メディアアートを通して地域とつながる。 人とテクノロジーのこれから

メディアアートを通して地域とつながる。 人とテクノロジーのこれから

山口情報芸術センター[YCAM]|伊藤隆之
2021.07.23
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山口市にある山口情報芸術センター[YCAM]は、2003年開館当初からメディア・テクノロジーの新しい表現と可能性を軸に、先端の表現活動や地域交流を行ってきました。明確なビジョンのもと、国内のみならず海外においても存在意義を示し、ようやく時代がメディアアートの視点を持ち得た今、長年に渡る継続的な活動はこの分野での指針とされています。 

 「YCAMインターラボ」というR&D(リサーチ&デベロップメント=研究開発)チームは多様なメンバーで構成され、活動そのものがYCAMを象徴していると言えます。今回は、R&Dディレクターの伊藤隆之さんにYCAMの持つ特性と地域における役割、メディアアートの現在といったテーマからアーカイブに関する概念までお話をうかがいました。

YCAM 伊藤さん
©︎gottingham
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]


1. YCAMとは

ーーまずYCAMの歴史、施設についての概要を教えていただけますか?

伊藤:YCAMは2003年に山口市にオープンした複合文化施設です。建物の設計は磯崎新さんで、波型の屋根は付近の山と調和するようにデザインされています。パブリックスペース、劇場空間、映画館、図書館と大きな展示会場がありますが、設立時のコンセプトで場所の使い方は固定されていません。劇場を展示空間として数ヶ月使うこともあれば、展示空間に舞台を仮設で作ったり、映画館での演劇上演もありました。屋外では夏に「真夏の夜の星空上映会」やコンサートを開催したりとか。そして、YCAMの特徴はそういった「見せる場所」のすぐ裏に「作る場所」[1]があることです。「作る」と「見せる」が隣接しています。

また開館当初から、メディアアートの展示を焦点の一つとしてやってきました。具体的な例を挙げると渋谷慶一郎さんと岡田利規さんによる初音ミクを使ったオペラ「THE END」(2012)[2]上演や、坂本龍一さん・高谷史郎さんと一緒に制作した「LIFE−fluid, invisible, inaudible…」(2007)[3]など。今年(2021)もシンガポールの作家ホー・ツーニェンと「ヴォイス・オブ・ヴォイドー虚無の声」という作品を制作し発表しました。これらは、県外・海外でも発表されていて、これまで35カ国・135都市の、204の芸術祭や展覧会などで発表しています。

ホー・ツーニェン「ヴォイス・オブ・ヴォイドー虚無の声」(YCAMとのコラボレーション)
VRを体験する「座禅室」の様子
撮影:三嶋 一路
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

VR機器に映像を送っているコンピュータ
(4つのVRヘッドセットにそれぞれ4台のコンピュータから送っている)
撮影:三嶋 一路
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ーー伊藤さんの所属する「YCAMインターラボ」にはどのような特徴がありますか?

伊藤:所属メンバーの専門は、ビデオ・サウンドエンジニア、広報、エデュケーター、エンジニア、キュレーターなど様々です。YCAMに所属しながらダンサーや作家活動をしている人、元々照明の専門家である人がバイオ関係のリサーチをしていたりなど、複数の専門性にまたがる活動をしているメンバーも多いです。YCAMで実施されている展示や公演などのプロジェクトや、リサーチを主題とするプロジェクトを実施することで知識や経験が溜まり、それらを発展させて、また色々な企画に反映していく、といった流れがあります。論文やオープンソースでの公開を目的としたプロジェクトもあって、そういった地道な活動が公演や展示を開催している裏側でずっと継続されている。表からは見えにくいそれらの知見の蓄積も他のプロジェクトに生かされていく……ということがようやく実現できつつあります。こういった知見の蓄積と応用に関することは大きな特徴の一つなのかな、と思います。


2.地域との関わり

ーー山口という地方であるメリットというのはありますか?

