでも有効です。
例えば地域に開いたプロジェクトをやるとき、地元の方々にキュレーターになってもらうこともできます。「このプロジェクトで何をすればいいですか?」と聞かれたら、どんどん関わってもらい、権限を共有します。YCAMでも、通常は違う役割のエデュケーションチームのメンバーに共同キュレーターになってもらったことがあります。「私のアイデアがイマイチとか、これはまったくナンセンスだとか、どんどん言ってね」と。他のメンバーと同じ権限を共有することは、本当に新鮮でした。そうしないと、いろいろなことが硬直化してしまいます。
自分をアーティストだと思ったことのない人に「アーティストである自分を想像できますか?」と聞くと、異なる視点が生まれる。役割を入れ替えることによって、普段の自分の役割からは見えないことが見えてくる。観客や世間がプロジェクトをどう見るかも理解が深まる。キュレーターにとって基本的なことは「caretaker(面倒をみる人)」であることだと思います。アーティストも関わってくれる人たちもケアする。それがキュレーターの基本だと私は思っています。その視点からすると、役割を変え続けることは常に良いことです。

ーー日本でキュレーターというと、全体を設計してコントロールする人のような印象がありますが、バルトさんのキュレーターとしての仕事は、もっと自由な役割で、メンバーのサポーターのような印象があります。それはバルトさん独自のアプローチですか?
バルトロメウス:ルアンルパで10年以上経験して、教えてもらってきたことなので、私独自のアプローチではないと思います。私にとってルアンルパでの経験が、アートを「ツールとして見る」ということに影響しています。アートは、科学教育などに比べて、学校教育では軽視されがちです。でも科学の発展にも、豊かな想像力が必要です。科学だけでは、私たちが未来を推進していくには不十分かもしれない。私は、なぜアートが「わかりにくいもの」として敬遠されるのかずっと問い続けています。ルアンルパから影響された考え方かもしれませんが、アートを万人のものにするために、美術館からではなく、路上から始めるべきだと思っています。
これがおそらく、ルアンルパで学んだ哲学的思考のひとつです。フリーマーケット、お祭り、コミュニティのバザー、子どもたちのワークショップ。そうした「家の目の前で起きていること」は、「大きな美術館での展覧会」と同じレベルで考えられるべきです。制作物ではなく、プロセスに焦点を当てる。そして、関わった人々に自信を持ってもらう。一緒にやったプロジェクトが、彼らのプロジェクトでもあると感じてもらうことが、何より重要だと思っています。
“Make friends, not art”. これはルアンルパの掲げたスローガンです。私はそれを日本語で「アートより友だち」と呼んでいます。ルアンルパには数多くの名言があって、これもそうした皮肉交じりのジョークのひとつです。ほとんどみんな注目されないアーティストだから、個別に制作ばっかりしてないで束になろう、と(笑)。でも実際、25年前にコレクティブができた最初の目的は、お互いを支え合うことでした。学校を卒業してから、アーティストとして生き残るのは本当に難しかったから。まずいい友だちになれたら、そこから一緒に制作することについて話せる。一緒にやる人のことを知らなければ、いい作品はつくれない。
どの展覧会でも、まずアーティストと友だちになろうとします。お互いのことを知ろうとする。バイブスが合うか、ジョークが合うか、ユーモアが合うか。アートそのものではなく、人間としてどうか。今回のオロン(・カッツ)たちとのプロジェクトもそうでした。彼らがバイオアートのパイオニアだから声をかけたんじゃなく、彼のユーモアのセンスが私たちと合うから興味を持ったんです。私があまり詳しくない「バイオアート」の展覧会ということで、最初は自信がなかったのですが、オロンたちと話す中で、バイオアートの技術を主題にして見せびらかすことよりも「私たちはどんな未来にアプローチしたいのか?」という大きな問いを主題にすることにしました。最終的に鑑賞者が自主的に興味を持てるような、会話のような形式の学習プラットフォームとして機能する場にしよう、と話したのです。
アーティストと良い関係があれば、99%良いプロジェクトができます。もちろん予算の問題や、実現できないことに直面するなど、さまざまな問題は起こるでしょう。でもいい関係があれば、友だちとして話し合える。それが本当に重要なんです。

