再考「kumagusuku」(2) 店舗という表現媒体について

再考「kumagusuku」(2) 店舗という表現媒体について

kumagusuku
2025.07.31

2025年4月でクローズした「kumagusuku」を、3つのクロージングトークを起点に振り返る特集、再考「kumagusuku」。第2弾は、インディペンデント・キュレーターでホテルアドバイザリーの上田聖子さんに、「宿泊施設」や「店舗」という観点でkumagusukuを振り返ってもらう。(+5編集部)

※ 本記事の写真キャプション、注釈は編集部による
HOTEL ANTEROOM KYOTO
Concept Room No. 652 kumagusuku
 
画像提供:kumagusuku

ホテルを通してまちの人や地域のお店との緩やかな繋がりをつくり、まちに生まれるはずのなかった接点や新たな流れをゲストと共につくる。これは、筆者がホテリエとして初めて関わった京都・東九条に位置するアートホテル「HOTEL ANTEROOM KYOTO」の開業から指針としていることだ。ホテルは単なる宿泊施設ではなく、街と接続することで様々な可能性を生み出す装置となる。

宿泊業は旅館、安心・安全を提供することを前提とした「仮住まい」から、学びや気づきを提供する場へと変化しており、ホテル、ゲストハウス、ホステル、民泊といった業態区分に加え、ビジネスやラグジュアリーといった従来のカテゴリーも、アートホテル、コンセプトホテル、カルチャーホテル、ディスティネーションホテルなどと年々多様化しており、ユーザーの価値観の変化が、宿泊業界に日々変化をもたらしている。

kumagusukuはそんな宿泊業界の中でも異端な存在であった。アートホステルの先駆けとして「アートが宿泊体験を拡張する可能性」を追求・実践してきた場所だと感じていた。そんなkumagusukuが2025年春、店舗としての営業終了と、1ヶ月間限定でHOTEL ANTEROOM KYOTOに入居店舗を移設して展覧会を行うことを発表した。筆者は、美術家でもありkumagusuku代表の矢津吉隆さんと客室アートやコンセプトルームの造作に携わった経緯から、今回HOTEL ANTEROOM KYOTOが主催したトークプログラムのファシリテーターにお声がけをいただいた。

約1時間半のトークイベントは「店舗という表現媒体について」をテーマに、ホステル、そして小規模アート複合施設としてのkumagusukuを再考。kumagusukuの変遷をよく知る足立夏子さん(kumagusuku元店長)と岩崎達也さん(株式会社マガザン代表)がゲストスピーカーとして登壇し、kumagusukuのアートホステルとしての挑戦、立ち上げ秘話、kumagusukuとは何かについて改めて考えることが出来た。本レポートでは、特にkumagusukuが社会で実践してきたことやその可能性について取り上げ、ホテリエの視点でも考えてみる。

kumagusukuの受付カウンター
撮影:表恒匡
画像提供:kumagusuku

kumagusukuの実践

kumagusukuは京都・四条大宮にある古民家を改修し簡易宿所営業の許可を得て、2015年アートホステル「KYOTO ART HOSTEL kumagusuku」として開業した。元々2013年に瀬戸内国際芸術祭のアートプロジェクトとして始まり、小豆島にあるお寺の旧宿坊部分を改装して「滞在型のアートスペース」【※1】としたことを前身としている。その後、本格的に街へ実装するため、矢津さんが宿泊事業へ参入。先行事例としてHOTEL ANTEROOM KYOTOを参考にしつつも、物件探しや事業融資は困難を極めたという。そうして、ようやくアート関係の友人に紹介してもらい、後のkumagusukuとなる物件と出会うが、当時はかなり手を加えないといけない状態だった。しかし矢津さんは当時を振り返り「ほとんど何もない状態だったからこそ、面白いことができるかも」と思ったそうだ。自由に改装出来るという条件も、矢津さんの想像力を掻き立てた。小豆島のプロジェクトから繋がりのあった建築家ユニット「dot architects」【※2】や工務店ら専門家を施工チームに加え、古い家とのコミュニケーションを取りながら、壁作りやパテ打ちなど自身で出来るところを増やし工夫をしながら建築費を抑えていった。完成した空間は、住まいの中の展示スペースとしての大胆さと程よく抜けた空間が境界を曖昧にし、アートと過ごす濃密な時間を提供する舞台になった。

kumagusukuができる前のスペースの状態。
画像提供:kumagusuku

矢津さんは、kumagusukuを開業した2015年当初を「宿泊 × 〇〇が流行っていた時期」と回想し、「別々の分野だったものと宿泊を掛け合わせることによって価値を生んでいくことが増えたし、その中のひとつが宿泊 × アートだった」と語る。

