スペースを対話でうめる つくる人の想いと選択肢のための場所づくり

スペースを対話でうめる つくる人の想いと選択肢のための場所づくり

FabCafe Kyoto ブランドマネージャー|木下 浩佑
2024.02.16
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築約120年の木造建築をリノベーションしたカフェ、「FabCafe Kyoto」は、新しいもの、古いもの、価値観の違うもの同士がぶつかり、化学反応が起こり続ける京都・ 五条に、2015年にオープン(オープン当初は「MTRL KYOTO」)した。

FabCafe Kyotoは、京都のロースターと提携したオリジナルブレンドのコーヒーや、スリランカから仕入れる高品質な紅茶、溶岩窯で焼かれたパンのトーストなど、カフェとして楽しめるだけではない。誰でもレーザーカッターや刺繍ミシンなどのデジタル工作機器を使ってものづくりが楽しめたり、見たこともないような新素材をいち早く手に取ってみたりとモノづくりを楽しめ、且つ毎月、ジャンルレスに多くの人が集まるイベントが開催されている。

そんな自由でユニークなFabCafe Kyotoに、立ち上げの頃から携わってきたのが、株式会社ロフトワークの木下浩佑(きのした こうすけ)さんだ。自身のキャリアもユニークな木下さんが、これまでにどんなことを考え、自由で開かれたその空間をどうやって育ててきたのか、そしてこれからをどう見据えているのかを、じっくりと伺った。

木下浩佑さん。取材はFabCafe Kyotoにて行った。

たまたま出会った、場づくりとアートが交差する仕事 

― FabCafe Kyotoでのご活動を伺う前に、まずは木下さんのこれまでのキャリアを教えてください。そもそも大学時代は、アートやデザインを学んでいた訳ではないそうですね。

はい、京都府立大学の福祉社会学部に在籍していましたが、当時アルバイトをしていた飲食店のホールスタッフの仕事が面白くて、卒業後も半年ほどはフリーターとして勤務していました。お客様のニーズにタイミングよく応えられるのが楽しくて、自分に向いているなと。

そのうち、カフェという「場のあり方」そのものに魅力を感じるようになっていきます。読書をしたり、仕事をしたり、友達と話したり、誰もが思い思いの時間を過ごしている。こういう場づくりに関わりたいと、正社員での仕事を探していた中、出会ったのが「neutron(ニュートロン)」【※1】でした。2005年頃のことですね。

当時のneutronは、50席くらいのカフェに、コンテンポラリーのプライマリーギャラリーが併設され、関西を拠点に活動する20~30代くらいの作家を中心にキュレーションして展示を行っていました。また、作家の方々がポートフォリオを置ける本棚があって、カフェやギャラリーを見に来た人が自由に閲覧できる仕組みもありました。

ギャラリーが目当てではない、カフェを目的に訪れるお客様にも、作品を展示している環境にふれ、制作活動をする人が当たり前にいることを知ってもらえる。美術作家と社会をつなぐneutronの取り組みは、当時かなり先進的だったと思います。


― まさにカフェだから成立する空間と言えそうです。そしてneutronを通して木下さんは初めて、アート業界との接点が生じたのですね。

はい。自分の元々のモチベーションであった、誰もが思い思いの時間を過ごせるカフェという場に、美術作品が存在している環境は、自分自身にとっても良かったですね。時には本当に理解できないような作品を作る方や、飲食店に飾ってもいいのか?というような作風の方もいらっしゃいましたが、そのわからなさも含めて「現代美術とは?」と、美術作家と話すことが日常になっていきました。自分で作品を初めて購入したのもこの頃です。

例えば、カフェでたまたま手にした雑誌や、店内で聴いた音楽が気になったことがきっかけで、究極的には人生までもが変わってしまうようなことってあり得ますよね。職場に日常的に美術作品があり、偶然の出会いから、知的好奇心や文化的な事に自分が開かれていくような場のあり方が心地良かったです。

その後、「neutron tokyo」でのギャラリストの仕事に誘われて東京へ移住したものの、2年程でクローズすることに。都内で次の職場を探している中で出会ったのが、世田谷区にあった「世田谷ものづくり学校」【※2】です。

