近年、展覧会図録(以下、図録)の奥付を見ると、ライブアートブックスという印刷会社が目立つようになった。凝った図録、センスのいい図録などは、デザイナーならば、どこが印刷をしたのか確認するために奥付を見る習慣はあるだろう。デザイナーは、見やすさ、持ちやすさだけではない、新しい装丁や造本を探求しているが、印刷会社にその技術やノウハウがなければ実現できない。だから、個性のある造本の図録が出ると、デザイナーは誰がデザインしたのか、ということだけではなく、どこの印刷会社なのか確認するのだ。
展覧会図録というメディアを、キュレーター、デザイナー、印刷会社という異なる3者の視点から読み解く本企画。第3弾は、印刷会社である。印刷会社は多くの読者にとって、まさに縁の下の力持ちで、見えない存在といってよいだろう。しかし、図録のように、図版や文字、年表といった複雑な情報やデザイン、装丁のものや、作品集のような書籍自体に作品性を備えたものになると、その役割の比重は必然的に高くなってくる。
今回、第1弾で取材したデザイナーの大西正一氏、第2弾で取材してキュレーターの千葉真智子氏(豊田市美術館学芸員)に続く第3弾として大西や千葉との図録制作の経験が多い、株式会社ライブア―トブックスの川村 佳之(かわむら よしゆき)氏に、図録制作における印刷会社やプリンティングディレクターの役割や制作工程、図録の魅力についてお話をうかがった。
まず、近年、図録制作でよく耳にするライブアートブックスという会社は、新興の会社なのか。そして、どのような制作体制が組まれているのだろうか?
「ライブアートブックスは、今年で創業70周年になる大伸社【1】が母体で、それが8年前に6つに分社化し、事業会社化した中のひとつです。大伸社自体が印刷業で創業しているんですが、マーケティングやコミュニケーションデザイン、制作、リサーチ関連に専門部隊をつくって成長してきました。なかでもライブアートブックスは、創業以来の印刷業を継承し、印刷現場を大阪に持ちながら、東京の神宮前に事務所を構えています。」
その6つとは、調査から課題解決のクリエイティブ開発まで一気通貫に支援する大伸社コミュニケーションデザイン、マーケティングからプロモーションまで手掛ける大伸社ディライト、企業の経理や人事、企画を代行したり、研修のサポートなどを行うDS&C、海外向けのプロモーションを支援するウィル・フォース、組織の創造性を引き出すmctなどだ。ライブアートブックスは、印刷業の中でも、図録や美術書などの高品質な印刷物制作の専門的スキルをもった会社といってよいだろう。事業会社化してから数年で、美術書の印刷でその存在感が大きくなっているのは、「アートブック」という新しいブランディングにも起因しているだろう。
「社名の通りなんですけど、アートブックを中心として、高品質な印刷物やその他のアウトプットを、デザインも含めて提供するのが事業の根幹です。業界の中の位置付けとしては、昨今のペーパーレスやデジタル化が進む中で、印刷産業が斜陽化し、難易度の高いアート関連の印刷物を制作できる先は減少傾向にある中で、国内で高品質なアートブックの制作ができる数少ない印刷会社のひとつだと認識しています。」
たしかに、2010年代になってデジタル化は急速に進み、スマートフォンとSNSの爆発的な普及によって、紙の印刷というオールドメディアの位置付けは大きく変わったのは間違いない。逆に、紙という物質性を持っているからこそ可能な表現ということで、美術書やアートブックの価値は再評価されている。その意味で、ライブアートブックスのブランディングは先見の明があったといえるだろう。それでは現在、美術館の他にどのようなクライアントがいるのだろうか?
「取引先は、美術館の他に、アーティスト、写真家、デザイナーなど個人のお客様もたくさんいます。あとは、アート分野に限らず、企業のカタログ制作の御依頼も多数受けており、そちらも事業の柱となっています。」
つまり、安定した収益を確保しつつ、個別性が高く、高度な印刷を必要とする美術書に取り組んでいるといってよいだろう。
それでは川村自身が、印刷会社に入社したきっかけはどのようなものだろうか?