伊藤:この地にあるメリットは、やはり「(作品を)作りやすい」こと。作るために集中できる環境があるということです。東京や関西ベースの作家でも(リモートの時代になり一概に言えなくなってきているが)「打ち合わせに呼び出されないし、作る以外にすることがない」とは以前から良く言われていました。とはいえYCAMは人里離れた山の中にあるのではなく、市内の中心部に位置しており、すぐ近くにコンビニやスーパー、ホームセンターなどもあって生活しやすい場所にある。ちょうど良い環境で、国内の方、国外の方のどちらからも、そのメリットを評価されることが多かったです

ーー作品制作だけではなく、地域や市民との連携や、教育普及のプログラムもYCAMの大きな柱ですが、具体的な実例をいくつかお話いただけますか?

伊藤:エデュケーションのコンテンツもたくさんあります。例えば「感覚アスレチック」(2009)[4]は、誰かが作った場所を他の人が通過することで身体性の違いを意識するワークショップです。「ケータイスパイ大作戦」(2005)[5]は、繰り返し行っていると写真を撮ることの暴力性などが見えてきて、それを参加者が自ずと学んでく。また、エデュケーションコンテンツと展示が合体したのが「コロガル公園」シリーズ(2012-)[6]です。展示会場にある公園は子どもたちが、そこは自分たちの空間なんだと認識できる仕組みに溢れています。例えば一例をあげると、月に一回開催されるミーティングがあります。このミーティングでは、公園にどういう遊具や仕組みがあると面白いかということを自分たちで考えて提案する。良いアイデアは、次の3日間でYCAMのインターラボのチームによってインストールされます。これが結構盛り上がるんですよ。そんな仕掛けが次々と追加されていき彼らが自分たちで公園を変えていくんです。

また、毎年ゴールデンウィークに開催される「YCAMスポーツハッカソン」では、最初の2日間は、参加者が自分たちで「新しい運動会種目」を作るワークショップをやります。最後の3日目は運動会。山口の市民200名以上の人々に来てもらって、新しくできた種目でみんなで運動会をするんです。変わった種目が多くてものすごく盛り上がります。(2020年は新型コロナウィルスの感染症対策で、オンライン開催。2021年はオンラインとオフラインを混在させる形で実施)

YCAMで毎年実施している「未来の山口の運動会」の様子
撮影:塩見 浩介
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ーー開館から18年、当初は反対運動などもあったとか。地方では難易度が高いと思われるメディアアートを通しての地域との関わりの変遷についてはいかがですか?

伊藤:反対運動はある時期を境に大きな動きはなくなったように思います。市役所の方々をはじめとした関係者の方々の尽力も大きかったし、内部のスタッフもある程度意識的に、反対されている方々にも届くように様々な活動をしていたように思います。アートエバリュエーションの組織にYCAMを客観的に評価してもらうとか、そういった活動を重ねて。開館してから世界的な評価というのがある程度実績として見えてきた、そういう後押しもあったのではないかと思います。
開館から10年くらいまでは「最先端のメディアアート」の牽引力で、そしてそのあと「地域を巻き込んでいこう」という地域系プロジェクトの流れが内部的に出てきました。11年目あたりに立てた三本柱が「アート」、「エデュケーション」、「地域」で、そこから地域関連のプロジェクトが色々出てきました。前述の運動会などのスタートもそういった流れの中にあると思います。どうやったら地域の人たちと関わっていけるかということを考える機会が増え、地元の中高生と一緒に映画を作ったりなど、そういった方向の活動も増えました。

ーー施設としては、図書館や映画館が併設されていて裾野が広いですね。メディアアートに興味がない人も訪れる環境がある中で、様々な人々に紹介していこうという意図があったのでしょうか。

伊藤:図書館を合わせたのはまさしくそうだと思います。今では珍しくないですが、当時は美術館・図書館の併設はそれほどないモデルでした。真横にあるので来た人が間違って入り込みやすい(笑)。数年前に磯崎さんが来館された時に聞いたのですが、もともと作る施設の要件としては「美術館と図書館と劇場を建てる」ということで、別々の建物になる可能性もあったらしいのです。つまりこの地区に3つ箱が建つ可能性もあったと。しかし磯崎さんは「横に全部並べてつなげたら混じり合うのではないか」と思ったそうです。その後のYCAMの活動を見ると完全にその通りになっています。とは言え、見に来る方々は、実際には映画館だけ、図書館に行く人の多くは図書館だけという人が多いですし、そんなに簡単に展示や公演している空間に入ってくれるわけではない。それでも、図書館に勉強に来た高校生なんかがふと展示に入り込み、楽しんでくれるのを目にすると、ああ、いいな、と思います。

