1990年奈良県生まれ。アーティストの辰巳雄基(たつみ・ゆうき)さんは、これまで、日本全国の飲食店から箸袋の造作物を集め、展覧会を行ったり、海で拾った漂流物の即売会や、地域の竹細工と物語を収集したプロジェクトなど、蒐集やリサーチの過程における発見をもとに展覧会や発表を行ってきた。2017年からは京都府亀岡市に移住し、地方芸術祭に携わるほか、地元でつくられた農作物を使い、「丹波亀吾郎」の名で焼き菓子屋を営む。物や言葉を蒐集するだけに留まらずに、ユニークな活動を行う辰巳さんにこれまでのご活動や現在の取り組みについて伺った。
——タイトルを「辰巳さんに聞く、事物の愛で方と物事の起こし方」としているのですが、実は、これは一昨年にYCAMが実施したトークイベント【※1】のタイトルです。このときのお話が印象に残っていたのと、最近の辰巳さんの活動も含め改めてお伺いしたく思い訪ねさせていただきました。
+5の記事では 「アートネイバー」 といって、アートと人々を繋ぎ、社会の中で独自の文化を創る人材に焦点を充てているのですが、辰巳さんはまさに既存の肩書きや表現活動に収まらない取り組みを行われていらっしゃいます。改めてトークイベントでお伺いした内容を振り返りつつ、これまでの取り組みについてと、「生活実践者としての表現(アート)活動」という視点から現在、そしてこれからの取り組みについてもお話をお伺いできればと思います。
辰巳:はるばるありがとうございます! よろしくお願いします。
—— 辰巳さんは 2017年に亀岡に移住され、現在「丹波亀吾郎」の名でトレーラーでお菓子の製造・販売をされているわけですが、まずはそれ以前の活動について聞かせていただけますか。
辰巳:美大卒業後の就職先を悩んでいたのですが、当時、同じ大学で教えられていた松井利夫(まつい・としお)さん【※2】の紹介で、3年間、島根県の隠岐諸島のひとつの海士町で集落支援員として働きました。
—— 地域住民からの聞き取り調査や生活用品を提供するリユース事業などに従事されたと伺いました。支援員の活動のほかにも、島の娯楽や日常に思うところがあって、海から流れ着いたものを販売する展示販売をされたそうですね。
辰巳:隠岐の海岸には、カメラレンズの蓋とか隣の韓国からとかいろんな漂流物が流れ着くのですが、値段やタイトルをつけてテーブルの上に並べてそれをみた人の反応をみてみたいと思い、はじめました。
漂流している間に文字が読めなくなった1円に《遠い旅をしてきた1円》って書いて2円で並べたり(笑)。都心部で漂流物の展示とか販売をやったら「おしゃれやな」って買う人はいると思うんですけど、拾いたての場所で販売会をやったらどうなるのか興味がありました。
—— 蒐集家としての活動はこの頃から本格化していくのでしょうか。
辰巳:蒐集の順番としては、箸袋の方が先ですね。
—— ジャパニーズ・チップ【※3】のプロジェクトですね。いろいろな形に折られた箸袋を全国各地から蒐集し、展覧会の開催に加え、書籍としてもまとめられています。改めてこのプロジェクトの経緯を教えていただけますか。
辰巳:学生時代の飲食店でのアルバイトがきっかけです。お客さんがテーブルに置いていった箸袋の折り紙みたいなものをみて、あるとき「これは、お客さんが置いて帰ってくれた、ありがとうの形ちゃうか?」って、妄想しながら片付けをすると楽しくなっていたんです。それで集めはじめました。いろんな人がいてもっといろんな形を見てみたいし、その滞在時間で生まれた彫刻を誰かに見てもらい、共有することで「自分と同じ気持ちになる人を発見したい」と思ったんです。
── クラウドファウンディングで資金を集め、箸袋の蒐集に全国をまわられたそうですね。
辰巳:軽自動車で47都道府県をまわりながらお店に協力をしてもらって、箸袋でつくられる造形物を集めました。約8000点の箸袋を展示する展覧会【※4】を開催し、ありがたいことにたくさんの人に協力してもらって、展覧会にも来ていただけました。図鑑【※5】をつくれたり、巡回展ができたりしたことも嬉しかったですし、あるとき、協力してもらったお店の店主から「うちで集めたものでプチ展覧会していい?」っていう連絡がきたんです。自分だけでなく、みんなで集めて良かったと思いました。
── 辰巳さんのアート的な視点に共感する人が現れたのですね。「みたい景色をつくりたい」みたいな発想はアートプロジェクトを始めるきっかけになりうるかと思うのですが、「同じ気持ちの人」というのはそのひとつ先を行っている気もしますし、辰巳さんを真似て自ら実践する人が現れるというのは嬉しい広がりですね。