ここは廃校になった旧池尻中学校の建物と敷地を、民間企業が世田谷区から借り受けて運営するという、当時は全国で初めての取り組みをしている場所でした。

公式ページやオウンドメディアを見たら、ギャラリーもカフェも、デザイン会社のオフィスも入居しているし、いろんなイベントも開催していることがわかりました。私はギャラリストになりたい訳ではなかったものの、アートの周辺で何かできる仕事はないか考えていたので、ものづくり学校の仕事は、ど真ん中ではないがクリエイティブな物事に関わることができ、とてもオリジナルで面白そうだなと。


― 廃校という場は、すでに地域に根付いていて、今後は地域の交流地点として盛り上げていこうという気運もありますよね。スペースの規模もカフェと比べて大きくなって、ご自身にはどんな変化がありましたか。もう一度カフェの仕事に関わりたい、というお気持ちは?

ありました。ギャラリストも接客の仕事ですが、やはりカフェの方が開かれた場所であり、仕事としての魅力も感じていました。一方で、ものづくり学校はとてもユニークな場所で、勤務しながら「地域」や「街」という視点のレイヤーができた事は大きかったです。

そもそも「世田谷ものづくり学校」は、3つの目的を掲げて立ち上げられました。「地域住民の公共財としての文化拠点であること」「地域に開いている場所であること」、そして「地域の産業拠点であり、観光拠点であること」です【※3】。特に3つ目は、サービス業が中心の世田谷区でどんな新しい産業が作れるのかは課題でした。

当時は2000年代の初め頃で、「クリエイター」という仕事や職業が少しずつ世の中に知られるようになっていました。ものづくり学校があった池尻(いけじり)や三宿(みしゅく)というエリアは、旬の芸能人やミュージシャン、アーティストらが普段から集まっているような場所だったので、そんな彼らや新しくやって来るクリエイターと文化を軸にした新しい産業をつくっていこう、という指針が決まったのです。

様々なワークショップや展示を開催しましたが、良いまちづくりをする意識は全くなくて、その地域の文化や産業と人々がどのように混ざり合っていけるか、という視点や考え方を大切に活動しました。今の自分のスタンスも当時とあまり変わっていませんね、ローカライズと再解釈を続けている感覚です。


― ものづくり学校でのご経験が、まさに現在の木下さんのルーツとなっていったのですね。

ロフトワーク、そしてFabCafe Kyotoという場

― ご自身のライフイベントを機に、ものづくり学校の仕事を辞めて関西へ戻られたそうですが、ロフトワークとの出会いのきっかけを教えてください。

ロフトワークは、ものづくり学校で仕事をしていた頃から知っていました。ちょうど渋谷の道玄坂にFabCafeの第一号拠点であるFabCafe Tokyoがオープンした頃で、その背景にあったのが「Fab」というムーブメントの存在です。誰もが高速インターネットにつながった高性能のPCで、イラストレーターなどのクリエイティブツールやデジタルファブリケーションを使ってものづくりできる時代を迎え、世界各地でFabLab(ファブラボ)【※4】と呼ばれるスペースが立ち上げられていました。

渋谷や目黒など都内でも、様々なスペースがオープンして盛り上がり始めていたので、ものづくり学校でも立ち上げよう!と動きました。それで、Fabcafe Tokyoへお邪魔したり、ロフトワークとFabのコミュニティを盛り上げるような取り組みをご一緒したり、交流があったのです。ものづくり学校でお世話になった上司が、ロフトワークに転職していた、なんてご縁もありましたね。

僕は関西に引っ越してきてから転職先を探し始めたのですが、当時、ロフトワークの京都オフィスがCOCON KARASUMA(古今烏丸)【※5】にあったので、挨拶に伺いました。その時、京都でFabCafeを作る予定がないのか尋ねたら、立ち上げメンバーに誘われたのです。実はちょうど、古い建物をリノベーションして、オフィスとFabCafeの機能をもつ場所を作ることだけは決まっていたものの、運営できる人を探していた、という話でした。


― 立ち上げメンバーとして加わることになって、Fabcafe kyoto(当時はMTRL KYOTO)をどんな場所にしようとお考えでしたか。

当時、FabLabのようなデジタルファブリケーションのスペースは、まだどこか一般的でなく、敷居が高いイメージがありました。それをカフェにして、いつでも寄れて誰でも利用できて、手を動かしながら何かをつくってみることができる場を目指していましたね。

