複数の役割をこなしながら、人と人のつながりを編み、独自の視点を身につけてきたMUESUMの多田智美。後編では、地域社会へさらに広がる多田の活動とその役割について考えていく。
多田は、教育心理学を学び、文化・芸術に関する編集の道に進んだ。しかし、教育に関する関心は持ち続けている。2009年、京都芸術造形芸術大学(現・京都芸術大学)、ヤノベケンジは共通造形工房ウルトラファクトリーを立ち上げる。それは、今までにない、大学の学部や学科を超えた学内共通工房であり、同時に、ヤノベをはじめ、第一線のアーティストを招聘して学外のプロジェクトを実施したり、現代アートのアワードを推進したりするなど、その活動は多岐に渡った。多田は、そこで「ULTRA FACOTRY PRESS」というアートマネジメントや広報を手がけるプロジェクトを発足。ディレクターとして学生たちとともに、その出来事に参加し、また毎年行われるさまざまなプロジェクトの情報を発信する広報誌『THE ULTRA』の編集をはじめ、独自の広報企画を行った。さらに3年目からは、元Lmagazine編集者の竹内厚に声をかけて、「BYEDIT」という編集プロジェクトを立ち上げている。毎年、学生を募集し、『THE ULTRA』を編集したり、学生の発案によってゲストを呼んでワークショップを開いたり、ZINEを刊行したりしている。
2016年からは福井市と一緒に、新しいタイプの事業創造を行うデザイン人材を育成する学校、XSCHOOLを開校。原田や内田友紀(株式会社リ・パブリック共同代表)とともに、プログラムディレクターに就任し、さまざまな方面で活躍するデザイナーを講師に招聘し、パートナーの地元企業、全国から集まる、新しいデザインや事業開発を志す受講生と一緒に新しいクリエイティブの実験を行った。2日の集中的な学びの期間と、120日間のプロジェクト創造の期間を経て形にしていく。フィールドワークやリサーチ、プランの立案、講師のクリティーク、東京や福井での最終発表会が行われる。年々バージョンアップされ、事業化支援機関やパートナー企業が増え、人々が巻き込まれる状況は、多田や原田にしかつくれない編集やデザインの実践だろう。また、プロジェクトを記録したハンドアウトや福井の企業や人を発信するサイトも連動して制作されており、巻き込むことと、それによって編まれた人々の織物が形になっている。
すでに事業化したプロジェクトも多い。例えば、越前海岸に水仙畑のある風景を残すためのブランド、市内で回収した本による小さな私設図書館、お味噌が登場する福井の民話を絵巻物にした商品パッケージ、多言語で情報が読み取れる、訪日観光客向けの駅弁「越前朝倉物語」などである。ここに例に挙げているように、決まった情報をメディアにレイアウトするといった、狭義のデザインではない。地域の潜在的な価値を発掘し、流通させる人・事・物の流れ全体を編集・デザインしているのだ。
また、2012年からは、奈良市を拠点にした、コミュニティアートセンター、福祉施設を運営する市民団体「たんぽぽの家」【※1】の「Good Job! プロジェクト」に参画し、タブロイド『Good Job! Document』を編集。障がいのある人々と協働によって新しい働き方を提案する場、「Good Job! センター香芝」【※2】の寄付集めのためのツールや施設パンフレット、ウェブサイトなどの編集も担当している。「Good Job! センター香芝」の設計は、大西麻貴+百田有希/o+hが担当し、サイン計画は、UMA/design farmが担当している。「Good Job! センター香芝」は、2016年の「グッドデザイン賞」の金賞に選ばれている。さらに並行して、大西麻貴+百田有希/o+hとの協働で、福岡県田川郡福智町に誕生した初の図書館・歴史資料館「ふくちのち」の設計も進んでいた。そこでは、リサーチやコンセプトづくり、各種のプログラムや設計プロセスに深く関わり、それをもとに広報誌やウェブサイトを制作した。
さらに2021年には、元出版社に勤務し、編集者・ノンフィクションライター・絵本作家でもある末澤寧史(本の人代表)と、原田との3人の共同事業として、出版社・株式会社どく社を立ち上げる。