その後、学生時代を過ごされた京都に戻られて、亀岡で「かめおか霧の芸術祭(以下、霧芸)」立ち上げの構想にあった、KIRI CAFE(キリカフェ)の改修計画にも携わられています。霧芸は先に亀岡市に移住されていた松井利夫さんが中心となって始動した取り組みですね。
辰巳:古民家の改修やボランティアにきた学生のお世話など、松井さんを手伝っているうちに、霧芸にも関わるようになりました。現在は、一般社団法人きりぶえ【※6】のメンバーとしてもそうですし、霧の芸術祭の企画を担当しながら、古本屋をやってみたり、亀岡の風景を象徴する農機具小屋を調査して、本をつくったりもしました。
── 亀岡市は内閣府が選定する「自治体SDGsモデル事業」の一環として、市役所内にカフェや展示スペースを備えた「開かれたアトリエ」をオープンするなど、芸術祭をハブとして、農業や環境などさまざまな政策にアートを活用した取り組みを実施しています。アートを介して行政や自治体とつながり、活動をしていくことの可能性や変化をどのように感じていますか。
辰巳:実行委員会とか外部に運営組織をつくって、そこが全部受けて動かしていく芸術祭のかたちってあると思うのですが、霧芸の場合は、亀岡市が芸術祭の事務局を担っています。市役所の中に「開かれたアトリエ」のような拠点ができたり、市の職員さんと話をしながら物事を決めていくというのは個人のアートプロジェクトではなかなかできないことですし、市政にも入り込ませてもらっているなという感覚があります。
変化についてはうーん。どうでしょう。霧芸が始まった頃から比べると市の担当部署の人数は大幅に増えました。いまはまだ、ようやくお互いに顔がわかってきたような段階なのですが、仕事を超えて関わり出してくれる瞬間もあったりもして、何かが変わってきているのかもしれません。
お互いにモヤモヤすることもたくさんあります(笑)。でも、関係性を投げ出してしまうとその線が切れてしまう。頼りないもの同士で考えあってつくっていくのがいいのかな、と思っています。依頼する側と受ける側、どちらかがプロフェッショナルというのではない関係性というか。市役所職員ができないことをこちらに任してきているのではなくて、市役所職員もできるようになっていくってことに可能性を感じます。
── 最近は、亀岡だけでなく、隣県のアートプロジェクトにも関わられていらっしゃいましたね。
辰巳:「千里考今物語(せんりこうこんものがたり)」というリサーチプロジェクトで、豊中市立文化芸術センター(大阪府・豊中市)が、2021年より新たにスタートした現代アート事業「とよなかアーツプロジェクト」【※7】の一環として行ったプログラムです。
──辰巳さんへの依頼はどんな内容だったのでしょうか。
辰巳:豊中市立文化芸術センターからの依頼は「地域の人を巻き込みながらアートを通じてまちの魅力を伝える企画をお願いしたい」という内容でした。いろんな地域を検討した結果、約60年前に誕生した豊中と吹田にまたがる街、千里ニュータウン【※8】を舞台に設定して、一般公募で集まった地域の方たちと「街の起こり」にまつわる調査をする団体を結成。その後、2つの催しと展示を行いました。調査メンバーは25名ほどだったのですが、街の成り立ちや当時のニュータウンの話にみんな興味津々で賑やかでした。
──自身が住んでいない街を「その土地の人と一緒に調査する」というモチベーションや面白がり方に関してはいかがでしょうか。
辰巳:一人で調査していても見えてくる範囲って狭いので、いろんな人と一緒に発見することに面白さがあるのかなと思っています。もちろん、街ごとに土地の歴史は違うのですが、「街の起こり」を知ることで見えてくる、心地よく生きていくことのヒントってあるんじゃないかなと感じます。亀岡は現在、駅前開発等により新興住宅が増加しはじめているのですが、「街がどう作られていくのか」というテーマは自分ごととしても吸い込みやすさがありました。
JR亀岡駅より車で10分ほど。奈良時代初期に創建したとされる走田神社(はせだじんじゃ)の向かいの駐車場に毎週末、「丹波亀吾郎(たんばかめごろう)」が開店する。創業2年。自然栽培でつくられた地元の小麦や作物を使い「亀岡土産」をつくりたいと店を始めた。開口部を閉じると小屋のようにも見えるトレーラーは、コロナ禍の補助金を活用し、取り寄せた。かねてより課題に感じていた食や食にまつわる流通への問題意識を抱えていたことも契機となった。