「2009 年に新卒で入社したんですが、特に印刷業にこだわりがあったわけでもなく、手探りで多方面に就職活動をしていた中で採用してもらえたのが、大伸社でした。当時大伸社にいたプリンティングディレクターの小林さんという方が、印刷されていたアフガニスタンの写真が使われたアートカレンダーの紹介の中で、現地の気候や土の色のことを説明された上で、色調をどのように調整すべきかの解説をされていました。印刷とは非常にクリエイティブ性の高い職業で、感性や美意識を大切にする仕事内容であることをお聞きして、大変魅力に感じました。入社後、最初の6年は大阪で生産管理という部署に所属し、営業と印刷現場の狭間で印刷物の設計や制作の段取り、予定の管理やコスト管理を行う内勤の仕事をしていました。」
この営業と印刷現場に挟まれた生産管理の仕事の経験が、後の川村の成長につながっていく。そこから現在のプリンティングディレクターになるのは、実は、大西との出会いがきっかけだという。
「ある美術館図録の案件でトラブルが発生し、デザイナーの大西さんからクレームを受けたことがありました。当時、その案件の生産工程の担当者として、説明にいったことが大西さんとの出会いのきっかけです。その後、大西さんから対応面で認めて頂けたこともあり、直接、案件の相談を受けるようになりました。生産管理で、ものづくりの現場のことをよく把握していたので、話が早いこともあったかと思います。そして、大西さんから指名を受けていることがきっかけで、内勤の生産管理から、営業チームに異動をしました。その後東京への転勤があり、現在まで東京に5年ほどいます。特に自身の大きな変化としては、昨年2021年の8月にライブアートブックスの取締役に就任し、現在はプレイヤーとしてだけではなく、会社全体のマネジメントを担う立場も兼任しています。」
2009年に新卒で入社し、10数年で取締役になるには、川村の方法論に確かなものがあるからだろう。
プリンティングディレクターとひとえに言っても、印刷会社の工程にあかるくないと、その使命や業務内容はわからないだろう。名前から連想するのは、色再現や印刷の仕上げを確認するような役割だ。
「私の場合は印刷の設計管理者としてクライアントが作りたいものを理解し、仕様、予算、予定、品質など、印刷物が具現化するまでのプロセスを統括しています。なかでも、印刷物の設計や制作プロセスを組み立てることを強みにしています。」
プロセスの組み立てがどのように品質に活かされるのだろうか?
「印刷物にとって、設計やプロセス管理もかなり重要な要素なんです。そのレベルによってお客様の満足度やアウトプットの品質が変わることは往々にしてあります。私の場合は長らく生産管理で、現場とお客様の間でそれぞれの要望を調整をする仕事をしていましたので、営業の立場でも各工程の良いバランスを取ることに関しては自分の仕事として大事にしています。」
制作のプロセスを重視する点に、生産管理からスタートした川村の特徴が表れているかもしれない。クライアントと印刷の現場の人間の間には、どうしても認識の差があるし、それらの差を埋めながら、両者の満足を求めていくことが、印刷物の仕上がりの良さにも反映されるのだろう。大西との仕事はどのような状態から始まるのだろうか?