僕自身「neutron」では、カフェという場所で若手の美術作家たちを、アートマーケット以外の様々なお客様とつなげる活動を経験し、「世田谷ものづくり学校」では、地域に開かれた場所をつくりながら、文化と産業を混ぜ合わせていく取り組みを経験してきました。そしてFabCafe Kyotoには、参加条件も資格も不要ながら、仮にほんの少しの心理的なハードルが存在するとすれば、それを超えてものづくりがしたい、と来てくれる方々に常に開かれた場所でありたい、と考えたんです。

FabCafe Kyotoの内観1F:カフェスペース
カフェ時間はビジネスパーソンやクリエイターなど様々な人が訪れ、それぞれの時間を過ごす。一般のカフェと異なるところは、やはりモノづくりがカフェ内で同時進行しているところだろう。
写真提供:株式会社ロフトワーク
FabCafe Kyotoの内観1F:制作スペース
FabCafe Kyotoではデジタル工作機械の利用が誰でも可能。レーザーカッターやデジタル刺繍ミシン、3Dプリンターなど制作をサポートする様々な機器が揃っている。FabCafe Kyotoの機器を初めて使う人には、事前講習会で学びの機会があり、受講以降は1時間単位で予約ができる。
写真提供:株式会社ロフトワーク
FabCafe Kyotoの内観2F:ミーティングスペース
2Fは主に会議やワークショップで利用できるスペースとなっている。
写真提供:株式会社ロフトワーク

― いつも興味深いイベントが開催されていますが、運営していく中でどんな試行錯誤があったのか、具体的にお聞きしたいです。

ただ単にカフェ営業しているだけでは、サロンのような交流の空間は生まれません。何らかの熱が必要になってきます。オープン当時は、ワークショップとミートアップのふたつの場づくりを定期的に実施しながら、Fabcafeを利用してほしい方々とどうやったら出会えるか、にぎやかしの一過性ではないイベントとしてどんなものを企画・開催したらいいか、悩みながら取り組んでいましたね。

2015年にオープンした頃から継続している「Fab Meetup Kyoto」【※6】は、「つくる」をテーマにした、ネットワーキングとプレゼンテーションのイベントです。コロナ禍だった期間以外、必ず毎月開催してきました。飛び込み参加もOKで、職業も年齢もバラバラな、本当に多様な方々が参加してくれています。

また、持ち込み企画のイベントもたくさん開催してきました。コロナ禍前には、年間150件ほどのイベントのうち、80%くらいが持ち込み企画でしたね。事前に企画書を拝見し、クリエイティヴィティとテクノロジーがテーマのイベントであれば、積極的にお受けしています。


― 持ち込み企画の開催OKの判断はどのように行っていますか。

かなり肌感覚に近いかもしれません。企画者のこれまでの開催実績よりも、そもそものテーマや出演者が面白いかどうか、FabCafe Kyotoに来てくださるような、いろんなものづくりや取り組みをしてきた方々に面白そうと思ってもらえるか、今までにない新鮮さがあるかどうか、でしょうか。イベントを告知するページのバナーデザインや写真のクオリティも重要視しますし、企画した方々が自分たちで運営できるかどうか、も確認しますね。

ちなみに、FabCafe Kyotoは時間制で料金が発生するようなレンタルスペースの仕組みはとっておらず(2024年2月現在)、会場協力として、参加するお客様からのワンドリンク制で運営しています。私たちは、売上以上に、人の流れをどうつくるかを大事な指標にしています。自分たちだけでイベントを企画していても、数が限られるし、内容も似通ってきてしまいます。持ち込み企画によって新たな風が入って、様々な人との縁が増え、多様性が生まれるので、持ち込み企画はかなり意図的に、なるべく断らずにやってきていますね。


― 立ち上げから8年関わってこられて、木下さんの役割はどう変化していきましたか。

オープンから5年くらいは、カフェのマスターとしてコーヒーを入れたり接客したり、イベントのときは司会や裏方も担当していましたが、属人化してきてしまったと感じ、以降は新たに採用されたマネージャーたちにお店のことは任せました。

現在は主に、クライアントからご依頼いただくプロジェクトのプロデュースやディレクション、主催・共催イベントの企画・運営などを担当していますね。

また、素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」のチームメンバーとしても活動しています。我々は素材が世の中を変えていく起点の一つになると考えていて、道具だけではなく素材がとても大事だという想いから、FabCafe Kyotoに様々な素材をご紹介するコーナーを作っています。

