アートコレクターの流儀 作品収集の先にあるもの <後編>

アートコレクターの流儀 作品収集の先にあるもの <後編>

アートコレクター|島林秀行
2021.07.29
17

ビジネスとアートを融合させ、社会に対して常にアートの新しい価値を生み出している島林さん。記事の前編ではアートコレクターとしてのスタンスや、具体的な活動についてお話を伺った。記事の後編では、個人のコレクションがどう保存され、活用されていくべきなのか。コレクターの視点から、アーカイブについてのお考えを伺う。

西枝財団助成による、瑞雲庵での島林さんキュレーション展「MIKADO2」。小池一馬の作品《BC210609》
撮影:山田 周平

個人のコレクション-作品保存に関して

――コレクターとして集めた作品はどのように保管されていますか?

島林:西新宿から現在の世田谷(2021年7月時点)に引っ越したのはまさにその「保管」が理由です。まず、収集したコレクションは全て自宅にあります。結構広い家なんですが、家の半分くらいが作品だけで埋まっている状態です。適切な保管という観点でも、なんとかしなければと考えています。スペースの問題は、多くのコレクターが抱えているものではないでしょうか。

――管理という観点で企業と連携するというのはどうでしょうか。

島林:まず収集したコレクションを貸すというのは、相手が法人であっても、僕はリスクが高いと考えています。盗難はなくても、破損や汚損のリスクとか。

周囲でもレンタルしたいという企業や、それをビジネスにできないかというコレクターの声をたまに聞きますし、実際依頼をいただいたこともあります。ただ一度も、前向きな返事はしていません。絶対に安全だと確信できる場所であれば違いますが、保管に関する不安が大きいからです。

また、こちらがもし企業の保有する建物内のスペースをうまく活用したいと思っても、受け手(企業)に展示や保管のノウハウや、現代アートの作品に対するリスペクトがなければ難しいです。展示や保管には労力もコストもかかります。

――確かにそうですね。展示や保管における知識やノウハウは不可欠ですよね。では視点を変えて、島林さんは自分のコレクションをセカンダリーに流通させることで、保管スペースの問題を解消しようということは考えておられないんですか?

島林:それも今は考えていません。集めた作品への愛着もありますから。だから増えていく一方です。

ただ適切な取り扱いができる美術館から、欲しいと言われたら前向きです。美術館への貸し出しなどはたまにありますよ。

――ちなみに今のコレクション数は、どれくらいあるんですか?

島林:「コレクション」というカテゴリーにどこまで入れるか難しい面はあります。例えば歴史的価値のある雑誌とかまで入れるか。

僕の場合、自分が意識的に「コレクション」をしている観点で考えると、500は超えると思います。購入価格の低いものなども入れると。

――すごいですね。作品を収集したいという欲望の話は冒頭にもありましたが、そうして収集したものを人に見せたいという欲望についてはいかがでしょうか。

島林:もちろんあります。僕はそこまで強い方ではないですけれど、コレクター一般として考えると強弱の差はあれど、もちろんあるでしょうね。ただ、コレクションを活用すること(見せること)については、現代アートへのリスペクトとして作品の取り扱いに気をつけないといけません。さっきの話の通りですが。

その点、安心して作品を任せられる美術館のような場所で多くの人に観てもらうことは、コレクターができるコレクション活用の重要な役割なのかもしれません。

ただ、現代アートに興味を持ち始めたばかりの方など様々な人が作品を購入する段階においては、社会的意義とかコレクターの役割とか、大きいことを考え出すと、途端に難しくなるように思います。ですので、あくまで自分というコレクターが何を求めているのかという感覚が大事ではないでしょうか。

島林さんが敬愛するアーティスト、曽根裕さん(右)と

コレクション活用の今後の可能性

――アートコレクターだからこそできるアーカイビングがあると思いますか?また、コレクションを可視化することの意義についてはどうお考えでしょうか。

島林:難しいですね。自らのコレクションのアーカイブを、公開というところまで含めて考えるとするなら余計に。

コレクターの中には、自分のコレクションを公開したくないっていう人もいます。僕は別にオープンにしてもいいんですけれど。ですので、あらゆるコレクターが持っている作品が網羅的に可視化されるということは当たり前ですが非現実です。コレクターひとりひとりのコレクションに対する考えに基づき、それぞれの判断でアーカイビングしていくことになりますが、そこにはコレクターの考えが現れるのではないでしょうか。