YCAM内の施設

3.  テクノロジーとメディアアートの今、これから

ーー初期設定の部分はとても重要で、改めてその慧眼に驚かされます。当初のビジョンや体制づくりにはダムタイプのメンバーなども関わっていたとか?

伊藤:はい。設立の前に「ソフト研究会」という長期的な活動が行われていました。YCAMが独特なのはそこにも要因があるからかもしれません。建設前から施設を作った後のことをきちんと時間をかけて考えていた。いわゆる箱物行政的な「こんなものを建てたら良いのでは」という話ではなく、建設後、どんなことがここで行われるべきかということが数年間にわたって議論検討されていて、その中に磯崎アトリエや初代アーティスティックディレクターの阿部一直さん、ダムタイプのメンバーが入っていました。内部の設備に関してもダムタイプのメンバーから色々とアドバイスがあったみたいです。設備の大きな特徴の一つはほとんどの機材が常設ではなく、仮設だというところだと思います。機材、設備の埋め込みが少なくて、自分たちが後から好きな場所に設置できる仕組みになっています。つまり、毎回展示や舞台公演ごとにそのためのシステムを作って設置することができる。備えつけにしてしまうよりもその都度動かせる方がクオリティが求めやすく、そこはとても大きいです。

YCAM内に設置されたラボや工房
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ーー実績を一覧すると世界の都市とフラットにつながっていますね。重要なのは都市の規模ではないという印象があります。デジタルテクノロジーやメディアアートの特性がそれを可能にしているのでしょうか?

伊藤:おそらくそれはありますね。「東京」といった首都とか大都市のレーベルは強みではない、という。身体の一部はきっとインターネット上にいるんでしょうね。

デジタルテクノロジーやメディアアートの特性についてですが、「身体とテクノロジー」の関係性はYCAMの開館当初から重要視されていました。アートは人が受容するものと考えると、結局「人間」抜きには考えられない。人の身体とテクノロジーとの関係は展示でも舞台でも必ず発生します。その点に関してはみんな常々意識してきた。「テクノロジーは身体の拡張(延長)である(マクルーハン)」という言葉もありますが、扱う対象との関係で、身体がどのように拡張されていくのか。例えば今はVRなどが使われることが多くなってきていますが、その時々で扱うものによって身体感覚は変化すると思っていますし、常々楽しんで考察しています。世界との関係性もこうしたテクノロジーを通じてこれからも変わり続けていくのでしょうね。

ーーメディアアートの「これまでとこれから」を伊藤さんの視点からお聞かせいただけたらと思うのですが。

伊藤:YCAMは、新しい技術が一般社会に広まりつつあるタイミング、あるいはその直前にそれを採用し、使っていることが多いと思っています。例えば、コンピューターであれば一台何億円とかした時代ではなく、一般の人が入手できる時代から使い始めるような感じです。このタイミングというのは、そのテクノロジーが世の中に浸透していくタイミングでもあると思っていて、そういった何か新しいものが浸透[8]すると、人の社会との接し方が変化し、そのことについて考えなければいけない機会が出てきますよね。例えばですが、SNSが世の中に浸透(普及)すると、プライバシーの問題が浮上する。バイオテクノロジーもどんな技術もそうだと思いますが、人類にとって素晴らしい可能性がある反面、使い方次第で危険性を持ち得ますよね。そういうことをどこかで真剣に考えるタイミングがある時に、良い面も悪い面もひっくるめて、それをみんなで向き合って考えられるきっかけや場をYCAMが提供していけたらという思いはあります。メディアアートのこれまでとこれから、の回答になってないですが。。なんというか、メディアアートの持つ意味の一側面というか。