「大西さんの場合はまず、制作予定の本のテーマに対して、どのようなものづくりや制作が望ましいかを話し合います。大西さんは印刷物に対して、コンセプトを明確に設定した上でデザインを組み立てられるタイプのデザイナーなので、本に対するアイデアやコンセプト案を聞きながら、どういった設計であればそれが叶えられるかを一緒に考えていきます。」
つまり、印刷の形が見えない段階から、クライアントやデザイナーに寄り添い、印刷の全行程をマネジメントする仕事といってよいだろう。大西とはよく日常的に印刷物の好みについて話し合うという。また、大西の要求と現場の要求、予算などについて議論することもあるが、印刷物をよくするということが目的ということは共有されている。大西に限らず、予算やスケジュールなど、ひとつの印刷物をつくるには様々な問題が起こるという。色再現もそのひとつだ。
「アーティストが作品と全く同じ色が印刷でも出せると認識されていると、問題が起こる場合があります。印刷物の色表現は作品制作のプロセスとは異なるものであり、印刷には印刷ならでは表現の可能性があるので、それを事前にアーティストやデザイナーと共有できているかどうかが凄く重要になります。プリントを再現するという観点だけで見れば、コート紙のような平滑性もありインキのノリも良い紙を選ぶのが色再現の面では安全ですが、本のコンセプトと合うと感じた場合は中質紙や嵩高紙など手触りのある紙を選び、紙の特性に応じた製版や印刷方法を提案することも多々あります。」
そのためにはやはり、最初の打ち合わせでの工程が重要になる。現物で伝え、物を見て触ってもらうと相互の理解が早くなるという。やはり印刷物は、単なる色再現を目的にした画像ではなく、物質であり、質感や重さ、身体性があることの良さを共有することが重要になるのだろう。
それでは、図録制作における工程の中で、印刷会社はどのような役割を担うのだろうか?
「美術館で開催される展覧会図録の制作は、基本的にはデザイナーと学芸員、編集者間で組まれたデータを入稿してもらい、図録の印刷から製本、納品までのハード面を担うことが印刷会社としての基本的な役割になります。社内にデザイナーも在籍しているので、デザインや編集の業務から担う図録もあります。」
確かに、ライブアートブックスの特徴は、社内のデザイナーが優れていることにもある。例えば、大西と連携してデザインすることもある芝野健太【2】は、近年活躍が目覚ましいデザイナーであるが、実はライブアートブックスの社員でもある。通常、メーカーや出版社、印刷会社に勤めるデザイナーは「インハウス」と称され、独立してデザイン事務所を構えるデザイナーとは違うと見られる傾向があるが、内部にいるからこそできる技術の理解と細やかな対応が実現できている。また、個別にデザイナーとして奥付にクレジットされていることも、ライブアートブックスのデザイナーに対する敬意が感じられる。
「美術館側は通常、展覧会の広報印刷物や図録制作を依頼するデザイナーを、印刷会社よりも先に決め、図録の仕様設計はデザイナーが組み立てることが多いです。ただ私は企画会議などの前段階から打ち合わせに参加させて頂ける場合もあります。」
デザイナーにしても印刷における全ての技術を理解しているわけではない。コンセプトを実現したり、くみ上げるために、印刷会社と共に考えることが重要になってくる。さらに、デザイナーにアイディアを提案したり、それを実現するためには、印刷会社だけではなく、本の形にする製本会社や加工会社との議論も含まれているという。それらの会社とはどのような関係なのだろうか?
「基本的にクライアントが実現したいことを叶えられるように設計や調整は行っていきますが、自分は作品のことをこう解釈しているので、このような設計が良いのではないかといった設計上の意見はしっかりともつようにしています。設計をしながら自分なりにやってみたいことを思いつくことも多いので、テストやサンプルは入念に準備するようにしています。」
いったいどれくらいの数の会社と連携するのだろうか?
「工程が多岐にわたる場合もあり、1冊の本をつくるのに、多い場合は、10社くらいと連携します。特殊加工現場、製本会社、内職業者など、印刷から製本のラインまで全て自社で完結する会社もありますが、私たちは専門性や技術力高い各協力会社と連携をして制作を組み立てていきます。」
依頼する会社の特徴はあるのだろうか?
