「ネットTAM(ネットタム)」は、トヨタ自動車株式会社が企業メセナ協議会と連携して運営するアートマネジメント総合情報サイトである。アートマネジメントに関する情報提供と、関係者のネットワークづくりを主軸に、2004年から現在に至るまでアートの現場に関わる人々を支え続けている。
現場の生の声を伝える「リレーコラム」や、芸術文化分野の求人情報を集めた「キャリアバンク」など、さまざまなコンテンツが揃うネットTAMだが、運営チームにはどのような人がいて、どのような想いを持って活動しているのだろうか。
今回はネットTAM運営事務局の中心メンバーである、トヨタ自動車株式会社の内田京子(うちだきょうこ)さん、企業メセナ協議会の佐藤華名子(さとうかなこ)さん、サイト構築・運用などを手がけるSETENV(セットエンヴ)の入江拓也(いりえたくや)さんの3名にお話を伺った。
アートマネージャーという「人」を育てる
ーーネットTAMはどのような経緯で開設されたのでしょうか?
内田:私は2016年、佐藤さんは2013年から担当になったんですが、入江さんは2004年の立ち上げから関わっている初期メンバーなんです。
入江:ネットTAMの出発点は、1996年から8年間にわたって実施された「トヨタ・アート・マネジメント講座(TAM講座)[1]」です。全国32の地域でそれぞれの地域コーディネーターと連携して企画・開催された本講座は、毎回その地域に即したオーダーメイド型で、全53回の講座のうち、ひとつとして同じ内容のものはありませんでした。この貴重な講座のアーカイブを残そうとサイトが作られることになり、それがネットTAMとなりました。しかし、継続的な更新のない、アーカイブのみのサイトだとなかなか見ていただくのが難しい。そこで、最新情報も随時加えていき、アートの現場で活動する方々をサポートできるような、「生きたアーカイブサイト」にしようということになりました。
内田:トヨタは交通安全の啓発から芸術文化活動の支援まで、幅広く社会貢献活動を行っています。アートの分野には1990年代から力を入れていて、TAM講座の他にも「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」や「トヨタ・子どもとアーティストの出会い」など、さまざまなプログラムを開催してきました。
佐藤:1990年代はメセナが日本でも盛んになってきた時期で、私の所属する企業メセナ協議会も企業による芸術文化支援活動の活性化を目的に1990年に設立されました。現在、弊会では「メセナ」は芸術文化振興による豊かな社会創造と定義し、「実態調査・研究」「アワードによる顕彰」「助成事業」を3本柱に、企業をはじめ芸術文化にかかわる団体が参加、協働し、芸術文化振興のための環境づくりと基盤整備に努め、創造的で活力にあふれた社会、多様性を尊重する豊かな社会の実現をめざし活動をしています。ネットTAMは、本協議会とその会員であるトヨタさんの協働で運営しています。
入江:私は大学在学中の2000年にSETENVを立ち上げて、2002年から、芸術文化関係、大学関係を中心としたさまざまなウェブサイトの制作などをやってきました。当時、日本の美術館やギャラリーで十分に機能しているウェブサイトを持っているところはまだあまりなかったので、ウェブの側面から芸術文化の多様な現場をサポートしていきたいという気持ちで仕事をしていました。そんな中でお声がけをいただき、ネットTAMの立ち上げ前、TAM講座時代から関わっています。
ーーTAM講座が始まった1996年というと、まだ日本では「アートマネジメント」という言葉すら一般的ではなかった時代です。その頃からアートマネジメントに特化した取り組みを行われていたというのは、すごく先進的ですよね。
内田:トヨタは日本全国に販売店さんとのネットワークがあって、以前から地域との関わりを大切にしてきました。メセナ活動の方針の一つである「地域文化の活性化」に貢献できることはないかと考えていた当時、コンサートや美術展といった「芸術家による発表活動」への支援が企業メセナの主流であったが、「つくり手=芸術家」と「受け手=鑑賞者」をつなぐ「つなぎ手」いわゆるアートマネージャーが芸術と社会の橋渡しとして欠くことができない存在であることに気づき、「アートマネジメント」に特化した取り組みを始めることになりました。