ーーそれは市民も含めて、ということですよね。

伊藤:はい、市民と一緒にみんなで考えていこうと。アートって(鍼灸の)「針」みたいなイメージを持つことがあります。人々に刺激を与えることで、針が血流を促すように、これまで考えていなかったことを考えるよう促す側面があるなと。これをここに投入したら(こういう作用が起きて)みんながこれくらい考えられるかな……というように、メディアテクノロジーとの関わりにおいても、そのような作用の連鎖を常に考えています。

バイオラボツアーの様子
撮影:大林 直行(101 Design)
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

4.アーカイブについて

ーーアーカイブに関してはどのようにスタートしたのでしょう?最初からデジタル化の意識がありましたか?

伊藤:開館当時はDVテープなどが主流の、データはデジタルではあるのですが、データは物(テープ)で管理するという、ある意味アナログとデジタルの過渡期でした。ここ6~7年の動きとして、アーキビストというポストがYCAMにできて、昔のDVテープなどのデータの取り込みをし、今はもう大体、そういった作業が終わっている状態です。

ーーつまりアーカイブ、アーキビストという概念がYCAMの中で既に確立されていると。

伊藤:そうですね。開館当初は映像、写真を記録としてとにかく撮っておこうと。というのも、恐らく山口という場所柄もあると思うのですが、実施したことがなかったことになるような危機感があって。録ったものをどうするのかという話になったのは後々のことですが、とにかく残しておくということだけは徹底されていたと思います。

ーーだからこそ、初期のもの含めてほとんどの作品をアーカイブ公開という形にできているんですね。アーカイブに対する基本方針や取り組みに関してはいかがですか?

伊藤:現在はアーキビストが主体的に進めてくれていることが大きいです。ポータルのウェブサイトの中にアーカイブのサイトが統合されたのが数年前です。アーカイブなんとかしなければ、ということは記録が溜まってきた開館数年目くらいからずっと課題としてはあって、ただそれをやれる人がいないということが長く続いていた。長いこと色々と試行錯誤があって、最近は記録と公開の流れができてきたと感じています。同時にYCAMは「作品を作る」場でもあるので、作った作品のテクニカル資料……設計図だったり、部品リストだったり、他の会場で巡回する際に必要になる資料がまとまったものなど、そういったアーカイブも別途あります。ワークショップに関しては台本を含む資料を作って、メンバーが変わってもそのワークショップができるだけ実施できるようになっています。

ーーメディアアートというのは、他ジャンルに比べて概念的でひとつの地域に属さない特性があるように思えます。メディアアートって誰がどのようにどこに保存しすべきなのか?そのポジショニングや存在意義をどのように考えていますか?

伊藤:2018年の15周年の時に「メディアアートの輪廻転生」[9]という展覧会(エキソニモとの共同企画)をやったんです。大きなお墓を作って、作家が、自分たちがお墓に入れたいと思う作品をそれぞれ出品してもらった。遺影……つまり昨日の写真とか、実際に作品に使われていたパーツを送ってきてそれを展示するという展覧会です。そうそうたる顔ぶれで、ナムジュン・パイク・アートセンターが壊れたブラウン管(サイン入り)を送ってくれたり。そのときにも強く思ったのですが、いかなる作品もずっと同じ状況で保存し続けることは難しいんだな、と。仮にモノは残せたとしても、受け取る人々の知識や経験が異なれば、作品の意味合いは変わっていってしまう。

そもそも、モノを同じ状態で長期間保存することって大変ですよね。メディアアートは、作品にもよりますが、絵画や音楽の記録物、映画などのように、保存方法がある程度確立している、という感じでもないので、残していくためにはいろいろなことを考えなくてはならない。単純に「モノは壊れる」し、数年も経つと、作品で使っていた機材などは同じものが手に入らなくなる。ナムジュン・パイクの作品で使われているブラウン管が手に入らない、という話は有名ですね。コンピューターも壊れるし、壊れて新しいものを買っても当時のソフトは動かない、じゃあ誰が直すの?と。費用もないしわからないし・・・という話に結局なってしまう。データに関しても写真や紙の方が最終的に残ったりしますよね。ハードディスクが壊れてしまったら、一瞬で全て消えてしまう。デジタルだから消失しやすいということは大きな課題の一つです。例えばモノを残す発想とは離れて、VRなどで体験自体を特定のフォーマットを使って残すようなことができたら面白そうですが、まだ難しそうですね。

