対話で生まれるみんなのミュージアム ICOMと美術館でひろげる可能性

対話で生まれるみんなのミュージアム ICOMと美術館でひろげる可能性

和歌山県立近代美術館学芸員/ICOM-ICFA Chair|青木加苗
2023.04.21
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1946年に設立されたICOM(国際博物館会議)は、博物館の進歩と発展を目的とした国際的な非政府組織である。国別に組織された119の国内委員会と、6つの地域連盟、そして「教育・文化活動」や「博物館学」など専門分野に即して組織された32の国際委員会などから構成され、3年にいちど、全ての委員会が一堂に会する大会が開催される。

今回お話を伺ったのは、ICOMの「美術の博物館・コレクション国際委員会(ICFA)」の委員長を務める和歌山県立近代美術館学芸員の青木 加苗(あおきかなえ)さん。ICOMの活動は学芸員としての仕事にどのようにリンクしているのか。また、ICOMの活動と学芸員の仕事を両立する中で見えてきたこれからの美術館・博物館が果たす役割についてお話を伺った。

2022年のICOMプラハ大会にて。京都大会でジョイントセッションを持った、ICDAD(工芸)とICFA、GLASS(ガラス)のボードメンバーたちと青木加苗さん(中央)。



学生時代

– 青木さんは京都市立芸術大学を出られていますが、元々絵を描かれていたんですよね?

そもそも高校が銅駝(​​京都市立銅駝美術工芸高等学校)で、高校の時から絵を描いていました。油絵なんですけど。


– その流れで大学でも絵を?

はい。ただ実はもともと修復の仕事に興味を持っていて。小学生の頃に、正倉院の修復にあこがれたのが最初で、その後メディアが大々的に、システィーナ礼拝堂の修復プロジェクトを取り上げたり、本が出たりしていた影響もあって、海外で修復をやってみたいと思っていました。


– かなりしぶいですね(笑)

古いものが残っているというのが面白くて。当時は京都に住んでいたんですけど、小学校のすぐ近くに古墳があるとか、古いものがそのまま残っていたんです。だからそれを残すっていうことにぼんやり憧れを持っていて。それで修復への興味から壁画にも関心を持って、京都市立芸大でも壁画が学べると知って、そこに進もうと思いました。壁画をやれるのは油絵専攻の中なので、それでそこに行って、フレスコ画を。


– 日本画ではなかったんですね。

感覚的なところもあるんです、ご飯よりパンが好きとか、味噌よりバターが好きとか(笑)。それくらいのノリで日本画より油絵っていうので高校の時に西洋画科に進んだこともあって。親が昔、絵を習っていたので油絵の道具が入っている木箱が身近にあったんですけど、それを使う憧れは、ぼんやりあったのかもしれませんね。


– なるほど。その後大学院で、ドイツ近代美術史を学ばれるわけですが、アートヒストリーを学ぶに至った背景をお聞かせください。

壁画はキャンバスという枠の中に絵を描くのと違って、画面の範囲を自分で決めなければいけなくて。実際に描いていると画面が拡張する可能性を感じていたので、「何をどこまで描くか」について悩むことがありました。

そんな時、ちょうど当時西洋美術史の授業を集中的に受講していたこともあって、「過去の美術に歴史として目を向ける」ということに興味を持ち始めていました。ギリギリまで迷うところはあったのですが、最終的に院試論文に向けたテーマを探していたときに、ピート・モンドリアンがアトリエで色紙を壁に貼って広げていたことを知ったのが決定的で。私も同じようなことを試していたので、なんとなく親近感を持ちました。画家たちの悩みを知れば知るほど、自分と重なって。100年前のことでもすごいリアルな感じで、疑問として理解できるし、いま解決されているんだろうかって。実技的な関心から過去の美術を知るのがどんどん楽しくなっていったんです。


– 美術史の授業は、どういう点が面白かったんですか?