「基本的には決まったところに頼むということはなく、案件に応じて最善の制作ができる先を考えています。あとは各協力会社で、仕事が好きで頼りになる良い担当者がどの会社にもいるのでそういった方々に積極的に仕事の相談や依頼を入れるようにしています。こちらが予想していること以上に、いろんなテストや提案を入れてくれたり、予見できていなかったリスクをきちんと教えてくれたりします。」
つまり、自社のディレクションだけではなく、さらに協力会社と対等なチーム組んで、デザイナーと設計を考えているということになるのだ。
しかし、図録制作において、キュレーターとデザイナーの要望が同じにならないことがあるという。時には相反することもあるので、その調整役を担うのも印刷会社の重要な役割になっている。
「美術館のキュレーターの立場上、展覧会期に図録の納品が間に合って滞りなく図録の販売が開始できることや、展覧会の予算内でよりよい図録を作ることは基本的なご要望事項になります。反対にデザイナー側の立場としてはより図録がものとしての価値が高まるためにデザイン面や仕様面でのこだわりを強く持たれていることが通常で、そのためにデザイナーの中では納期や費用面が第一優先にならないこともあります。」
確かに、デザイナーは予算やスケジュールを度外視して、時に最高の仕上がりを求めることがある。そのような軋轢が起きたとき、どのように対応するのだろうか?
「それぞれのご要望を理解し、間に入って、常に何がいちばん最適かを考えながら、提案や調整を重ねます。クライアント側の満足を考えるだけでなく、自社の利益も慎重に計算しながら調整を行うことが実は難しい点だと思います。」
やはり問題となるのは自社の利益の部分だろう。
「私がまだかけだしの頃は、自社の利益をあまり考えられずに、お客様の要望ばかりを通していたこともありました。お客様には喜ばれているが、社内や現場側にきつい皺寄せが発生していたことも多々あったんです。会社がアート分野でものづくりを継続していくためには、クライアント側の要望や満足を優先しながらも、現場側の安全や利益も考えて、最適なバランスをとって印刷物の制作・管理を行うことが重要です。」
確かに、予算が厳しく、スケジュールが間に合わない中で、過度な要求が印刷会社に求められることは多い。しかし、それをそのまま受けていては、現場は疲弊し、利益にもならない。それを調整するには、すべての関係者の要望を把握し、最適なゴールを設定し、管理する必要がある。言うは安く、もっとも難しい仕事といってよい。
「印刷会社への基本的な要望としては、安くすることがあります。しかし難易度は高いが、全く利益がでないような仕事ばかりが増えると、自社や同業全体の首をしめることにもつながります。ただ、今まで美術館の図録の制作は、競争入札で決まるので、安く見積りを出しておかないとそもそも受注もできないというジレンマを抱えていました。」
ただし、そのような美術館と展覧会図録制作の関係も変わりつつあるという。その新しいトレンドとは何だろうか?
「図録は、美術館が発行元になるっていうことが今までは圧倒的に多かったんですけど、間に出版社が入るケースも増えてきたことですね。しかも、大手というわけではなく、インディペンデント系の出版社が図録の制作を請負われるといった流れが出てきています。図録は展覧会の会期中にミュージアムショップという販売網で取り扱いされてきましたので、展覧会終了後もいろんな書店で販売されたり、販路としての広がりを意図されていることも背景としてはあるのだと思います。」
さらに、そのことによって今までの入札制度ではない関係や印刷が出てきているというのだ。
「出版社が間に入ることにより、入札制度ではなく、出版社が制作先を決めるケースが出てきています。今までのような価格だけの競争入札だけではない評価軸があるようにも感じますので、私たちにとっては喜ばしい変化だと感じています。価格だけではなく品質面やプロセス面の価値を感じてもらいたいと思っていますので、そこに価値を感じて選んでもらえるように努力したいです。」
その結果、今までより高品質なものが出来上がる場合も多いという。しかし、そのためにはキュレーターや編集者、デザイナーと信頼関係を築いておく必要がある。川村や印刷会社にとってキュレーター、デザイナーとはどのような存在なのだろうか?