第一弾は、テレビでも取り上げられ、話題となった、東京大学の「異才発掘プロジェクトROCKET」をテーマにした本だ。実は、多田もこの番組を見ており、感銘を受けいつか一緒に仕事をしたいと漠然と思っていたという。そうしたら、「DESIGNEAST」のプログラムに関わってくれていたROCKETのスタッフから、記録本をつくってほしいという依頼がくる。条件としては、非売品でもよかったし、幾つかの知り合いの出版社につないでもよかったが、この機会に出版社を立ち上げ、市販流通する本にチャレンジすることに決めた。それは最初の本『ヤノベケンジ:ドキュメント子供都市計画』からずっと考えてきたことで、自分たちでつくった本をちゃんと読者まで届けるところまで責任持って行うためには、出版社をつくるしかないと考えていたという。大きな出版社のタイトルのひとつという扱いでは、営業や広報にまで丁寧に手が回らないことへの苦い思い出があったのだ。
そして、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室が実施した「異才発掘プロジェクト」で行われた50の課題(ミッション)をまとめ、『学校の枠をはずした 東京大学「異才発掘プロジェクト」の実験、 凸凹な子どもたちへの50のミッション』(どく社、2021年)【※3】として出版した。ここには、「凸凹」と書いてあるように、不登校児童や発達障害を持った子どもなど、従来の学校教育になじめなかった多くの子どもが登場する。しかし、中には飛び抜けた才能を持つ子どももいる。重要なのは、障がい者と健常者の差というのは、はっきり線引きできるものなどではなく、誰であろうが、協力し合わないと生きていけないし、協力したときに思わぬモノがつくれるという視点だろう。本は、多くのメディアに取り上げられ、重版出来された。
第二弾は、教育社会学を学び、“組織開発”のコンサルタントである、勅使川原真衣が著した、「能力主義」を問い直す『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、2022年)【※4】だ。いわゆる人材開発ではなく、“組織開発”と称しているところがポイントだ。近年、グローバリズム資本主義の浸透によって、過度に「能力社会」になったことで、ふるい落とされる多くの人も出てきている。そもそも「能力とは何なのか?」、端的に言えば、社会の中で高い金銭的価値を生む能力であり、会社や学校、組織に適応する能力かもしれない。しかし、勅使川原によれば、それらの「能力」は、相対的なものにすぎず、組織が変わると評価が一変することも多いという。つまり、個人の能力が発揮できるか否かは、「自己責任」ではなく、組織のマネジメントにあるというわけである。個人の能力に還元すると、障がい者やさまざまな疾患によって適応できない人々を切り捨てることと同義になる。
この本がユニークなのは、高度な教育社会学の理論と、豊富な実践をふたりの子どもとの仮想的な対話によって解きほぐしている点だろう。実は、幼い兄妹の子育てをしている勅使川原が乳がんの闘病中であり、自分が死んだあと、長男が社会に出て能力に悩むところから始まり、幽霊である自分がふたりと対話していくという、今までにない設定も含めて大きな話題となった。さまざまなメディアで取り上げられ、こちらはさらに重版を重ねた。
ここにも裏の物語がある。勅使川原を紹介したのは、交流のあった医療人類学者の磯野真穂である。磯野は、出版経験のない勅使川原の執筆に刊行まで付き添った。磯野は、『ダイエット幻想 』(筑摩書房、2019年)などの著書でも知られるが、がん患者でもあった哲学者の宮野真生子との往復書簡が没後、『急に具合が悪くなる』(晶文社、2019年)として刊行された。今回、磯野は勅使川原が発刊前に容態が悪くならないよう出版に付き添ったが、それは人に求められ使命感を持つことが、何よりも病気に負けない活力になると信じていたからでもある。それを受け、多田らも出版スケジュールを変更して勅使川原の本を優先した。本を通じて勅使川原の考えに注目が集まり、闘病中ではあるが、複数の出版社から、新しい本が出る予定だという。出版が人を生かす力になりうることを目の当たりにしたのだ。