ーーしかしそういうメディアを扱っていく意味というのが、この時代だからこそある、ということですよね。

伊藤:そうですね。そこはアーカイブを考えるという意味でも難しくも非常に興味深い点です。究極の形はどこにあるんだろうと。これをやればOKみたいな解決法があればいいのですが、実際にはなかなかそうはいかない。常に悩みながら試行錯誤しています。

ーーお話聞いてきた中で、即効性重視ではなく蓄積するというのはR&DそしてYCAMを貫く根幹のように思えます。

伊藤:そうですね。その姿勢と実践が、間違いなくYCAMの重要なアイデンティティのひとつだと思っています。

講義される伊藤さん(YCAM InterLab Camp vol.3にて)
撮影:田邊 アツシ
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

注釈

[1]具体的な制作場所としては、3Dプリンターや電子基盤 を作る装置やレーザーカッターのある部屋、バイオラボ、木工金工系のワークショップ部屋、VR関係の制作設備などがある。

[2]「THE END」
https://www.ycam.jp/events/2012/the-end/

[3] 「LIFE−fluid, invisible, inaudible…」(2007)
https://www.ycam.jp/archive/works/life/

[4]感覚アスレチック
https://www.ycam.jp/archive/workshop/physical/sensory-athletic.html
(上からゴム紐がたくさん張ってある空間に子供たちが入っていき、自分たちで中に結び目を作る、空間が変容する

[5]ケータイスパイ大作戦  
https://www.ycam.jp/archive/workshop/keitai-spy/
(ガラケー時代の鬼ごっこ。相手の写真を撮ってサーバーにアップロード。写った人の点数を加点、減点などして遊ぶ)

[6]コロガル公園 
https://www.ycam.jp/archive/works/korogaru-koen-park/
(仕掛け一例:一人の子が「地獄を作りたい(具体的には熱風地獄、など)」と提案、みんなが賛成すれば3日間で「熱風地獄」がインストールされる。熱風は子供たちがドンと床を蹴ると下からドライヤーの風が出てくる仕組み)

[7]YCAMがソニーと作った「パラレルアイズ」という道具を使った4人で行う鬼ごっこ。4人分の視点が写っているVRグラスを全員が装着。後ろのスクリーンに写っている映像は4人の視点。鬼の視点も残り3人の逃げている視点も見える。これを被った状態で鬼ごっこをするのだが、慣れてくると4人の視点が頭の中でマップ化されて、だんだん頭の中に3D空間ができてくる不思議な体験となる。

[8]イギリスに「Pervasive Media Studio」というところがあり「Pervasive」の意味は「普及、浸透的」。メディアが世間に浸透していく、その「浸透していくメディア」について考えよう、という組織。

[9]「メディアアートの輪廻転生」
https://www.ycam.jp/events/2018/reincarnation-of-media-art/


INTERVIEWEE|伊藤 隆之(いとう たかゆき)

YCAM R&Dディレクター。1978年生まれ。東京工業大学生命理工学部生体機構学科卒業後、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)入学。YCAM開館準備室に音響エンジニア/プログラマーとして着任。2005年頃からYCAMの委嘱作品の技術面のディレクションを担当するようになり、現在は研究開発プロジェクト全般のディレクションを担当。専門は音響デザイン、ソフトウェア開発。


INTERVIEWER|小島ひろみ(こじまひろみ)

広島県出身。舞台芸術の制作や広告代理店勤務を経て、2013年から広島市現代美術館学芸員。企画担当した展覧会に「東松照明―長崎―」展(2016)、「村野藤吾の建築―世界平和記念聖堂を起点に」(2017)など。2018年から外資系ブランドのアート部門マネジャーを務める。2020年度東京藝術大学大学院映像研究科主催RAM Associationに参加。2021年度企業メセナ協議会メセナアソシエイト(外部研究員)