2015年は円安などの効果もあり、訪日外国人が約1973万と当時過去最多となった年で、観光産業はさらに過熱化。各地で芸術祭の波が大きくなっていたことなどもあり、観光を喚起する新たな手段として、アートツーリズム【※3】が注目を集めていた時期でもあった。周囲の風土や歴史、社会情勢や地域の観光資源など、事業が外的要因の影響を受ける宿泊業にとって、宿泊に独自性の高い付加価値をつけていくことは課題だ。そんな中、アートを主要コンテンツに据えたアートホテルは、地域の文脈を取り入れるだけでなく、コミュニティとの繋がりをつくり、土地の観光資源だけに頼らず、収益性を高める手段としても注目され、企業との共同企画などが増えていった。

例えば筆者がいたHOTEL ANTEROOM KYOTOでは、JTBと博報堂がタッグを組み、旅とアートをパッケージにした企画「cultra(カルトラ)」や、電通が社内の次世代リーダー育成の為に設置した「New School」の会場などに選ばれ、クリエイティブを誘発する空間としてアートホテルが注目されていたように感じる。

スタッフの接遇、空間、サービスに重きを置くホテルと、宿泊者同士の交流を付加価値とするホステル。ホステル=簡易宿泊所の宿泊形態に「展覧会に泊まれる」という形式を組み込むことにより、矢津さんは作品とともに過ごせる時間の提供を可能にした。そして、デザイナーや税理士など裏方でkumagusukuを支えるチームを強化し、アートの企画ができる宿泊施設としての運営体制が出来上がっていったが、矢津さん自身もかなりの時間を運営に割いており、当時をこう振り返る。

「kumagusukuとは一心同体みたいな感じでした。朝から夜まで、ベッドメイクと掃除、妻も朝ごはんを作ったり手伝ってくれていたので、家族経営のような形で運営していました。」

kumagusuku 公演 vol. 3「IN THE ROOM」 劇団子供鉅人
2018年3月20日、21日(kumagusuku)
実際のホステルを舞台に、観客参加型ツアー演劇を実施。アートをホステルに変換するだけでなく、ホステルをアートに再変換するような取り組みも数多く行っていた。
画像提供:kumagusuku

宿泊業界のインディペンデントプレイヤー

建築基準法や消防法などの法令遵守に加え、先行投資額の大きさや、設備の設置や手続きの複雑さなどから、実は新規参入のハードルが高いと言われる宿泊業界。その中でも、独立資本で経営する小規模宿泊施設の運営者などにみられる「インディペンデントプレイヤー」が、ユニークなコンセプトやサービスで宿泊業界にもたらした影響は大きい。岩崎さんは、2016年に京都・御所北に「雑誌に泊まる」をコンセプトに「Magasinn Kyoto」【※4】を開業したが、その背景のひとつに、矢津さんに触発されたこともあったという。岩崎さんは当時を回想し、「雑誌に泊まる」「アートと泊まる」という形で、トークイベントに矢津さんとセットで呼ばれることが多かったという。続けて岩崎さんは、インディペンデントプレイヤーが増えた背景には、現在に比べて当時は、宿泊施設に対する法整備やルールが厳格化されていなかったことを指摘する【※5】。

ビジネス経験豊富な岩崎さんとの出会いは、矢津さんの新たな取り組みでもあったkumagusukuの私塾​​『クマグスクのアート×ワーク塾』【※6】の立ち上げや、BASE ART CAMP【※7】の活動へと展開していく。

2010年代後半は、リカレント教育(学び直し)が注目されるようになり、デザインやアートのプロセスに注目が集まっていた。矢津さんはデザイナーの千原徹也(れもんらいふ代表)さんが主宰していた「れもんらいふデザイン塾」【※8】の影響を受けたそうだが、2012年の春まで予備校の講師も務めていた矢津さんにとって、芸大への進学を目的にしたアカデミックな教育の在り方と、現役の美術家として社会の中でアートをどのように実践していくのか、比較し自らも問いかけていた時期だったという。宿泊業態であるkumagusukuが学舎を開いたことは、矢津さんが思考してきたアートの社会実践の原動力ともなり、kumagusukuをさらに多角化させていく。

この私塾の立ち上げにも携わった岩崎さんは、「場所に捉われない事業の形を模索し、リアルなハプニングを受け入れていくこと」に重きを置いていたという。結果、色々な人が場所を訪れ「あんなことがしたい」「こんなことをしたい」を持ち込む場所に変化したという。私塾での実践はアーティスト、クリエイター、デザイナー、建築家、まちづくり、不動産、さまざまな職能を持った人達が集う美術教育のオルタナティブな場となり、kumagusukuは「出会いを生む装置」になった。2020年、新型コロナウィルス感染症を背景に宿泊業を廃業することになるが、その約1年後、新規事業として小規模アート複合施設としてのkumagusukuが誕生する。