実はこのFabCafe Kyotoも、スタート当時は「MTRL KYOTO (マテリアル キョウト)」という名称だったのです。現在はFabCafe Kyotoに名称を統一しましたが、素材を軸にしたお仕事の相談をたくさんいただくようになって、BtoBの新規事業創出や、素材に関わる人たちが集まる場づくりなどにもつながっています。

― 「MTRL」のイベントをカフェで開催する取り組みは、決して親和性が高い方ばかりが参加するとは限らない中、FabCafe Kyotoでなら、という企業側の期待がありそうですね。素材に関わる企業の、居心地の良いアウトプット先になっている点が素晴らしいです。

そこが最もやりたいところですね。FabCafe Kyotoは、常に開いた活動をし、いつも何かしらのイベントや展示を開催していることに意味があると考えています。

例えば美術作家なら、ここで作品を展示して、コレクターや美術関係者がたくさん来るかというと、それほどでもないかもしれません。でも、普段はアートギャラリーに来ないような方々に、作品を観てもらえる機会になりますよね。さらにここでは日常的に、クライアントやパートナー、ロフトワークのスタッフがミーティングしているので、彼らとの思いがけない遭遇の場になるよう、ある意味狙って仕掛けてもいます。

我々がご一緒する仕事は、「ものの見方を変えなきゃいけない」「今までの常識から外れないといけない」といった、常に何かしらのクリエイティブな要素が求められます。単にきれいなものをつくりたいのではなく、どうやって仕事をアップデートするか、という思考が大切な中で、FabCafe Kyotoに来るとクリエイターやアーティストたちから何かしらのインスピレーションをもらえる、といったことが起きやすくなるのです。

すると、社内のプロデューサーやディレクターたちが、クリエイターやアーティストらとの協業も含むプロジェクトをクライアントへ提案する、ということが起きてきます。つまり、作家たちのこれまでの活動や創造性、そもそもの視点や考え方に価値を感じてもらい、予算をつけて彼らをプロジェクトに巻き込んでいける。これは、単に作品を販売するだけではない、FabCafe Kyoto独自の魅力であり強みだと思いますね。


― 木下さんがいなくても、FabCafe Kyotoという場がそこまで機能していることに驚きます。一般的には、対話を構成するエデュケーターのような個の力によって、新たな気づきや発想が生まれたり、協業につながったりと、場が成り立つことが多いですから。ちなみに、ご自身で何かをつくりたいと考えることはありませんか。

自分でつくるより、人がつくったものを見ている方が楽しいです。コーヒーも、自分でドリップすることは好きですが、焙煎やブレンドはすごい人たちに任せておこう、と思いますし(笑)。何かを自分でつくれるようになることは全く目指していませんが、やってみてわからなさを知ることは重要だと思っているので、手を動かすことは大事にしていますね。

「Material Meetup KYOTO」
写真提供:株式会社ロフトワーク
ワークショップ| バイオアーティストとミクロの生きものに触れてみよう!
写真提供:株式会社ロフトワーク
プロジェクトインレジデンス「COUNTER POINT」活動風景(菌茶Fungicha 試飲会
写真提供:株式会社ロフトワーク

アウトサイドだったから、"合間"をつなげられるように

― 2023年度から京都精華大学で教鞭をとられていますが、どんな授業を担当されていらっしゃるのでしょうか。

2021年4月に新設されたメディア表現学部【※5】で、イノベーションのフレームワークを使ったグループワークをしながら、企業と一緒に社会課題を解決するためのアイデアを考える授業のファシリテーターをしています。

ロフトワークのことを以前から知っていてくださっていた富樫佳織先生【※7】にお声がけいただきました。半期にわたる授業に取り組んでいますが、自分のやり方を教えるより、何かをつくろうとしたときの壁打ち相手になるのが自分の役割だと考えています。

様々な企業やクリエイターの方々とのプロジェクトも同じで、皆さんの方が専門家でありプロなので、僕が正解を提示することはできないでしょう。でも僕はいろんな方と会って話して、手を動かして、たくさんの失敗もしてきました。その経験をもとに壁打ちの相手をしながら、よりオルタナティブな選択肢をどうやって提供するか。彼らが掘り下げてきた専門的なところとは違う場所に返球するように、誰かが言っていたことや、あれとあれって似ているな、と思ったことを返している感覚はありますね。