先生がちゃんと学生に向かって「伝える」というモードで話をしてくれていて。言ってることがわかるっていうのもありますけれど、こっちの表情もちゃんと捉えてくださっていて。授業内のコミュニケーションがちゃんとあったように思いますね。

その頃、潮江宏三(前京都市美術館長)先生が授業を担当されていたのですが、美術史に興味があると相談に行ったところ「芸術学で大学院に進むなら語学ができないといけないから、これを読んでおいで」と英語の美術評論や展覧会図録を渡されて、そこからはマンツーマンの原書講読の授業が始まりました(笑)。当時、周りの実技の友人たちからは完全にもはや「芸術学の人」という目で見られていましたね。


– それが今の国際的な仕事にも繋がっていますよね。

高校くらいの時から英語に興味を持っていたので、喋ったりすることに抵抗はなかったんですけど、読むって全然違うって気づいて愕然として。毎週何時間もかけて準備して行っていました。いちどやってみたいと思うと、突き詰めたくなる性格なのかも知れません。好きなことが昔からたくさんあって。


– その頃から学芸員になろうと思われていたんですか?

実は学芸員には興味がなかったんです。子どもの頃は教員になってみたかったので、塾でバイトをしていたりもしたんですけど。学芸員になるとは思わなかったですね。



美術館をひらく

– 和歌山県立近代美術館は今、何名くらいの学芸員さんがいらっしゃるんでしょうか?

館長はカウントせずに、学芸としては7人です。教育普及課と学芸課があって、私は入った時に、教育普及課の配属になりました。ちょうど私が入る少し前にに教育普及課ができて。入るまで教育普及の仕事を直接やると思っていなかったんですけど、私は教育普及課なんだ、という自覚を最初に持ったことは今思えば大きかったですね。


– 入ってからどんなことをされたんですか?

教育普及課に配属になった、つまり美術館に勤め始めた1年目の夏、先輩が担当した「なつやすみの美術館」【※1】という展覧会があって、2年目からそれを引き継ぐことになりました。この名称には、大人も子どもも一緒になって、美術を楽しんでほしいという意図があったんです。2年目も同じような意図で展覧会をやることになったんですが、具体的なテーマをなかなか決められなかった私が「なつやすみの美術館 2」というタイトルをつけて時間稼ぎをして(笑)。そこからシリーズになりました。

その時に、近隣の学校の先生たちにもぜひ来てくださいとお声がけしていたんですが、元々、2008年から2009年に文化庁の助成金で教材制作に取り組んだ先生たちとの集まりの場があって、それを緩やかながら続けていけるかたちにしていこうと、私が入った2011年から「和歌山美術館教育研究会」【※2】という名前になりました。ただ当時は情報交換の場になっていて、何をするか具体的に決まった場ではなかったんです。そこで「なつやすみの美術館 2」をやった時に、これをみんなが関われる場にすることで、先生との関わりも、もっと深くつくれるのではないかなと考えました。学校の先生と連携して、夏休みの宿題のために、美術鑑賞のためのワークシートを一緒に作成することにして。それは2013年から正式に始まって、今も続いています。

「なつやすみの美術館12 妻木良三「はじまりの風景」」展のワークシート
(引用:和歌山県立近代美術館HPより)


あと、2011年の展覧会で先輩が試みた「こどもギャラリートーク」という、子どもたちも一緒にギャラリートークにきてねと促す枠組みがあったんですけど、それを発展させて、子どもたち目線で作品を見る活動に切り替えました。さらに夏休み期間に和歌山大学の学生がギャラリートークをする場を設けるようなことも始めました。教員を目指す学生の学びにも繋げたいと考えて、和歌山大学と共同授業を設けてもらいました。この活動は後に和歌山大学美術館部【※3】というサークルにもなり、現在も活動が続いています。展覧会を美術館の人だけがつくるのではなく、美術館がいろんな人と手を結んでいるようなイメージができるようになった大きなきっかけのひとつだったと思います。