小規模アート複合施設「kumagusuku」としてリスタートしてからすぐに立ち上がった副産物産店の店舗「物と視点」。加工前の素材や使い古された道具、制作過程で生み出される廃材など、作品未満の“物”も並べて販売していた。
画像提供:kumagusuku

店舗という表現の可能性

「kumagusukuは作品づくりであり、アーティストが運営する施設という観点に立つことをかなり意識的にやっていた」と語る矢津さんにとって、2021年の施設のリニューアルは大きな変化をもたらした。京都精華大学の出身で版画専攻でもある足立さんが店長となり、これまで矢津さんが示していた方向性とは異なる足立さんの興味のベクトルも重なるようになった。

2021年は新型コロナウィルス感染症の影響で、京都府内でも約9割以上の観光事業者が売上減少等の深刻な経営難に陥り【※9】、2015年以降に急増した簡易宿泊所も深刻なダメージを受けた。また、コロナ禍でのユーザーの需要としても、観光・商業施設・飲食店の感染症対策を重視する傾向が強く【※10】、宿泊のみならず飲食業も大きな打撃を受けた。

宿泊施設から店舗へのリニューアルの理由について、矢津さんはコロナのタイミングで京都の小商いがかなり打撃を受けたことをあげ、その時の思いを以下のようにトークで語った。

「面白い京都の小商いがコロナで無くなっていくことがすごく寂しかったんです。お店というある種の表現媒体が、もっと気軽に始めて気軽に辞めることができるようなものであることが、京都の街がこれからも面白い街であり続けるうえで必要なことだと思い、小規模アート複合施設というプラットフォームを作ろうと考えました。」

矢津さん自身も「ぱっと見では何をやっているのか分かりづらい、売っているのかも分からない」と言うように、ラッピングのストアや占い小屋、音楽家のアトリエ、フリーペーパーの専門店、美術作品から廃材までを扱う店、アイスクリーム屋など、kumagusukuは多種多様な小商いの集合体となった。また、借り手側の経済レベルを見据え、良心的な値段の家賃の棚子の仕組みを採用し、リスクを分散することで、表現活動を重視する運営を続けた。

足立さんは当時を振り返り「店主が在廊しなくてもいい仕組みも大きかった」と語る。店主が在廊することが当たり前のなか、「複合施設で小規模のお店が集まっているので、誰かがひとり店舗に立てたら販売も接客も代行出来る仕組みを最初につくりました。副業的に始められる方とか普段常駐は出来ないけど、お店をチャレンジしてみたい人がトライ出来る環境でした」と語る。

kumagusukuの空間を「圧倒的に美しい」と表現する岩崎さんは、「非アート属性の人間にとって「いても良い」と感じられるアートスペースのオルタナティヴな存在」だったと振り返る。一方で足立さんは、アートという言葉が多用され、ファッション的な広がりを見せていることを懸念し、「アート作品を見せるための環境作りは大事だと思っています。矢津さんがいうアートって、ジャンルが定まっていなくて、とにかく表現でありクリエイティブだと思う」と語る。kumagusukuは行政が手がける仕組みとも異なり、店舗表現にトライする人のブースターとなった【※11】。

10年間の展覧会

小規模アート複合施設のkumagusukuの入居店舗を1ヶ月間限定で移設した展覧会「THE BOX OF MEMORIES kumagusuku 2013-2025」は、HOTEL ANTEROOM KYOTOに併設するGALLERY 9.5にて開催された。アートと人の新しい関係を紡ぐ「場づくり」を行ってきたkumagusukuの記憶を辿る試みであり、展覧会という形式で歴史を表現することは美術家である矢津さんらしい選択とも言える。

矢津さんは、「一生懸命作った展覧会も1週間で終わることもある。コトの終わりからどう繋げていくかみたいなことが重要という感覚は、普通の人以上に持っている」と言い、こう続ける。

「店舗としての場所はなくなっても、人の繋がりとか生態系はしっかり残っているから次のステップにワクワクするという感覚があります。だから、そこで出会った人たちとこれから何をしていこうかなと。kumagusukuを展覧会として捉えて一度「終わる」ことによって、それをちゃんと捉え直して先に進んでいく。辞める時って後めたさとか恥ずかしさとか申し訳なさとかもあると思うけど、この展覧会はある種の批評的な行為でもあると思っていて、ポジティブに終わらせるという姿勢なんです。」