ーーいい関係がまずは重要であるという話、とても共感できます。誰とでも友だちになれていそうなバルトさんですが、「友だち」になるのが難しいと感じることはありますか?
バルトロメウス:そうですね……これまでの人生では、いつも友だちに巡り会えて幸運でした。もちろん、会ってすぐに「友だちになろう」とは言いません。重要なのは、親切であろうとすること、理解しようとすること、時間をかけることです。特にいまの時代は、世界中どこでも、人々は自分自身に政治的なレッテルを貼る傾向があります。「私は右だ」「私は左だ」とか。それが分断を生んでしまいます。私は、人々が私にレッテルを貼ることは気にしません。でも人として、相手が何を話したいのかを理解しようとすること、同じ方向を向いてやっていけるかどうかを見ることが重要だと思っています。
展覧会をつくるときもこれは重要です。特定のグループの人々だけに向けた展覧会はつくれない。異なる意見や異なるイデオロギーを持つ人が来て、「なぜこの展覧会をやるんだ?」と問うこともあります。彼らの話を聞いて、その問いがどういう思いから来ているのかを理解しようとしなければ、コミュニケーションは起こりません。でも、人間は人間です。ある時点で壁は崩れて、ひとりの人間同士になれる。私のスタンスは、「あなたは間違った側にいる、私は正しい側にいる」と主張することではありません。常に、「いまの私たちはどうなっているのか、そしてここから先、どうやってお互いを理解することができるか」とコミュニケーションを試みるスタンスです。
それが私の、友だちになるための方法です。理解しようとすること。友だちというのは、24時間いつも連絡を取り合う人である必要はありません。月に一度、年に一度会う人でもいい。そういう人といい会話ができたとしたら、それはとても人間らしい営みだと思います。
ーーバルトさんの「キュレーター」としてのあり方は、アート業界の構造が変化しつつある日本においても、価値観が急速に多元化してきた昨今の世界においても、アート業界のみならず、インディペンデントに活動する多くの人の背中を押すものなのではないかと思います。
バルトロメウス:キュレーターの役割は常に変わり続けると思います。いまの日本にもたくさんのコミュニティベースのプロジェクト、オルタナティブスペース、従来の美術館とは違うスタイルのアートセンターが生まれてきています。それらが近い将来、新しいあり方のキュレーターを輩出していくのではないでしょうか。


アートとテクノロジーの地平をあるくポッドキャストです。発展を続けるテクノロジーと、変化を続ける人間の社会、創造性、哲学。でもべつに、そんな難しい話じゃないかもしれません。編集者 佐野和哉とアーティスト岡碧幸が、ときおりゲストを迎えながらおしゃべりします。
展覧会づくりとOpen Education(ゲスト:YCAMキュレーター レオナルド・バルトロメウス 前編) #33 | 録音の肉声 - アートとテクノロジーのポッドキャスト
役割を越境するキュレーション(ゲスト:YCAMキュレーター レオナルド・バルトロメウス 後編) #34 | 録音の肉声 - アートとテクノロジーのポッドキャスト
「PROJECT MRT—Natureless Solution/太陽と土と糞から切り離したテクノロジーの再考」
(上記全URL最終確認2026年2月17日)
INTERVIEWEE|レオナルド・バルトロメウス(Leonhard Bartolomeus)
1987年生まれ。山口情報芸術センター[YCAM]のキュレーター。ジャカルタ芸術大学を卒業後、2012年にルアンルパ(ruangrupa)(後にGudskul Ekosistem)に参加。近年のキュレーション・プロジェクトでは、オープン・エデュケーションとコラボレーション・プロジェクトに焦点を当てている。2017年、ジャカルタ、スマラン、スラバヤの数人のキュレーターと共に、キュレーション集団KKK(Kolektif Kurator Kampung / Urban Poor Curator)を結成。このほか、現在も海外でのインディペンデント・リサーチやコラボレーション・プロジェクトを情熱的に行っている。
INTERVIEWER|佐野 和哉(さの かずや)
編集者・ライター・リサーチャー。北海道遠軽町出身、札幌市在住。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了。広告代理店、新規事業企画などを経て2020年に株式会社トーチを設立。エンジニアリングとストーリーテリングをバックグラウンドに、メディア/ローカル/アートの領域を中心にリサーチ・編集・執筆活動をおこなう。アーティストの岡碧幸とアートとテクノロジーのポッドキャスト『録音の肉声』を配信中。