― それはデザイナーの思考と似ているようで、少し違いますよね。彼らのフィールドのなかで深掘りするのでもなく、ご自身の数多の対話から形成されてきたものでキャッチボールをしているようです。

そうなっていたら嬉しいです。この感覚は、正解がわからない。ただアートギャラリーで作品をご紹介していた時のものと近しいんですよね。自分は作品を制作しないので、つくる人たちとお客様の間をどうつなぐのか、ギャップをどう減らしていけるか、の思考と似ている気がします。

アート作品って、「興味がある」、「好きになる」のステップの次、「買う」となるとハードルがとても高いですよね。僕より作家本人の方がもちろん作品のことをご説明できますが、ギャラリストとして、安くないお金を払ってでも、お客様が作品を手にする意味をお話しし、ハードルを越える瞬間をつくるのは、作家ではない自分のような人間から出てくる情報や言葉なのでは、と考えたこともあります。やはり自分の根っこには、ウェイター業とギャラリスト業がありますね(笑)。


― お話を伺ってきて、木下さんは「スペースをうめる人」だと感じました。ただ単に「つなぐ人」とも異なる、人と人との距離だったり、思考のギャップだったり、様々な意味合いの「スペース」をうめることに長けていらっしゃいますよね。これってなかなか言語化しにくいし、職務経歴書に書きづらいものですが、現代社会にとって、とても重要なことだと思います。

ありがとうございます。次から次へと人を引き合わせるような社交性はないですが、「この人はこれが好きそう」みたいな嗅覚は外さないような人でありたいですね。


― 最後に、FabCafe Kyotoの今後、木下さんご自身の今後としてお考えになっていることを聞かせてください。

クリエイターの中でも、選択肢が少ない状況にある方々を、他のヒト・モノ・コトと接続させたいです。たとえば、5年以上前にFabCafe Kyotoで出会った当時若手だった作家に、まさに今、少し悩み始めている方がいました。若手作家へのサポートや応援の気運はずいぶんと高まってきましたが、35歳頃を越えると、世代として中途半端になってしまう。年齢制限で挑戦できる公募展が減りますし、所属しているギャラリーやコミュニティの勢いが、本人の制作活動へ如実に影響してしまう。彼らの選択肢をどうやったらつくることができるかを考えていかねば、と。


― ある程度のキャリアを積んできたことで選択肢が狭まっていくのは、アート業界に限らず、ビジネスパーソンなら誰でも起き得ることと言えそうです。もちろん若手への支援は大切ですが、それ以上に考えないといけない課題が、表現せざるを得ない作家たちが30代をむかえ、ある程度キャリアもある中、新たなコミュニティや場とどう接続していくか、ということですね。

はい。アート業界はおそらく、経済的に成り立たないためになかなか動かないようですが、どうやって他のビジネスやサービスとつなげていくかの視点も重要ではないでしょうか。


― そこにはまさに、木下さんのような「スペースをうめる人」の存在が必要ですね。アーティスト活動一本でやっていく意志はもちろん重要ですが、社会と関わりに行くことも大切なはずで、特に若手の頃からそこに積極的ではなかった人間が、急にできるかと言えば、簡単ではないですから。

FabCafe Kyotoの活動が大きなインパクトがある訳ではまだまだないですが、自分たちが選択肢のひとつになっていけたら嬉しいですね。


― 木下さんのように、場づくりのキャリアからアートに接近していった方は少し珍しい存在かもしれません。ずっとアートの世界にいた人ではないからできることや、違いを感じることがありそうですね。

そうですね、特に最初は勉強不足だったので、プロのギャラリストとしてはやっていけないし、偉そうに語る資格もない、と感じていました。でも、アート業界に自分のようなタイプが普通にいる方が、お客様もお話ししやすいというか、まさに壁打ちの相手として寄り添えて、結果的に作品も売れやすくなるのでは?とシンプルに思ったことはあります。

また、「neutron tokyo」に勤務していた頃から、展示前の搬入は必ず手伝っています。アートの共通言語を理解しながらも、ギャラリーのディレクターとは違う立ち位置で、作家の方々とフラットにコミュニケーションをとり、展示空間をつくったり言葉を考えたりできる存在は、必要とされている感覚がありますね。