「大切にしているのは、キュレーターやデザイナーの方々と、モノづくりのためのチームを組むことです。制作のプロセスが気持ち良く進むことは相互の喜びに繋がり、よいモノづくりをするための必須条件だと思います。美術館とかデザイナー側が発注者で、印刷会社は下請け側という上下関係の認識が、以前から業界内にはあるかとは思いますが、最近ではそういった上下関係がある中でのものづくりでは、本当によいものは生まれないのではないかと思っています。」
特に図録制作は、展覧会の一部なので、キュレーターにかかる負荷も大きい。川村は、その負荷の軽減も考えているという。川村の視野は、印刷だけだはなく、展覧会制作全体に向けられているといってよいだろう。千葉は、千葉と大西の思いによって、川村に負荷がかかっているのではないかと懸念していたが、逆に川村が千葉や大西の負荷の軽減を考えていたとは驚きである。それもモノづくりの、ひとつのチームと考えているからだろう。では、よいチームとはどのようなものだろうか?
「美術館のキュレーターや、デザイナーからいろんなことを任せていただけることが、自分としては成長の大きな糧となっていました。言われたことをただやるのではなく、双方向にコミュニケーションを取りながら、一緒につくっていける関係というのが凄く大きいと思います。」
ライブアートブックスでは、プロセス管理だけではなく、デザイナーと一緒に新しい手法に挑んでいることも多い。それによって新しいノウハウも生まれてくるからだ。
「未経験の仕様や設計をすると、実作業を行う現場の方でもリスクが高く、思わぬトラブルが起こったりすることがあります。現場がやったことがない仕様設計の本となると目安となる単価表も一切ないので、リスク回避のために加工費が高くなることが往々にしてあります。それでも最大限リスク回避に努めながら挑戦することは、常に心掛けている点ではありますね。」
そこで、大西とともに挑戦したカタログにつていくつか紹介していただいた。
例えば、2016年に伊丹市立美術館(現・市立伊丹ミュージアム)で開催された、18世紀にイギリスで活躍した画家『ウィリアム・ホガース “描かれた道徳”の分析』展の図録では、風刺画で知られるホガースが絵の中に含まれる図像の意味を解説するために、半透明の紙を1ページ毎に差し込んで、蛍光で記号つけて作品画像の上に覆いかぶせている。大西はトレーシングペーパーを希望したが高額のため、安価な包装紙にロウ引き加工をして半透明を実現し全図版ページの前に挟んだ。このような加工はしたことはなく、かなり難易度が高かったという。結果、第51回造本装幀コンクール「日本図書館協会賞」を受賞している。ちなみにロウ引き加工会社はすでに東京大阪ともに廃業しているという。
この仕事は、「未経験かつ難易度が高いことをきっちりと形にし、受賞したこともあり、いい仕事だった」という思い出が残っているという。
あるいは、2016年に青森県立美術館で開催された「青森EARTH2016:根と路」展の図録では、「地層」がひとつのテーマとなっており、そのコンセプトを実現するために、根にも、路にも見えるように、段のようになっているリーフケースを制作した。また、紙自体も地層のようなラインのエンボスがかかっており、本の側面部分である小口にも、墨の網点を0%から100%にグラデーションがかかるように加工が施されている。さらに、黄色のインキの退色まで意図されているという。
このような複雑な加工も、「珍しければいいというものではなく、コンセプトにあうかどうかが大切」と指摘する。その意味では、アートの考え方とまったく同じといってよいだろう。
図録制作において、ライブアートブックスしかできないことは何だろうか?
「うちじゃないとできないことというのは、厳密にはないとは思いますが、リスクのあったり難易度の高い仕事をやろうとするかどうかなど、ものづくりに対しての取り組みの姿勢は、それぞれの会社によって違いがあると思います。」
つまり、個別の技術というよりも、必然性があると考えたときにやる姿勢があるかどうかが重要なのだろう。
「ひとつひとつ考え抜いてつくっているので、出来上がったものに対して凄く自信はあるんですよ。難易度も高いものが多いので、途中で不具合やいろんなことが起こるんですけど、物が出来上がった後は、大変なことはだんだん忘れて、素晴らしい作品だけが残ってく感覚があります。それがこの仕事していて、嬉しい点であり、誇りに感じていることでもあります。」
近年の印刷技術についてはどう考えているだろう?