――例えばコレクターのコレクションは、内容によっては今後、公共財になりうる可能性を含んでいます。年齢を重ねていったあと、自分のコレクションが最終的にどうなっていくのか。それを見越した上でコレクションは行われるのでしょうか。

島林:コレクターによっては、先のことを見据え、体系的なコレクションと価値付けを考えている人もいます。ただ、僕は基本的に好きなものを収集するという姿勢です。人によっては、他の人に見せたくないものもあると思いますし、コレクターのコレクションは個人の意思が強く反映されていますので、個人の楽しみであっていいわけです。それがゆくゆく社会にとって価値のあるものになるかもしれませんが、僕はそうなったら、それはそれでと後付けで考えればよいと考えます。

――個人が残したいものを残す中で、社会と繋がっていくイメージですね。島林さんは、個人のアーカイブ活動あるいはコレクションにおいて、何が重要だと考えられますか。また何を社会に仕掛けていくことが必要でしょうか。

島林:コレクションを続けるためには、生々しいですが、やはりお金は重要だと考えています。ですので、僕も続けるのであればもっと働かないといけないですね(笑)。

自分の会社であるスタートPR合同会社についていうと、仕掛けてみたいビジネスプランとして、ある程度の資金力が必要になるものもあります。かなり将来的な話となりますがそうした大きなアクションを起こすこともあるかもしれません。

アーティストとかかわる仕事は属人的なケースもあり、適当な誰かに代わってもらったり、誰かとシェアしたりすることが難しい場合があります。また正直、僕一人でやれることには限界があります。それを打破する方法のひとつが、僕ならではの価値を提供しながら企業と協業することです。リコーの現代アート事業はその一つと言えます。それ以外にもさまざまなアート×ビジネスの取り組みを行っており、周囲からはうまくいっているとよく言われますが、日々悩み、考えています。

アート側だけにもビジネス側だけにも属さないポジションだからこそ提供できる新しい価値は何か、その価値をどのように社会に共有していけばよいのか。アートを「コレクション」するというところから僕のアートに対する過度な恋愛は始まりましたが、近年はそうした複雑なことも考えてきました。さらに今では、限られた時間の中で自分がどういう活動にフォーカスすべきかを考えており、転換期と言えるかもしれません。

――「コレクション」から始まったアートとの関わりとその広げ方をどうするかが、今後は重要ということですね。

島林:はい。先ほど少し言いましたが、例えば企業が「アートらしきもの」に取り組んでいるケースがよく見られます。ただアートのクオリティやアートの価値に対する理解の観点からすると、残念なケースが多いのが現状です。「アートらしきもの」にお金が流れていることに違和感がありますし、そうしたものが社会的に、当たり前のように消費されていくことは残念です。僕はそこをリプレイスできると面白いかなとも考えています。

アートがとても好きで、アートとの深いかかわりは「コレクション」から始まりましたが、ビジネス領域とアート領域を横断するようになった立場として、企業によるもったいない「アートらしきもの」の取り組みのリプレイスができれば、重要な価値が生まれていくと思っています。

西枝財団助成による、瑞雲庵での島林さんキュレーション展「MIKADO2」。山田周平の作品《Blow up》
撮影:山田周平



INTERVIEWEE|島林 秀行(しまばやし ひでゆき)
アートコレクター。
1981年富山県生まれ。2004年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。中小企業診断士。日本新聞協会、三菱UFJリサーチ&コンサルティングを経て、現在はパーソル総合研究所 広報室長。自身で立ち上げたスタートPR合同会社を通し、企業における現代アートの取り組みに関して様々なソリューションを提供する。


INTERVIEWER|桐 惇史(きり あつし)
ART360°プロジェクトマネージャー。+5編集長。
1988年京都府生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、学習塾の運営に携わりながら、海外ボランティアプログラムを有する、NPO法人のプロジェクトマネージャーに従事。その後国内外でフリーランスのライターをしながら人材コンサルティングの仕事に携わり、現在は360°映像を通した展覧会のデジタルアーカイブ事業に関わる。