現代美術の裏に彼らあり。 スーパーファクトリーの仕事<後編>

現代美術の裏に彼らあり。 スーパーファクトリーの仕事 <後編>

スーパーファクトリー|佐野誠
2021.07.10
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展示設営業者・スーパーファクトリーの代表、佐野誠氏へのインタビュー後編では、アーティストと近い視点をもつ彼らだからこそ可能となる仕事や、設立から23年のあいだに培ってきた経験と知識の継承、そして展示設営業の展望についてお話を伺った。



アーティストの3本目の手として、想像を超える完成度を目指す

ーーこれまで数多くの展覧会や作品制作を手がけておられますが、印象に残っているアーティストや展覧会はありますか。

佐野:マシュー・バーニー、ヴォルフガング・ティルマンス、フランシス・アリスですね。彼らは特に、一緒に仕事をするわれわれへの依頼の仕方や、仕事の棲み分けをよくわかっていると感じました。たとえばバーニーは、本当は制作のすべての過程を自分の手でやりたいのですが、手は2本しかないので誰かの手を借りるというスタンスなんです。われわれにとってはそれが一番正しく、やりやすい環境ですね。

ーー欧米ではそういうやり方が当たり前に行われているからなのでしょうか。

佐野:そう思います。また、彼らは根本的にものを作る人であり、作り方もよく知っている。なので、人に作業を頼むときもポイントを押さえているし、作業する人のテクニックの上を行くような要望を出してくるわけです。だから美術として成立するんですね。
 そういうアーティストは、われわれがこっそり努力したことを見つける目を持っています。金沢21世紀美術館でカールステン・ヘラーの作品を作ったときに非常に苦労して作業した部分があったのですが、できあがった作品を見た瞬間にヘラーはそこを指差して、ニヤッと笑ったんです。これこそアーティストだと思いましたね。そういう瞬間のためにわれわれも一所懸命にやっています。



作品を具現化するために、あらゆる手立てを使って正解を作る

ーー昨今では、展覧会自体が作品化しているのではないかと考えています。+5の母体であるART360°では展覧会を映像で360°記録するというプロジェクトを行っているのですが、展覧会を記録する方法や、記録していくことに対するお考えをお伺いしたいです。

佐野:そこにはあまり興味がないですね(笑)。ビジュアルとともに、どのような意図や過程を経てその完成形になったのかが言葉でも記録されるのであれば価値を見いだせるかもしれませんが、ただ写真や映像だけを残すことにはあまり意味がないと思います。

《Crowd Cloud (2021)》 スズキユウリ+細井美裕 Photo by Takashi Kawashima(協力:羽田未来総合研究所)

この作品は、直近でインストールしたものです(スズキユウリ+細井美裕《Crowd Cloud》羽田空港第2ターミナル 2階出発エリア D保安検査場前)。一番背の高いホーンは高さが5メートルありますが、作品を美しく完成させるためにパイプ以外の支えは一切なく、空港という特殊な場所ということもあって床にも固定していません。これを成立させるためにアーティストやわれわれがどんなアイデアを出し、構造設計をし、許可を取るためにどれだけのことをしたのかを書き出せば本が1冊できるんじゃないかというくらい、さまざまな手を尽くしています。でもそれは、写真や映像に収めただけではわからない。僕が言いたいのはそういうことです。

ーーアーティストと協働することに関して、たとえばスーパーファクトリーが持っている技術をアーティストが知ることによって表現が高まっていくような、技術と表現の関係性とはどういったものだと考えておられますか。

佐野:技術は完成されたものではなく、作品を作るごとに、ひとつひとつに特化して開発していくことになります。そして、ひとつの道筋を立てるのではなく、ありとあらゆる手立てを使って、たくさんの正解を作っていくのが僕らの仕事です。たくさんの正解があれば、その中からベストな表現を選ぶことができるでしょう。
 《Crowd Cloud》の転倒防止のためのデザインは僕がしています。ホーンを支えるパイプの太さや床でそれを受けるプレートのサイズは、太く、分厚ければ安定するのは間違いありませんが、美しさを担保しながら安定するギリギリの厚さで設計しました。実用でもあるそのデザインは、結果的にアーティストが描いたドローイングとかなり近いものができあがりました。