「オンデマンド印刷やデジタル印刷と呼ばれる、小ロットでコピー機のように簡単に出力ができて安価なものが数年前から流行っていますね。」
オンデマンド印刷とは、オフセット印刷のようなシアン・マゼンタ・イエロー・ブラックの4版を必要とせず、機械上で混色して印刷する方法だ。版がない分、簡易的に印刷できる。しかし、オフセット、オンデマンドといった二者択一ではないという。
「これは大西さんとつくった山沢栄子さんの展覧会図録です。表紙にクロスを使っているんですけど、この表紙のクロスはオンデマンドのインディゴという機械で印刷、本文はオフセット機で印刷をするといった新しい組み合わせを試していました。部分的にオンデマンドの機械で刷った方が費用が抑えられるからそうしているんですけど、オンデマンドで刷れる印刷の寸法には限界があり、最大サイズで刷れるクロスのサイズを見越して本の判型をA4正寸の寸法から天地7mmほど本の半径を小さく収めています。デザインの組みたての前にそのような事前の細かい調整を大西さんとはしています。」
クロスとは紙ではない布やレザーのような表紙素材のことだ。そのようなオンデマンド印刷やオフセット印刷の特性や価格を合わせて、初期の段階からデザイナーと密にコミュニケーションしながら印刷物をつくるといのも、プロセス管理を重視するライブアートブックスの強みだろう。そのような川村の方法を社員は継承しているのだろうか?
「特に営業マニュアルのようなものもあるわけではないので、スタッフはそれぞれの個性でやっている感じですけど、うちの特徴としては、営業対応や全体の工程や品質管理も横断しながら仕事ができるデザイナーがいるんです。そのあたりは他の印刷会社とは違う色が出せているかなとは思います。」
代表取締役でもある川村にとって、これからの印刷業界についてはどのように考えているのだろうか?
「印刷会社が発注されたものを納品して、それで仕事が完了するといったビジネスには、限界があるだろうということは感じています。今後はクライアントと一緒にモノづくりをするだけではなく、こちらから仕事を生み出して、普段お仕事をもらっているアーティストやクライアントにお仕事をお願いしていくことなど、相互に連携をしながら支えあっていけるような形を目指したいと思っています。また、なんのためにこの仕事をしているのかを常に問いかけながら日々の判断を行うことが大事だと常々感じていて、業界全体や会社自体がエシカルであることに対して意識的であることも重要だと考えています。」
そのために、印刷物だけではない積極的な支援を始めているという。
「最近はアーティストが展覧会で販売される作品の制作や展覧会自体を一緒につくるお手伝いをしています。また自社のギャラリーで、展覧会の企画を組むことや、国内外のブックフェアに参加し、エンドユーザーにも我々の本作りの仕事を紹介することもしています。それから『LAB express』【3】というニュースレターをつくっていて、すでに4号発行しているんですが、今まで仕事で携わった作品集の紹介やに関連したアーティストの活動に焦点を当てて独自に取材をして紹介しています。」
そこには印刷実験も含まれており、ライブアートブックスらしく、紙を使ってつくっているという。広げたときにポスターになったり、シルバーの紙に黒い塗料を何色も使ったりという、紙の特性を生かした試みが行われている。それは自分たちの制作物の品質を紹介するというよりも、一緒に制作したアーティストの活動を紹介し、現在どのようなことをやっているか知るための機会にもなっているという。
最新号では、京都の西陣織の技術と図版を活かして、現代のデザイナーやアーティストとコラボーレションして、新しい高級ブランドの商品開発をしている株式会社細尾の細尾真孝を表紙に取り上げ、中面の特集では小林弘和と山田春奈によるクリエイティブ・ユニットSPREADの活動を取材し、記事にしている。実は面識のなかった両者がこの『LAB express』に同じ号で掲載したことからこの2組の交流が生まれ、2022年4月23日から7月18日まで、京都伝統産業ミュージアムで開催されている株式会社細尾によるデザイン展覧会「MILESTONES-余白の図案」でコラボレーションをすることになったという。つまり、アーティストやデザイナーの交流の場や発表機会の場まで提供し始めているといえる。
「印刷物を作るっていうところから、もう一歩先に進んでクライアント同士や仕事を繋げるとか、そういうハブになれるような会社であれば、可能性があるのではないかと思うんです。「LAB express」のコンセプトとしては我々自身(LAB)がプラットフォームであり、そこに情報やクリエイターが集い、タブロイドの形で発信され、繋がりを生んでいくといった会社の目指したい方向性を表現している紙メディアでもあります」
それでは、印刷会社にとって図録とはどのようなメディアなのだろうか?