HOTEL ANTEROOM KYOTOでの展示風景。kumagusukuの店舗に戻ってきたかのような再現度の高さだった。
「kumagusuku 2013-2025 THE BOX OF MEMORIES」
2025年3月12日〜4月6日
HOTEL ANTEROOM KYOTO
撮影:佐藤真優

おわりに

アートの中で生活する体験を通して、私たちの世界の見え方や感じ方はどう変化するのか。展覧会「kumagusuku 2013-2025 THE BOX OF MEMORIES」は、その「問い」に真っ向から向き合ってきたkumagusukuの軌跡であり、社会実装の記録である。「表現のクオリティではなく、何をやろうとしているかということに信頼を置く」と矢津さんは言う。これまで「アートとの濃密な体験」を提供してきたkumagusukuは、アートホステル時代の面影を残すHOTEL ANTEROOM KYOTOの一室「Concept Room No. 652」で、表現の媒介者として鑑賞者にどのような気づきを与えていくのか期待が膨らむ。かつてのkumagusukuの空間は新たな担い手とともに、今夏にオープンを予定している。

トークの様子(左から矢津さん、足立さん、岩崎さん)
開催日:2025年4月6日
場所:ANTEROOM MEALS l HOTEL ANTEROOM KYOTO
イベントの詳細はこちら
トークのファシリテーターをつとめ、今回のレポーターでもある、上田聖子さん

関連情報

kumagusuku
(URL最終確認:2025年7月31日)
KYOTO ART HOSTEL kumagusuku

(URL最終確認:2025年7月31日)

本記事は、HOTEL ANTEROOM KYOTOの展覧会「kumagusuku2013-2025 THE BOX OF MEMORIES」の関連トークイベントを元に構成された。

クロージングイベント
4月6日(日)15:00-20:00
・TALK#02 17:30~19:00「店舗という表現媒体について」
ファシリテーター:上田聖子(MISENOMA)
スピーカー:矢津吉隆(美術家、kumagusuku代表)、足立夏子(kumagusuku元店長)、岩崎達也(株式会社マガザン代表)

(URL最終確認:2025年7月31日)

注釈

【※1】kumagusukuは「瀬戸内国際芸術祭2013醤の郷+坂手港プロジェクト」として参加した。

【※2】dot architectsは大阪を拠点に活動する建築家ユニット。

(URL最終確認:2025年7月31日)

【※3】アートツーリズム

一般的に芸術鑑賞を目的とした旅行のことを指す。さらにはアートを通して地域文化に触れ、人々と交流する中で、新たな価値観を生み出す旅行体験となることが求められている。

【※4】Magasinn Kyoto

「泊まれる雑誌」をコンセプトに、京都・二条北エリアにある元・京町家を改装した雑貨屋&宿泊施設。

【※5】この背景として2018年6月に施行された民泊新法(=住宅宿泊事業法)の影響が大きい。民泊新法は、一般の住宅を宿泊施設として活用する際のルールを定めた法律で、年間の営業日数を180日と制限している。

【※6】『クマグスクのアート × ワーク塾』は、京都で宿泊型アートスペースを運営するkumagusukuが開講した社会人向けの塾プログラム。

【※7】アートホステル時代のkumagusukuを感じられる場所。

【※8】「れもんらいふデザイン塾」

(URL最終確認:2025年7月31日)

【※9】『観光経済新聞.com』2020年6月21日発行

(URL最終確認:2025年7月31日)

【※10】『余暇・レジャー&観光総合統計 2021』三冬社編集制作部、p. 11

【※11】kumagusukuの入居店舗一覧

多種多様でオルタナティブな店舗が入居していた。

(URL最終確認:2025年7月31日)

REPORTER|上田 聖子(うえだ まさこ)

ホテルアドバイザリー / キュレーター / MISENOMA代表

1982年滋賀県生まれ。英国グラスゴー美術大学ファインアート学部卒業後、京都のプロダクトデザイン会社を経て、UDS株式会社へ転職。UDSが運営をするアートホテル「ホテルアンテルーム京都」にて、併設ギャラリーで100回を超える展覧会を担当。12年間のホテル運営経験を生かし、MISENOMAとして2023年に独立。アート、観光、まちづくりを掛け合わせ、宿泊体験を拡張する空間プロデュースや展覧会のキュレーションを事業として展開。アート企画に特化したホテリエ育成の為、ホテルアドバイザリー事業も行う。

2021年より若手作家育成のためのアートプロジェクトを立ち上げ、アートが本質的に持つケアの側面を探るArts & Healthのリサーチなど、アートの可能性を社会で実践・編集している。

https://www.misenoma.com/