ーーアーティストの表現に対して、スーパーファクトリーも手を尽くして考え、実験し、新しい可能性を作り出すことによって、アーティストも想像していなかったところまで作品を飛躍させることもできるんですね。

技術もチャンスも惜しみなく与えることで、人材は育つ

ーー1998年にスーパーファクトリーを設立されて23年が経った今、現場はスタッフに任せておられるということですが、培ってきた知識や技術を継承していくことについてどのようにお考えですか。

佐野:次の世代に引き継ぐ準備はできているので、僕は今の立場をいつでも降りられる状態です。そうなれば、次の世代がDNAを引き継いでくれるでしょう。知識量は多少足りないかもしれませんが、そんなものはすぐ身につきます。要するに、やり方の問題なんです。どういうふうにやっているかということさえ理解していれば、何の問題もありません。
 継承しようと構えなくても、知識や技術はすでにスタッフみんなの頭の中にあります。逆に言えば、何も考えず漠然と作業をしているだけの人間はうちにはいません。まだ若いスタッフでも、現場を任せればやり遂げます。そうしてまた次の誰かに引き継がれていくのだと思いますね。

ーーそれらが引き継がれていく先は、スーパーファクトリーのスタッフだけに留まりません。佐野さんがテクニカルアドバイザーとして参加しておられた清流の国ぎふ芸術祭(2017年)は、日本各地で開催されているいわゆる地方芸術祭とは少し違う目的を掲げていました。

佐野:この芸術祭は、ちょっとおもしろい試みをやろうとしていました。作家の制作をサポートするのと同時に、アートに関わる人材の育成とネットワークづくりもやろうとしていたんです。作品の制作プロセスにおいて地域の人と協働したり、自分でできない作業があれば実行委員会が外部のプロを紹介したり、もちろん技術的なところは僕からもアドバイスをして作品を制作、展示しようとしていました。そういった知識や体験を地域の住民と一緒に作って残すことができれば、ゆくゆくは彼らがアーティストを支える人的インフラにもなるかもしれないし、たとえ1人でもそういう人が地域に残ることが大切なんじゃないかと。
 アーティストやアートファンだけではなく、周辺にいる人たちを育てることが、引いては美術館や芸術祭に人が集まることにつながるはずなんです。そういう仕事は今はまだ地方には少ないかもしれないけれど、それでも育てていかないといけない。僕らはそういう手伝いならいくらでもするつもりです。
 なので、この芸術祭はいいチャンスだと思っていました。実現すれば本当に画期的な展覧会になったと思います。しかし、残念なことに方向性が途中で変わってしまって、当初考えたようには実現できなかった。地元の人が集まってひとつの作品をみんなでワイワイ言いながら作ったら、単純に体験としてもおもしろかったと思うんですけどね。

ーーまた、そういったアドバイザーの活動もされつつ、スーパーファクトリーはインターンも受け入れておられますね。私も学生時代にお世話になりました(森)。そこで初めて作品ができあがっていく過程を目にしたり、作品が観客の前に並ぶまでのあいだにスーパーファクトリーのような人たちの存在があるんだということを知って大きな衝撃を受けましたし、自分がアートにどのように関わっていきたいのかということを深く考えるきっかけになったので、とても感謝しています。現在も受け入れておられるのでしょうか。

佐野:はい。ちょうど今、「採用の予定はありますか」と連絡してきた美大の学生が金沢21世紀美術館の現場に入っています。就職という仕組みはうちにはないけれど、インターンでいいなら来たらいいよ、と。そのまま居着く人もいれば、別の仕事を見つける人もいます。ちなみに、インターンでも報酬は支払っています。