—— 現在活動中のプロジェクト「丹波亀吾郎」(以下、亀吾郎)【※8】についてもお伺いしたいと思います。まずは商品の紹介をお願いします。
辰巳:かめやきは、亀の形をした焼き菓子です。小麦本来の味を味わってもらうため、卵や牛乳を使用しない薄皮の生地で、餡は丹波大納言小豆を炊いた粒あんです。粒あん、あん梅の定番メニューに加えて、季節ごとにとれる食材で、よもぎ餡、うぐいす餡、バターナッツカボチャの餡、焼き芋の餡、栗餡など限定かめやきが登場します。
——甘さ控えめの粒あんに、ジューシーで絶妙な塩梅の梅干しが入った「あん梅」も人気メニューだとか。
辰巳:あん梅は、地域の方から無添加で昔ながらの方法でつけた梅干しをいただいた際に生まれたメニューです。
—— 原材料に亀岡で作られた農作物がふんだんに使用されていますね。
辰巳:亀吾郎で使用している小麦粉は、隣町で農業をする、アーティストの米谷健さん、ジュリアさん【※9】が無農薬、無施肥で育てた小麦から作った小麦粉を使用しています。この美味しい小麦を味わいたくてかめやきを作りました。
京野菜の7割ちかくは亀岡でつくられていると言われるほど、亀岡は古くから生活の中心に農業がある場所です。また有機農法への取り組みも活発で、有機農法を学ぶ学校ができたりと新規就農者も増えています。毎週木曜日に亀岡駅の周辺で、農家さんが主導でつくりだしたファーマーズマーケットが開かれるのですが、亀吾郎も出店しています。
── 亀吾郎が県外出張出店した際には「お土産メニュー」なるものも登場するそうですね。
辰巳:山口に出店した際には、ういろうや夏みかんの砂糖漬けを入れたお土産メニューが登場しました。秋田では、五城目で530年続くという「五城目朝市」にて出店させていただき、五城目にある酒蔵の福禄寿酒造の酒蔵開放に合わせて、かめやきスペシャルメニュー「酒粕あん」を提供しました。秋田では、まちあるきイベントのゲストにも呼んでいただいて、地域の方たちと一緒に、その土地の神社にある亀の像をめぐる調査を行いました。
── 今後の亀吾郎の展開をどのように考えていますか?
辰巳:亀吾郎でやってみたいことの一つは、フランチャイズです。以前、久米島(沖縄県)の知人から、現地の「かめやき」を作りたいと相談を受けました。久米島の東部、西奥武島(にしおうしま)には、干潮時に現れる亀の甲羅の形をした畳石の名所【※10】があって、そこの名物を作りたいという相談でした。
フランチャイズと言っても亀吾郎と同じ、亀岡の亀型を使っても意味がないので、現地の形や素材、生活や歴史なんかを調査することから始められたらいいのかなと思います。気持ちの合う人と行う、「考え方のフランチャイズ」みたいな新しいフランチャイズのかたちができたらいいなと思います。
あとは最近、亀岡に住居兼工房ができたので今後イベントを行ったりもしたいなと考えています。
── 地域に開く半公共空間みたいなことでしょうか?
辰巳:そうですね。ただ住居ですし、近隣の住人の方もいらっしゃるので、知らない人たちが急にたくさん来るとモゾモゾする感覚もあると思います。もともとそこにある環境や生活に違和感なく「いさせてもらう」くらいの感覚が大事なのかなと思います。商業施設をどん!と、新設するように、突如新しいものを作るのではなくって、既にある場所や条件を面白がりながら、新しいことができたらいいなと思っています。
—— 亀吾郎もそうですが、辰巳さんがこれまでやってこられたアートプロジェクトって、活動の中心にその土地に暮らす人たちの生活あって、住む環境を良くするためのアイデアやツールとして「アートのようなこと」が存在しているようにも思います。これは、かめおか霧の芸術祭にも言えることで、霧芸も芸術祭とは銘打っていますが、街の将来を占うための長期的な取り組みのように感じます。ところでいまさらながらですが、「丹波亀吾郎」はアーティスト辰巳雄基さんのアートプロジェクトという認識であっていますか?
辰巳:うーんどうでしょう。お客さんに「この店、いつからあった?」とか、「おじいさんがやっていると思った」なんて言われるとと嬉しかったりもして。単に「お店」と思ってきていただけたら嬉しいです。
——亀吾郎が地域の人たちにとって、「違和感なく」存在することができているんだと思います。土地の歴史や特性を汲み取りながら、新しく事を起こしていくことのヒントを覗かせていただけたように思います。今日はありがとうございました!