今後は、イタリア・ミラノでさまざまな生きづらさを抱える子どもたちをテーマに、寄り添ったりケアするための絵本づくりをしている出版社、「カルトゥージア」を取り上げる予定だという。日本でも、オノマトペの本、『タラリ タラレラ』(作:エマヌエラ・ブッソラーティ/邦訳は谷川俊太郎)が、2011年に集英社から刊行されている。小児がんや自閉症スペクトラムなどの当事者を制作チームに招き、フィードバックしながら絵本に仕上げている。出版を通して、性格や疾患、多様な人々が生きられる世界を「編集」しようとしているといえる。多田に、メッセージはすごく強いが、声高じゃないところが特徴に思えると言うと、「私たちには私たちの闘い方があるから……」と言ったのが印象的だった。メッセージを伝える、「語り口」の重要さを改めて示しているといえるだろう。
クラブイベントのオーガナイズから始まった多田の活動は、アーティストやデザイナーとの協働作業、イベントの立ち上げや運営、地域文化の発掘や人材との交流による新しい創造、さらに、障がい者を含む多様な人々の学びの実践への参加へと広がった。そして、近年は気候変動による「地球沸騰化」や大規模災害、生態系の崩壊などもあってか、「未来」が見通せない時代を迎えており、不測の事態に対応する学びや生き方について考えている。
MUESUMは、コクヨ株式会社の未来社会のオルタナティブを研究・実践する、リサーチ&デザインラボ・ヨコク研究所のリサーチパートナーとなり、予測しえない出来事や偶然性を受け入れながら、目の前の出来事に反応することで新たな思索へと導く“リサーチ手法のプロトタイピング”を実験・実践中だという。
それらは実際に画材をつくったり、アニメーションをつくったり、非言語的なアプローチを多用している。多田によると、非言語的なコミュニケーションの可能性はもっとあるのではないかと考えているという。自分のこととして気付くためには、非言語の情報が有効な時もあるというのだ。
例えば、第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館では、dot architectsが、パビリオンの周辺の植物を蒸留して、ピロティの下でアロマをつくった。匂いは、脳の深い部分を刺激すると言われるが、それを嗅いで泣く人もいたという。
「愛される建築」というテーマを掲げたこの展覧会では、設計した吉阪隆正の建築自体を見直し、手すりを直したり、今まで閉ざされていた天窓を開いたり、気付かないかもしれない小さな蓄積を大事にし、毎度入れ替わる展覧会ではなく、環境のなかで持続している建築の物語を編み直そうとしている。
また、観客がハンドアウトキッチン展示に参加したり、監視をしているスタッフにもインタビューを行ったり、固有で、深い関係を築いていった。それらは、言語的、観念的、予測的になり過ぎている私たちの態度を、根本的に見直すものだ。実は、ヴェネチアでの展示は、一部に過ぎないが、イタリアの広域でリサーチをしており、全体の文化や生態系を視野に入れたものだという。
それは、ある意味で、未来社会を予測し、人工的で都市的な万博とは真逆の方法といってよいだろう。「大阪・関西万博」が、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦争を含めた、予測のつかない事態の中で計画通り進まず混乱している状況を見通しているかのようにも見える。実際、多田と原田らは、大阪・関西万博の広報誌でありながら、万博に懐疑的である地元のクリエイターの声や、人類学者のティム・インゴルドのインタビューを巻頭に取上げた『AFTER2025』【※5】を2022年3月に発行するなど、彼らなりのアクションを起こしているところも興味深い。それは全体主義的な方向性ではない、無数の声なき声を取り上げる方法でもある。
そこでティム・インゴルドは、公共を「ある問いのもとに集う人々のコレクティブ」「ある問いに対して集められた異なる経験や知恵の集合」と捉え、それは「会話(conversation)」によって支えられていると述べている。そして、異なる背景を持つ人たちがともにつくる鍵は、教育にあるとしている。さらに人類学は「他者の声に耳を傾け、真剣に受け止めること」を公言している唯一の学問であるという。つまり相互に耳を傾け、学ぶこと、つくることが共生のために重要であるというわけだ。そこに含まれる他者とは、マルチスピーシーズ人類学と言われるように、アーティストや地域の人間だけではない。さまざまな国、人種、業種、あるいは人間以外の生物や生態系も視野に入るだろう。