「なつやすみの美術館4 生きている!」(2014年)
「こどもギャラリートーク」の様子。草むらを描いた作品を水平にして見てみようと、印刷をつなぎ合わせて原寸大コピーを作成。壁にかかっているよりも大きく感じられ、また靴を脱いでその中に入ってみると、描かれている鳩たちの様々な視点に気が付くことができたという。
「なつやすみの美術館9 水と美術」(2019年)
会期中のこども美術館部は「美術館でもぐれ!」と題して実施された。展示室が水中という設定で、全員、背中に酸素ボンベのイラストを貼り、口に加える器具のイラストを貼ったマスクをつけ、声を出さずに作品の面白さをジェスチャーなどを交えて表現したという。「今まででいちばん静かな回でした」と青木さん。なおこうした「小道具」は、館内にある消耗品を使って青木さんが毎回手作りしている。「無いものは作る」ところに実技出身者らしさが現れている。

– かなりチャレンジングに色々挑戦されていますね!そして今も続いているのがすごい。元々教員になりたかったと話されていましたが、教育普及に向いていらっしゃるのがわかります。青木さんは教育普及をしながら、キュレーターとしても今までいくつも企画を担当されていますが、印象に残っている展覧会はありますか?

どれも印象的なんですが、2020年に当館が50周年を迎えた際の展覧会は印象に残っています。その時、美術館のコレクションの歩みを振り返る展示「和歌山県立近代美術館 コレクションの50年」【※4】をまず美術館の1Fで比較的長期で行うことになっていて、2Fでは当館のコレクションの強みでもある版画の名品展を福島県立美術館さんと合同で、巡回展として予定していました。この巡回展の方は他館から作品を借りることもあってあまり長く会期が取れないし、年末休館まで3週間その部屋が空くと。それをどうするか考えた時に、作品だけじゃ語れない美術館の50年の活動を振り返る展覧会をしようよと。それで1Fではコレクションの50年の歩みに触れる展覧会を、2Fでは美術館活動全体にアプローチする展覧会を、3名の学芸員の合同で企画しました。私は2Fの方をメインで担当しました。ちなみに版画の巡回展もサブで担当していたので、この時期、ものすごく大変でした(笑)

50年続いたけれど、この次の50年続くかなとか、そういう様々な想いも含めて、サステナビリティという言葉をつけようと思い、「美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ」【※5】と題しました。そこでは例えば学芸員の調査ノートや、作品を寄贈してくださる方々の存在にも目を向けて、単に美術館の裏側を紹介するのではなく、美術館としての歩みと存在の意味を表に出そうとした企画でした。


– 美術館にとっても、貴重な展覧会だったんでしょうね。

あんなに大変だったのに3週間しか見てもらえなかったから、何とか残したいと思って、アーカイブサイトを頑張ってつくりました。これ自分でつくったんですよ(笑)。
展示構成そのままをサイトに落とし込んだので、章立てはそのままです。中には、展示の作業を7分弱にまとめた動画があったり、コレクションの話があったりするんですけど、要素のひとつとして教育普及の項目も加えて、それを「支えるしくみ」っていう観点にしました。これが私が教育普及のことを考えている意識のひとつかなぁと。美術館側、来館者側っていうことよりも、多くの人が行き交う活動の場とするとか、ですね

撤去と展示
美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ「5. 見せてのこす 展覧会とサステイナビリティ」のページでは、青木さんが定点カメラで捉えた、ひとつ前の展覧会の撤去からこの展覧会の展示が完成するまでの様子を約7分にまとめて記録した動画が紹介されている。

ICOMでひろげる

– 青木さんは、ICOM(国際博物館会議)【※6】でも活動をしていらっしゃいますよね。このお話も伺っていきたいのですが、そもそもICOMの参加資格ってどうなっているんですか?

ICOMでは​​世界各地のミュージアムに関わる人たちが、メンバーの対象となります。美術館の学芸員、広報、教育普及の人はもちろん、大学で博物館学を教えている方もそうですし、退職会員や学生会員っていう枠もあるので、結構幅広いですね。


– ICOMという組織の中にもかなりの数の委員会がありますよね?これはどういう仕組みなんでしょうか?