佐藤:TAM講座もネットTAMも、核はやっぱり人材育成なんです。アートの分野で支援をしようとなった時に、アーティストももちろん大事だけれどアートの場を生み出す人がいないとアートの振興につながっていかないという考えがあった。人を育てることで芸術文化に寄与するというのは、すごくトヨタさんらしいメセナだと思います。トヨタさんらしいといえば、委託でよそに任せるのではなくて、なんでも自らやるというのもトヨタさんのスタイルですよね。
内田:「自ら汗をかきなさい」っていうのが社内で以前から言われていることなんですよ。イベントの運営も自分たちでやっています。お弁当の手配からなにから全部(笑)。
入江:だからこそこれだけ続いているんでしょうね。それに、佐藤さんがおっしゃった、ずっと「人」にフォーカスしてきたということもすごく大きいと思います。当時TAM講座を受講された方々が、その後それぞれの地域で活躍されています。例えば2000年代から各地で芸術祭やアートプロジェクトが行われるようになりましたが、そのベースにも間違いなく寄与していると思います。人に対してのサポートであったからこそ、その後の20年以上にわたって伝わってきているんだなと感じます。
佐藤:当時は大学でもアートマネージャーの育成をしているところはあまりなかったので、その先駆けとして大いに人材育成に貢献できたと思っています。TAM講座で育った多くの人たちが今40〜50代くらいでしょうか。今その世代がまた次の人材育成を支える人材になっている。良い循環が起こっていると思います。
現場の声に寄り添い続ける
ーーネットTAMを運営するにあたって、みなさんはどのように動かれているんですか?
内田:月に1回事務局メンバー6名で定例会を行っていて、そこで今後の更新計画を話し合っています。コンテンツ作りに関しては、役割はあまり細分化していません。みんなで知恵を出し合って「今度この人に書いてもらおうか」「こういう企画をしようか」と話しながらアイデアを練っていきます。
入江:立ち上げ時から毎月定例会を行うことが、ネットTAMの運営のいちばん大きな特徴かなと思っています。立ち上げの頃、私はまだ20代前半でしたが、「3者(トヨタ、企業メセナ協議会、SETENV)でフラットな関係をつくって、みんなでどんどん意見を出し合っていこう」とトヨタの当時の担当者の方が最初からおっしゃってくださいました。それには当時びっくりしましたね。その頃は、ウェブサイト公開後に、毎月のように定例会をして継続的にアップデートしていくような仕事はネットTAM以外ありませんでした。ネットTAMでは、ただサイトを作るだけではなく企画の段階から一緒にやっているので、みんなで成長させていこうという思いが強く、個人的にもすごく愛着のあるメディアです。
内田:それぞれがいろいろな現場と関わりながらつくったネットワークを持っていますから、それを活かしてアイデアを出し合っています。
入江:そうですね。それぞれのネットワークもありますし、先ほどお話ししたTAM講座で築かれたネットワークもあります。元受講生の方々がそれぞれの地域でアートNPOとして活動されていたり、さまざまな企業や文化施設で働かれていたり。
内田:TAM講座でのつながりがベースにあって、そこから広がっていっていますね。
入江:開設当初から現在まで続いているコンテンツに、アートの現場で活躍する方々にリレー形式で現場の想いを書いていただいている「リレーコラム[2]」があります。現場の生の声を広く届けるとともに、そういった人のネットワークを可視化したいというところから始まった企画です。
佐藤:リレーコラムは時期ごとにテーマを設けていて、今は「ウィズコロナでの挑戦」というテーマで書いていただいています。このテーマ設定も、その時その時、ユーザーの方にとって今どんなものが必要なのか、何が応援になるのかということを3者で話し合いながら行っています。