多田は、今までいろんな大学や市民講座で授業もしてきたが、最近は、授業の感想に、自分が話した内容だけではなく、その時に関係なく思い出したこと、連想なども書き出してもらうという。それは直接的ではないかもしれないが、多田の問いかけに反応した、その人固有の記憶の回路であり、それぞれが自身のこととして考えるための重要な手掛かりでもある。細分化したり効率化した社会の中で、はみ出した声や記憶、違和感などを丁寧に拾い上げ、フィードバックすること。それは自分と他人の痛みを共有する重要なアプローチでもあるだろう。多田自身も「私は、ひとりでは何もできないから……」という。そう公言するのは意外に難しい。
多田の実践は、アートと社会、アーティストと鑑賞者のメディエイターというだけではなく、さまざまなクリエイターや障がい者、地域社会の人々、そして生態系のすべてをつなげ、編んで形にしていくということへと広がっている。インタビューをしていて、一見無関係だった出来事が、いつのまにかつながり形を成していくことに驚きを覚えた。ただ、その瞬間においては効率的ではなく、迂回路のように見えるので、ある種の寛容、包摂的な温かみがないと難しい。多田は道草をすること、回り道をすることを厭わない。
それを成立させているのは、学びの根幹となる知らないものを知りたいという好奇心が、関心なのではないかと思える。そして、遊びや学び、働くこと、そして生きることをつなぐ鍵は、外部や他者への好奇心であり、ともにつくることの楽しみなのではないだろうか。それはすべてのアートネイバーにとっても、もっとも重要な鍵だろう。
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関連情報
MUESUM
(URL最終閲覧:2024年4月20日13時7分)
注釈
【※1】たんぽぽの家
(URL最終閲覧:2024年5月2日7時13分)
【※2】Good Job! センター香芝
(URL最終閲覧:2024年5月2日7時13分)
【※3】東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室(編)『学校の枠をはずした 東京大学「異才発掘プロジェクト」の実験、 凸凹な子どもたちへの50のミッション』 (どく社、2021年)
(URL最終閲覧:2024年5月2日7時13分)
【※4】勅使川原 真衣(著)、磯野真穂(執筆伴走)『「能力」の生きづらさをほぐす』 (どく社、2022年)
(URL最終閲覧:2024年5月2日7時13分)
【※5】「AFTER2025」
(URL最終閲覧:2024年5月2日7時13分)
編集者。株式会社MUESUM代表。株式会社どく社共同代表。1980年生まれ。龍谷大学文学部哲学科教育心理学専攻卒業後、彩都IMI大学院スクール修了。2004年編集事務所・MUESUM設立(2014年に法人化)、2021年に出版社・株式会社どく社設立。「出来事の創出からアーカイブまで」をテーマに、アートやデザイン、建築、福祉、地域にまつわるプロジェクトに携わり、紙やウェブの制作はもちろん、建築設計や企業理念構築、学びのプログラムづくりなど、多分野でのメディアづくりを手がける。京都精華大学非常勤講師。「瀬戸内国際芸術祭2013 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクトー-観光から関係へー-」の共同ディレクター(グッドデザイン賞受賞)、「第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」の共同ディレクターを務めた。共著に『小豆島にみる日本の未来のつくり方』(誠文堂新光社、2014年)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社、2018年)など。
文筆家、編集者、色彩研究者、美術評論家、ソフトウェアプランナーほか。
アート&ブックレビューサイトeTOKI共同発行人。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。