ーー美大生ということは、ある程度は手仕事ができるのでしょうか。

佐野:できないでしょうね(笑)。でも、ケガさえしなければ何もできなくていいんです。初めは誰もできないし、むしろ変な技術がないほうがいい。興味がなければ話にならないけれど、不器用なのは関係ありません。天才は人にものを教えられないんです。でも不器用な人が努力して覚えれば、次の人にすぐに教えることができる。これが理想ですね。

ーー昔の私もそうでしたが(森)、何もできない学生や若者を受け入れ、知識や経験、チャンスを与えてくれるスーパーファクトリーのスタンスはすごいと思います。インストーラーや展示設営業者が作品や展覧会の裏側に介在していることを、アーティストやキュレーターなどを目指して学んでいる学生たちが学ぶ必要はあると思いますか。

佐野:特にないと思いますね。講師として芸大に招かれることもありますが、僕らが世の中に提供しているのは技術であって、大学で学ぶ学問とは違います。美術館の展覧会とはどうあるべきか、構成はどうあるべきかということを学問に昇華させるのは大学の先生や研究者の役割で、僕らが学校で教えることではありません。

ーースーパーファクトリーが培ってきた知識やテクニックは、学問として教わるものとは別物だということですね。制作や設営の現場を見てみたいと能動的に考える人が、現場に行ってできないなりにやってみて、体感することが大切ということでしょうか。

佐野:そうだと思いますね。実際に見て、やってみないとわからない領域ですから。

仕事場での様子 photo by スーパーファクトリー

おわりに:展示設営業者やインストーラーのプロ化が日本美術界の下支えになる

ーーインストーラー、展示設営業者の仕事の一側面をスーパーファクトリーの仕事を通して伺ってきました。同時代のアーティストの表現や展覧会、芸術祭に不可欠というだけでなく、作品がアイデアに留まらずベストな形態で作り出されるためのパートナーとしても重要な存在であることがよくわかりました。
 最後にお尋ねします。今後、インストーラーや展示設営業者がさらに良い仕事をできる環境にするためには、どうしたらいいとお考えでしょうか。

佐野:最近、日本の美術館の展示照明の分野もプロフェッショナルとしてようやく成立し始めました。インストーラーも同じようになればいいと思いますが、現状では難しいですね。ヨーロッパの美術館には、美術館の職員ではなく外部の専門家がプロとして必ず雇われています。日本でも、最初に水戸芸術館が、続いて金沢21世紀美術館が職員としてそういったスタッフを雇う試みをしましたが、どうも広がっていきません。もしかすると、館の中にいる職員としてではなく、外部の業者に発注するという形態のほうが仕事の性質に合っているのかもしれません。

 いずれにせよ、われわれの仕事が日本国内でも新しい職業として認知・確立されていくことが必要だと思います。それによって後続が育ち、知識や経験が受け継がれていくとともに、アーティストや美術館を支える現場や人材が豊かになり、引いては日本の美術界の下支えともなっていくのではないでしょうか。

設営の様子 photo by スーパーファクトリー


INTERVIEWEE:佐野 誠(さの まこと)
Makoto Sano1955年生まれ。建設会社で約20年、トンネル工事現場などを担当。1998年、スーパー・ファクトリー創設。曽根裕、束芋、マシュー・バーニー、エルネスト・ネト、オラファー・エリアソンらさまざまなアーティストの作品制作、展示施工で協働。ヨコハマトリエンナーレ2017、あいちトリエンナーレ2016など芸術祭のほか、多数の展覧会に携わる。


INTERVIEWER|森かおる(もり かおる)
編集者。長野県出身。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻を卒業後、美術系出版社に勤務。写真集、作品集、展覧会カタログの編集などに携わったのち、2018年よりフリーランスとしてアートを中心に編集、校正、ライティングを行う。時々、森の本屋(仮)の店主。