入江:開設から半年後の2005年3月には、求人情報を自由に掲載できる掲示板「キャリアバンク[3]」を始めました。それまで芸術文化分野の人材情報が集まるパブリックな場所がなく、そういった場所を求める声はTAM講座時代から現場でよく聞かれました。今ではさまざまな現場で「ネットTAMを見てこの仕事についたんです」という方にお会いすることも多く、本当に作ってよかったなと思います。
佐藤:現場の声に心を寄せるというのはずっと貫いていることですね。
入江:キャリアバンクも、使っていただいている方の声をできる限り拾って継続的に改良を重ねていますし、コンテンツ作りにも現場の声を反映しています。現場で私たちそれぞれが拾ってきた声を毎月の定例会で出し合って、それをどう具体化するか話し合い、そしてまずやってみるということを大事にしています。ウェブサイトなので新しいことも比較的短い時間で実現できますから、まずやってみて実際の反応を見て、それでどうだったかを検証する。その繰り返しですね。
佐藤:ネットTAMは、本当にユーザーのみなさんに支えられているメディアです。アンケートにもいつもすごく的確で丁寧な回答が集まりますし、イベントを開催する時にはボランティアとしてお手伝いに来てくださる方もいます。
入江:イベント開催時にはキャリアバンクでボランティアを募集するんですが、「いつもネットTAMを見ています」という方々がたくさん応募してくださって。そういう方々がネットTAMを支えてくださっているんだなと実感します。
ーーそういったユーザーの方の数や深さというのはどのように広がっていったのでしょうか?
入江:やはりキャリアバンクは大きかったですね。キャリアバンクを始めたことで一気に裾野が広がりました。そういう入り口になったという意味で、キャリアバンクはネットTAMにとってすごく大きいんですが、でもキャリアバンクだけが中心ではなくてさまざまなコンテンツがあってこそのネットTAMです。これからアートの現場に関わりたいという方のためにアートマネジメントについて学べる教育機関情報を集めて紹介したり、アートマネジメントの教科書のようなかたちで機能することを目指して「ネットTAM講座」を立ち上げたりと、いろいろなことをやっているので、キャリアバンクから入ってくださった方でもその後もずっと使えるサイトになっていると思います。
一緒に考える「場」をつくりたい
ーーネットTAMの中で現在課題になっていることはなんですか?
入江:アクセス分析やアンケートから、最近は自らの仕事をしながら、アートの現場にも関わりたいという方が増えていることがわかってきています。ここ20年でアートと社会の接点が増え、アートへの関わり方も多様化してきているんです。休日に関わるとか、自分の持っている専門性を活かしながら関わるとか、選択肢がぐっと増えてきている。そうやって誰かが少しでもアートに関わりたいなと思った時に、まず見るのがネットTAMであるような、そういう間口の広さを持っておきたい。ただ、この2021年10月でもう17年もやってきているので、蓄積されたコンテンツがかなりのボリュームになっていて、そういう方たちにちゃんと届けられているのか改めて精査しなきゃいけない時期にきているのかなと思います。
内田:逆にお伺いしたいんですけれど、今のネットTAMってどうですか? 内側にいると、外からどう見えるのか、どう思われているのかがわからなくなってきちゃって。
ーーアートに関わっている身としては、ネットTAMは「私たちのために活動してくださっているメディア」という感覚があるというか、すごく「味方感」があります。
入江:それはうれしいですね。
内田:そうですね。多くの方に見てもらいたいんだけれど、間口を広げすぎるとアートの現場にいる人たちにとっておもしろくないメディアになってしまうかもしれない、そのバランスが難しくて。それもいつも悩んでいるところです。
入江:アプローチの仕方でもっと注目してもらえることもあるのかもしれませんが、他のアート関係のメディアとは一線を画したいと考えています。あくまでネットTAMはトヨタさんの社会貢献活動であり、人材育成であると。そして、アートに関わる人たちを下から支えるためのサイトということだけははっきりしていますので、そこだけは譲れないところですし、そのスタンスがサイトとして、きちんと伝わっていればいいなと思っています。
ーー今新たに取り組んでいることはなにかありますか?