大きくは博物館に関わる様々な専門分野に合わせて組織された種別の「国際委員会」と、国別の「国内委員会」があります【※7】。世界大会以外の年にも毎年、全ての委員会で年次大会が行われていて、対話の場が各委員会で形成されています。


– 青木さんとICOMとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。

学芸員になった2011年の春に、5月18日の「国際博物館の日」に関連したイベントをやることになったんですが、一体この日はどういう日なのだ?と。色々調べていたら「国際博物館の日」とは、博物館が社会に果たす役割を広く普及啓発することを目的としてICOMが制定したものだと知りました。で、ICOMとは何かと調べたら、ICOMの会員になると世界の美術館・博物館に無料になるカードがもらえるとわかって、最初はカード目当てで2012年早々に入会しました(笑)。

その後2015年に北京のICOM-ITC(International Training Center)【※8】での研修会に参加しました。ここでは年2回研修会をやっていたそうなのですが、全然知らなくて。でもその時の研修会のテーマが「Engaging Museum」と書いてあったので初めて目に留まったんです。「Engage」って日本語にしにくいんですが、手をぎゅっと握って「結びつく」というイメージがあって、教育普及に関係しそうなテーマだなと思ったので応募しました。その研修会は、博物館に対する知識や理解を深めるための職員の育成という目的もあって、欧米諸国よりも現地の中国やアフリカ、南米などからの参加者が多くいました。

何のしがらみもなく純粋に、ミュージアムが社会と「エンゲージ」するために何ができるのかについて考え続け、世界の実例を紹介する座学もあり、自分たちでアイデアを練って提案までする濃密な10日間でした。この研修を通して、同じテーマを本気で話せる仲間は自分が住む場所だけじゃなく、外の世界にこんなにたくさんいるんだって思いました。世界中に話の合う同じ志を持った人たちがいるんだという実感が得られたのは非常に大きな経験で、ICOM面白いなと。

その年、2019年に京都で大会が開かれることが決まり、北京から帰ってきてしばらくしたところで、大会準備スタッフの募集がありました。ICFAで誰も手を挙げる人がいなかったので任されることになり、2016年は3年に1度開かれるICOMの大会がミラノで行われ、2017年と2018年はコペンハーゲンとスペインでICFAの年次大会に参加し、そして2019年の京都大会が開かれるまで、日本側とICFA側の両方を繋いでお手伝いすることになりました。結局2015年から何らかの形で毎年ICOMに関わっているんですが、タイミングとしては本当によくて。2011年に学芸員になって、そこから教育普及とは何かについて展覧会を通して考えていて。そしてICOMの活動を始めて、外の動きも学びつつ自分の仕事に向き合った時に、美術館の役割って何だろうって考えて。そういうことから、先ほどお話しした美術館を考える展覧会の企画にも繋がっていったのかなと思います。

上:座学の様子
下:メンバーと共に紫禁城を歩く青木さん。ICOM-ITCの研修室は紫禁城を博物館とした故宮博物院に併設されている。

– なるほど。美術館外の活動に参加しながら、それを通してまた自館のことを考えられるというのは良いですね。ちなみに青木さんはICFAに所属されているとのことでしたが、そもそも国際委員会にはどのように配属されるんですか?

入りたい委員会を自分で選ぶんですよ。そして所属しても活動するしないはその人次第です。例えば先日ICFAの名簿をちょっと見ていて、個人会員だけで2000人とか3000人とかいるんですけど、積極的に活動している人はまだそんなに多くないんですよね。


– ICOMでは、3年ごとに「ICOM大会」が開かれ、世界のミュージアムが直面している課題についての話し合いが行われますよね。例えば直近のプラハ大会(2022)では、どのようなことが話しあわれたのでしょうか?