「基本的に図録は美術館が、展覧会のアーカイブや情報としてつくられるのが大前提ですが、書店流通にのせなくてもいいという条件があることで、凝った造本設計や、高品質な印刷が加わり、図録はアーカイブや情報を超えたものになるのが大きな特徴じゃないかと思います。」
そして、書籍とは違うが、本の形をした魅力的な印刷物があることで、印刷会社の価値も上げているといえるだろう。それでは印刷会社として図録の見所はどのようなところになるのだろうか?
「図録の内容やテーマと、造本設計や紙のバランスなど、本として調和がとれているかを注目して見ていただくと面白いと思います。うまくいっている本は素材の組み合わせがばっちり決まっていて無駄がない、隙がないと感じます。紙の組み合わせ(厚み、紙の手触り、重さなど)やデザインと組み合わされる印刷の、品質や特殊加工の選び方など、図録の細部に目を向けて頂ければ、作り手側のこだわりをより感じられるかと思います。みなさまに印刷物や図録を楽しんでみて頂けると嬉しいです。」
川村は視野が広く、終始一貫、全体のプロセスとバランスを見ているところが印象的である。だからこそ、特徴的な仕事ができるともいえる。それはキュレーターである千葉、デザイナーである大西にも共通して見られる点だ。それぞれの職能を活かしながら、全体を見渡す眼こそが、よいチーム、よい図録をつくるための条件なのではないだろうか?
株式会社ライブアートブックスはこちら
注釈
【1】株式会社大伸社
・創業70周年特設サイトはこちら
1952年に大阪で創業した印刷会社。創業当初は日本酒のラベル印刷、食品のパッケージデザインなどを手がけていた。60年代から印刷会社の枠組みを超えようと、業界内では早くから、企画制作〜印刷までの社内一貫体制を確立。「総合デザイン企業」として成長を続けていく。2006年に美術印刷へ進出し、2007年に「LIVE PRINT TECHNOLOGIES」というコンセプトを打ち立て、数多くの美術印刷に関わっていく。2014年に事業会社化した「株式会社ライブアートブックス」は、大伸社の美術印刷の原点である「LIVE」の名を継承している。
【2】芝野健太
【3】『LAB express』
(以下、ライブアートブックス社のHPより引用(後述のvol.3のニュースページより引用))
「ライブアートブックスにまつわる様々なトピックを発信するタブロイド誌。「LAB express」は自社で制作をした印刷物、弊社のクライアントの活動やアート関連の情報を幅広くご紹介すると同時に、本誌を「デザインと印刷・加工の実験場」と捉えて、印刷物ならではの魅力を持った媒体となることを目指して、毎号異なる仕様で制作しています。」
2022年6月現在、同誌は4号まで発刊されている(2022年7月現在、HPに情報掲載があるのは3号まで)。
・vol.1はこちら
・vol.2はこちら
・vol.3はこちら
INTERVIEWEE|川村 佳之(かわむら よしゆき)
株式会社ライブアートブックス代表取締役。アートブックディレクター。
2009年より大伸社(現ライブアートブックス)に所属。
写真集、図録制作におけるプリンティングディレクションを数多く担当する。国内のデザイナー・出版社・写真家からの支持を集めている。
INTERVIEWER|+5編集部
WRITER|三木 学(みき まなぶ)
文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
アート&ブックレビューサイトeTOKI共同発行人:https://etoki.art/about独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。