内田:今年の6月、アートマネジメントの現場で活動されている方々を対象に「TAMスクール[4]」を開催しました。TAMスクールは、講師をお招きして参加者のみなさんと一緒にこれからのアートマネジメントについて学び考える場として新たに始めた取り組みです。第1回のテーマは「タテ・ヨコに編まれる次代の “アートマネジメント”」。"タテ"にマネジメントするだけでなく、さまざまなアビリティを持った人たちが集まって"ヨコ"に協力し合うことで[art をmanageする]から[art をwovenする]のではないか?という投げかけをしました。時代の流れ、社会の変化によって変容する「アートマネジメント」について、アートにかかわる人々や物事の関係性に着目し、再考を始めたところです。
入江:TAM講座を受講された方々がその後の10年20年を作られていて、今はその次の世代の方たちも活躍されています。実際に今回のTAMスクールではそういった、これからを担う方々にも講師として参加していただきました。今後、どんどんそういった方たちが新しいアートマネジメントのかたちをつくっていかれると思うので、ネットTAMとしてももう一度改めてネットワークをつくりながら、一緒に何ができるかを考えていきたいですね。
佐藤:アートのあり方や可能性をみなさんとともに考えていきたい。ネットTAMで考えたことを一方的に発信するのではなくて、ネットTAMに関わりのある方々と一緒に考えていく場を創出していくのが私たちの役割だと思っています。
ーー最後に、お三方それぞれのネットTAMに対する想いをお聞かせください。
入江:私は最初から関わらせていただいて、私自身もこの仕事を通して育てられてきたという想いがあります。ネットTAMがいちばん大切にしているのは人材育成、人と人との繋がりで、これからも人と一緒に育つメディアでありたいですし、そこに私もアートが好きでさまざまな現場で活動しているひとりとして関わり続けられたらと思っています。
内田:この先、社会課題もいろいろと変化していくと思いますが、その時その時の状況に対応してずっと長く続けていきたいなと思います。昨年から、コロナ禍でたくさんのアートイベントが中止になりましたよね。それを受けて「アートは不要不急なのか」というテーマでトークイベントを行ったんです。その中でみなさんのご意見を伺って、やっぱりアートって私たちが生きていく上で必要なものだっていうことを私自身再認識しました。これからもっとアートがみなさんの生活に身近なものに感じられるように、ネットTAMから発信していけたらいいなと思います。
佐藤:私は芸術文化は心のライフラインだと思っています。「アートが不要不急ではない、なくてはならないものだ」というふうに日本全体がなっていくように、社会とアートをつなぐ人であるアートマネージャーを応援し続けたいです。あと、見ていただく方にとっていつもワクワクする存在でありたいなと思っています。そのために、これからもいろいろな方々の話を聞きながら取り組んでいきたいと思います。
注釈
以下、当時の講座のサイトがそのまま残されている。
(例)
• トヨタアートマネジメント講座vol.50 名古屋大会2003
• トヨタアートマネジメント講座vol.53 東京会議 2004ファイナルセッション
現在のWebサイト上では、「ネットTAM講座」としてアートマネジメントの基礎〜応用までを学べる一連の記事がわかりやすく掲載されている。
[2]リレーコラム
サイト上では年代ごとに、アートマネジメントの現場、さまざまなかたちでアートにかかわる人々のコラム記事を見ることができる
[3]キャリアバンク
[4]TAMスクール
INTERVIEWEE|
・内田 京子(うちだ きょうこ)
- トヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部
プログラム推進室 文化貢献グループ主任
- トヨタのメセナ活動
- トヨタの社会貢献活動
・佐藤華名子(さとう かなこ)
- 公益社団法人 企業メセナ協議会
・入江 拓也(いりえ たくや)
- 株式会社SETENV代表取締役
INTERVIEWER|新原 なりか(にいはら なりか)
大阪を拠点に活動するライター、編集者。香川県豊島の美術館スタッフ、ウェブ版「美術手帖」編集アシスタントなどを経てフリーランスに。インタビューを中心に幅広いジャンルの記事を手がける。