大会には全委員会が集まるので、普段のそれぞれの活動を共有したり、全体の方向性が確認できるという意味があります。プラハ大会は、大会テーマ「ミュージアムの力」のもとに、パンデミックや国際情勢も視野にいれながら、ミュージアムに何ができるか、何をすべきかを考える機会であったと思います。

ただ多くの人が注目していたのは、2019年の京都大会から持ち越しになったミュージアムの定義改正だったと思います。ここで「定義」と呼んでいるのは、ICOMの規約に記された一節なのですが、2007年に定められた定義【※9】を改正する議論がこの数年続けられていて、プラハ大会ではその最終投票が予定されていました。京都大会で諮られた案は、積極的に社会に働きかけるミュージアム像に寄せた反面、ミュージアムの基本的な仕事、つまりわれわれにとって自明となっていることが背後に置かれてしまった。それは、ミュージアムを根付かせようとしている地域にとっては、拠り所を失うことになってしまう。そういう反省もあって、京都大会後に今一度、全員から意見を集めるプロセスを踏んで、最終案をつくりあげたんです。中心メンバーたちは本当に頑張っていたので、何とか可決させようというキャンペーンを行っていた国もあって、「YES / OUI / SI」、つまり「賛成を投票しよう」をICOMの公用語3か国語で記した缶バッジやシールを配って盛り上がっていましたね(笑)。


– 定義改正をお祭り的に楽しむというのは、日本ではなかなかありませんよね。結果は無事に採択を?

はい。もっと急進的で、社会にコミットできるような定義を定めるべきだという意見もあったよう何ですが、やっぱり国によって事情が様々で、今まさに紛争や戦争で資料が破壊されている地域もある。政治的圧力がかかっているところもある。そうしたところにあるミュージアムにとって、「社会の問題解決のために」と記すことは果たして後ろ盾になるのかどうか。場合によっては国際社会とのずれを浮き彫りにさせて、内国的なリスクすら生じかねない。だから資料をきちんと残す、地域とコミュニケーション取るっていう基本的な言葉におさまったんですが、京都大会以降はこの最低ラインの基本合意を何とかつくろうっていう動きだったと思います。結果として93%くらいの圧倒的賛成多数で通って。これには各国や各国際委員会が時間をかけて、丁寧にヒアリングしたことも大きかったかと。つまりみんなが何らかのかたちで最終案に関わりを持っていた。だから自分たちが仕組みを変えた、こうして変えていけるんだという実感を持てたことの結果だったように思います。

採択された新定義
“博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。”
“A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.”
ICOM HPより引用

– ICOMって結構堅いイメージもあったんですけど、みんなで対話をするようような、かなりフラットな団体なんですね。

そうなんです。メンバー間にも上下関係はなく、完全に対等と言ってよいと思います。社会に向けても、例えばこの前、トマトスープを作品にぶつける事件があったじゃないですか【※10】。あの時ICOMが、一連の抗議行動をただ非難するよりも、私たちも環境問題に向けて動いている仲間なのだという立場の声明を出したのはICOMらしいなと思いました。京都大会の時も、ミュージアムの定義改正の議題に対して、賛成/反対で分断する姿を見せるのではなく、「投票延期の賛否投票」という選択をしたり。ICOMはそういう意味でも、かなりみんなで対話をしながら、解決に向けてのプロセスを探していけるコミュニティだと思っています。だから仲間という意識はすごい強いですね。

2022年ICOMプラハ大会のメイン会場にて。当時ICFAの院長だったChristoph Lind(右)から、青木さんが委員長を引き継いだ。
2022年ICOMプラハ大会にて:ICFAオフサイトミーティングでの記念写真。
研究発表のセッション以外にも、別会場での集まり、「オフサイトミーティング」として、各委員会は自主的にその地域のミュージアムを会場とした活動を行う。プラハ大会でICFAは、プラハ国立美術館を訪れた。

ミュージアムピープルとしてできること

– 青木さんは、昨年の9月からICFAの委員長に就任されていますよね。委員長になられてから、どのような活動をされているのか、教えていただけますか。

直近にあったプラハ大会の報告書をまとめるというような事務的な仕事はもちろん、今は会員のネットワーキングに力を入れようとしています。

まだ準備段階ですが、ICFAの中で小さなワーキンググループをつくって、それぞれのグループごとに興味のあるテーマを設定して、テーマに基づいた活動を行い、互いに繋がれるような機会を頻繁につくりたいと思っています。何か活動をやりたいと思っている人は結構いると思うんですけど、その機会を準備できていなかったので、それをつくっていくというのが課題かと思います。要はいろんな人がいろんなことを伝えられるネットワーキングの場をつくるっていうことが、ICOMとして大事だと思うので。様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まるわけですから、誰かが決めた高い理想の下、それぞれが仕事を分担して達成するというより、いろんな人が出会い、交流する機会をつくりたいと思っています。