今、あらゆる業界で、「つくったものを売って稼ぐ」ことが少しずつ機能しなくなって、「その人じゃないとできない考え方・手法が売れる」時代に変わりつつあるように思います。作品だけではなく、本気で作品をつくり続けている人の考え方そのものが価値となり、値付けがしやすくなってきています。

きっとこの先、作家や作品の評価について、権威ある誰かが良いと言ってないといけないとか、美術史の文脈に沿ってないといけないとか、いわゆる権威的なものさしで測る世界から、徐々に変化していくのではないでしょうか。そして、アート業界のど真ん中以外から加わった私たちのような存在が、制作し続けている人そのものが価値であると、伝えていく役割を担えるかもしれないと考えています。

FabCafe Kyotoの入口。
“What do you fab?(あなたは何をファブする?)” はカフェ運営スタッフのみなさんが最も大切にしている言葉だとのこと。一般の人にものづくりの魅力を感じてもらうとと同時に、次世代のものづくりを提案するプラットフォームとしての役割も担うための問いかけでもある。
写真提供:株式会社ロフトワーク

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関連情報

FabCafe Kyoto

同施設では頻繁にイベントが行われている。イベントでは、日常の新たな気づきになる学びはもちろん、異業種の人たちとである交流の場としても機能している。

カフェのサービス一覧はこちら

イベント一覧はこちら
(URL最終確認:2024年2月16日19時00分)

・木下さんのインタビューはロフトワークのサイトにも掲載されている

Loftwork is…ものづくりのこれから 硬直した業界の構造に、オルタナティブな選択肢を生み出したい。木下浩佑が描く、つくる人が仕掛け人になる未来

(URL最終確認:2024年2月16日19時00分)

注釈

【※1】neutron

2011年5月で「neutron kyoto」としての活動は終了している。当時、ニュートロンには99名の美術作家と、108名のデザイン系の作家が登録していた。neutron kyotoをクローズしたあと、代表でディレクターを務めていた石橋圭吾氏は、拠点を東京にうつし、neutron tokyoも2012年から名前を変え。現在は「白白庵」として、ギャラリースペースの運営や企画事業を行っている。

(URL最終確認:2024年2月16日19時00分)

【※2】世田谷ものづくり学校

正式名称は「IID 世田谷ものづくり学校」。2022年5月31日をもって閉館した。

厚生労働省のHP、「技のとびら」内の「地域発!いいもの」取組一覧で、同校の活動が紹介されている。

ページはこちら

(URL最終確認:2024年2月16日19時01分)

【※3】記事に記載した3つの目的は木下さんたち運営サイドのもの。世田谷区としては、HP上で3つの指針がうちたてられていた。

【※4】FabLabとは

(URL最終確認:2024年2月16日19時01分)

【※5】COCON KARASUMA(古今烏丸)

京都の四条烏丸にある複合ビル。大手商社の丸紅が1938年に建て、2004年にリノベーションオープンした。B1階~3階は商業フロア、4階~8階はオフィスフロアになっている。特に3階には、公益財団法人DNP文化振興財団が運営する「京都dddギャラリー」、京都のミニシネマとして市民に愛される「京都シネマ」、京都精華大学が運営する、学生を中心としたデザインの発信拠点「京都精華大学カラス」などが集まっている。

(URL最終確認:2024年2月16日19時02分)

【※6】京都精華大学 メディア表現学部

(URL最終確認:2024年2月16日19時02分)

【※7】富樫 佳織 プロフィール

(URL最終確認:2024年2月16日19時02分)

INTERVIEWEE|木下 浩佑(きのした こうすけ)

京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。

INTERVIEWER|+5 編集部

WRITER|Naomi

ライター・インタビュアー・編集者・ミュージアムコラムニスト 静岡県伊豆の国市生まれ、東京都在住。

スターバックス、採用PR、広告、Webディレクターを経てフリーランスに。

「アート・デザイン」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「大人の学び」を主なテーマに、企画・取材・編集・執筆し、音声でも発信するほか、企業のオウンドメディアや、オンラインコミュニティのコミュニティマネージャーなどとしても活動。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。 

Web : https://lit.link/NaomiNN0506