【※1】山口情報芸術センター[YCAM]が実施する地域アートプロジェクト「やまぐちアートコミュニケータープログラム 架空の学校アルスコーレ」の一環として2023年に実施したトークイベント。
「辰巳さんに聞く、事物の愛で方と物事の起こし方」太陽堂旅館3階(2023年9月2日)
(URL最終確認2025年5月18日)
【※2】松井利夫(まつい・としお)
1955年生まれ。1980年京都市立芸術大学陶磁器専攻科修了後、イタリア政府給費留学生として国立ファエンツァ陶芸高等教育研究所にてエトルリアのプッケロの研究をおこなう。帰国後、沖縄のパナリ焼、西アフリカの土器、縄文期の陶胎漆器の研究や再現を通して芸術の始源を研究。近年はたこつぼ漁、野良仕事に没頭し、人間の営みが芸術に変換される視点と場の形成に関する研究を重ね、公開講座「ネオ民芸」の運営とその実践として「サイネンショー」の活動をおこなっている。現在、京都芸術大学教授、滋賀県立陶芸の森館長、IAC国際陶芸学会理事。
【※3】ジャパニーズ・チップ
2012年にはじまった箸袋でつくられた造形物を蒐集するプロジェクト。ウェブサイトでは、「TIP GALLERY」として各地から集まったジャパニーズ・チップを紹介している。展覧会「 ジャパニーズチップ展ーテーブルの上で見つけた日本人のカタチー」 (2017年、東京/3331 Arts Chiyoda )、(2018年、韓国/清州煙草製造工場跡地)、(2019年、フランス/Espace Japon)など国内外で巡回展示を開催。
(URL最終確認2025年5月18日)
【※4】「ジャパニーズチップ展 ―テーブルの上で見つけた日本人のカタチー」(2017年、3331 Arts Chiyoda)
【※5】辰巳雄基『箸袋でジャパニーズ・チップ! テーブルのうえで見つけたいろんな形』(2018年、リトル・モア刊)
【※6】一般社団法人きりぶえ
亀岡市を拠点に「芸術で居場所を作る」をテーマに飲食事業(KIRI CAFE)、セミナー事業(KIRI WISDOM)、製造事業(HOZUBAG)、アートマネジメント事業、クリエティブ事業などを行う。
【※7】とよなかアーツプロジェクト
豊中市立文化芸術センターが、2021年より新たにスタートした現代アート事業。地域に開かれた公共ホールを拠点に、音楽・美術・演劇などのジャンルを横断した試みを展開し、アーティストと市民とが協働しながら実践・創作する機会を生み出すことで、人々のあいだに新たな創造の芽を育てていくことを目的としたプロジェクト。市民・作家・劇場の協働型コミュニティプログラムと、注目作家が劇場で表現するメディアアート展の2つの領域で展開している。
【※8】丹波亀吾郎(たんばかめごろう)
営業時間などの最新情報は、Instagram @tamba.kamegoroで確認可能。
【※9】コンテンポラリーアーティストの米谷健+ジュリア2人が手掛ける「農」×「アート」プロジェクトの「ライスバレー(RICE VALLEY)」。約20000平米の農地で本格的に営農(認定農業有資格者)する。米、麦、豆、野菜、果物など栽培種類は多岐に渡る。
(URL最終確認2025年5月18日)
【※10】久米島の東部、西奥武島(にしおうしま)の南海岸にある、国指定天然記念物の奇岩郡。干潮時に現れる岩が五角形や六角形の亀の甲羅のようで亀甲岩とも呼ばれ、その数1,000個以上。南北50m、長さ250mにわたり、砂浜に広がる。
1990年奈良県生まれ。亀岡在住。
一般社団法人きりぶえ理事、農小屋学会、山成研究所、丹波亀吾郎店主。 日本全国の飲食店から集めたもので「ジャパニーズチップ展―テーブルの上で見つけた日本人のカタチ―」漂流物の即売会「たつみの海でひろってきたもの店(展)」海や川から拾ったもので「石と網」農家さんの協力のもと、土と野菜を集めて「生ける野菜展」地域の竹細工と物語を収集した「竹を編む 記憶を辿る」など蒐集やリサーチでの発見をもとに展覧会や発表を行う。
著書に『箸袋でジャパニーズ・チップ!テーブルのうえで見つけたいろんな形』(リトルモア)、共著に『小屋の本 霧のまち亀岡からみる風景』(きりぶえ)がある。
https://www.instagram.com/tatsumi_to/?hl=ja
https://www.instagram.com/tamba.kamegoro/?hl=ja
フリーランス編集者。1982年東京都出身。大学卒業後、新聞社勤務を経て建築雑誌やウェブ、美術インタビュー誌の編集者として活動。現在、山口県在住。山口情報芸術センター[YCAM]勤務。コンテンツ制作のほか、イベントや教育プログラムの企画制作、運用も行う。アート・建築・教育分野を中心に企画・編集・制作を通してテーマや目的のアウトプットについて考え実践することを活動軸としている。最近の関心事は祭りなど伝統文化の伝承について、知財、公害、福祉。