– それはとても良いですね。日本の会員の方々も、世界中に仲間ができて議論できるというのは貴重な機会ですよね。

そうですね、例えば公立美術館の学芸員、特に若手となると、館外に出るチャンスが少なかったりします。役職のついていない学芸員だと、いろんな館が集まるオフィシャルな場には参加できる機会があまりないと思うんですね。日本はどうしても年功序列社会ですし、上の人が組織を代表するのが基本の仕組みですから。でもICOMは個人会員が基本の組織ですから、それを最大限活かしたら、学べるチャンスが増えるんです。それをもっと伝えて、交流の輪を広げていけるといいなと思っています。そういう観点で言えば、ICOMの枠内でなくてもいいんですけどね。でも自分たちで外と繋がっていける、自分たちもどんどん外に出ていいんだと思ってほしいし、その近道としてのICOMをアピールしたいと思っています。


– 対話の場を生み出すというのは、青木さんの得意分野のように思いますし、これからの美術館を考えていくにおいても、そういう場が増えていくって大事ですよね。ちなみに日本の会員数は増えているんですか?

京都大会の時に結構増えましたね。勧誘されたり、あとは私と同じようにカードがただっていうのをメリットに思った人もあったりして(笑)。でもカードが無料なのは、私たちはミュージアムの仕事を通して社会をより良くしていくというタスクを負っていて、互いの仕事を知ることが大事だからなんですよね。だから会員カードって実はとても大事。そのことを改めて、私も感じていて。海外で、ミュージアムの受付で提示すると、窓口のおじさんが「仲間だね」って言ってくれたこともありました。

あと美術館って、美術館だけで交流することが多くて、他の種別のミュージアムとの交流が比較的少ないと思うんです。逆に例えば他館種の博物館から美術館が線引きされているなと感じることも正直あって。そこに課題を感じています。

でもICOMに参加していると、そういう感覚があまりないんですよ。どんな形態の博物館で働いていても、皆が「同じミュージアムピープルの一員」という認識なので、どこでも仲良くなれちゃいます。


– 同じミュージアムピープル。素敵な言葉ですね。最後に青木さんが今後挑戦されたいことなどあれば教えてください。

ここのところあまりにバタバタしているのでちょっと落ち着きたいんですが(笑)。でも例えば今年度(2022年度)下半期は、文化庁の委託事業で、博物館の国際交流にまつわる事業を担当していて、これをさらに広げていきたいなと思っています。

和歌山県って移民がすごく多かったんですが、県内の研究を美術も歴史も交えて発信していきたいんです。きっかけは今年、世界中から和歌山ルーツの人たちがお里帰りする「和歌山県人会世界大会」という事業が計画されていて、当館でそれに合わせた展覧会を考えていたというのがあって。和歌山県立近代美術館が中心になりつつ、県内他館にも協力してもらって情報発信したり、アメリカのミュージアムと協働研究などで国際交流をするっていうのを進めています。さらにポイントはこういう取り組みを、県内の学校教育にも組み込んでいきたいと思っていることで、学校の先生たちと連携授業を今やろうとしていたりします。だから美術館単体で考えるのではなく、海外とも県内の博物館とも、学校や子どもたちともつなげたりしながら、かつ、和歌山だからこそできるようなことをしていきたいと考えています。

本当は対話の場が社会の中にもっとたくさんあれば良いのですが、実際はまだまだないじゃないですか。だからこそミュージアムがそういう役割を拓いていく必要があるんじゃないかなと思っています。

こども美術館部での青木さん(左)。2019年当時、3年生だった中央の少女は、その後すべての回に参加し、この春、小学校とこども美術館部を卒業した。

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関連情報

和歌山県立近代美術館
(2023年4月21日15時7分最終閲覧)


ICOM(International Council of Museums)
(2023年4月21日15時7分最終閲覧)


以下、青木さんが過去、ウェブ版美術手帖に執筆されたICOMに関する記事。ICOMのことをさらに知りたい方はこちらへ。

『美術館再開をめぐって──学芸員の備忘録』

(2023年4月21日15時8分最終閲覧)

『ICOM(国際博物館会議)の意義とは何か? いま、あらためて京都大会を振り返る』
(2023年4月21日15時8分最終閲覧)

注釈

【※1】なつやすみの美術館
(2023年4月21日15時8分最終閲覧)

【※2】和歌山美術館教育研究会
(2023年4月21日15時8分最終閲覧)

【※3】和歌山大学美術館部
各種SNSで日々の活動の様子が発信されている。
和歌山大学 美術館部Twitter

和歌山大学 美術館部 instagram

(上記2点、2023年4月21日15時9分最終閲覧)

【※4】和歌山県立近代美術館 コレクションの50年
(2023年2023年4月21日15時9分最終閲覧)

【※5】美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ
(2023年2023年4月21日15時10分最終閲覧)

【※6】ICOM(国際博物館会議)とは(公式HP)
(2023年2023年4月21日15時10分最終閲覧)

【※7】ICOMの委員会について
国際委員会について
国内委員会|日本委員会について
(2023年2023年4月21日15時10分最終閲覧)

【※8】ICOM-ITC(The ICOM International Training Centre for Museum Studies)
ICOM-ITCは、ICOM本体とICOM中国委員会、そして北京の故宮博物院が協力して、ICOMコミュニティに研修プログラムを提供するものである。地域社会との関わりやミュージアムの社会的役割と倫理観、パートナーシップの構築法など、現代に求められる議論、活動を発展させることを目的としている。
(2023年2023年4月21日15時11分最終閲覧)

【※9】2007年ICOMウィーン大会で定められた定義

“A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment.”

博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である。

・博物館定義の再考についてはICOMの公式HPでまとめられている。

 ICOM 博物館定義の再考
(2023年2023年4月21日15時11分最終閲覧)

【※10】2022年10月14日、ロンドンのナショナル・ギャラリーで、「ジャスト・ストップ・オイル」の活動家2名が、「イギリス政府に化石燃料に関する全ての新規プロジェクトの停止を訴える」ことを目的に、ゴッホの《ひまわり》にトマトスープをかけた事件。

INTERVIEWEE|青木 加苗(あおき かなえ)

和歌山県立近代美術館学芸員。1978年生まれ。京都市立芸術大学美術学部油画専攻卒業、同大学院美術研究科博士(後期)課程(芸術学)修了。これまで担当した展覧会に「リアルのリアルのリアルの」(2015)、「動き出す!絵画 ペール北山の夢」(2016)、「ミュシャと日本、日本とオルリク」(2019)、「美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ」(2020)、「コミュニケーションの部屋」(2021)、「モダンプリンツ コレクションにみる世界の版画」(2022)、などがある。教育普及としての展覧会を目指したテーマ展のシリーズ「なつやすみの美術館」展では、鑑賞のアウトプット活動を展示に組み込む取り組みを、学校教員らとの協働により毎年行っている。ICOM京都大会運営委員、ICOM-ICFAボードメンバーを経て、現在ICFA Chair。

INTERVIEWER|ヘメンディンガー 綾

編集者・ライター。出版社勤務を経て2012年よりフリーランスに。地方におけるアートとデザインをテーマに関西を拠点に執筆活動を続ける。紀伊半島南部の国道42号線に点在する魅力を可視化した『ROUTE42 国道42号線をめぐる旅』(青幻舎)を上梓。共著に『廃校再生ストーリーズ』(美術出版社)、『感動と価値を売る、ストーリーのあるブランドのつくり方』、『強さを引き出すブランディング』(パイインターナショナル)など。