【連載】 霧の中をめぐる〜亀岡のアートとこれから〜 01:城跡芸術展<後編>

【連載】霧の中をめぐる〜亀岡のアートとこれから〜 01:城跡芸術展<後編>

城跡芸術展|野田智子、山田毅、矢津吉隆
2026.10.03
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前回に引き続き、城跡芸術展から亀岡を紐解いていく。後編では2025年度の城跡芸術展を振り返るとともに、2026年度の城跡についても考えていく。

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城跡の様子
撮影:表 恒匡

城跡という場所

城跡の舞台となる丹波亀山城跡は、天正5年(1577年)ごろ明智光秀が丹波攻略の拠点として築城した城郭に由来する。明治維新後の廃城令によって荒廃したのち、大正8年(1919年)に宗教法人大本の教祖・出口王仁三郎が城跡を取得し、石垣の修復・保全を進めた。現在は「天恩郷」として大本の聖地となっており、日本の在来種を中心に約1,000種の植物が育つ「大本花明山植物園」や各種建物を含む敷地が、城跡芸術展の会場として提供されている。

提供:城跡芸術展

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野田は、今までアートマネージャーとして様々な芸術祭に関わってきているが、近年の仕事として、長く活動の拠点としてきた愛知での「アートサイト名古屋城」【※1】がある。城の構造を創意工夫しながら作るアートプロジェクトとして城跡芸術展とも類似性はあるのだろうか。


野田:まず来場者という観点で比較すると、名古屋城って観光客が中心の場所なんです。多くの方はお城や復元された本丸御殿を目的に来られ、その流れの中でアートにも出会う、という立地でした。もちろん観光の方も大切ですが、一方で地域の人たちにどう足を運んでもらうかという視点も常に意識していました。それに対して、こちらは普段から植物園を愛して通っておられる方や、この場所を生活の一部として親しんでいる市民の方が中心です。そういう人たちの日常に、期間限定の展覧会がお邪魔してるっていう感覚はあって。その観点では少しアートを展示する心構えや、場所との距離感が違うなと思います。

加えて、名古屋城は国の特別史跡となっている場所ですから、当然レギュレーションが厳しいんです。それと比較するとこの場所はもう少し自由度があり、芸術祭を作るという観点では毎年試行錯誤できる場所だと思っています。もちろん、最初からそうだということではなく、行政と芸術関係者が長年対話を重ね、培ってきた信頼関係性がいいフォーマットを作っているのだと理解しています。


城跡芸術展の会場は、宗教法人大本本部の敷地内にある「みろく会館・広場」「春陽閣」「大本花明山植物園」の3エリアを軸に構成されている。

入口にあたるみろく会館は大本の総合受付を兼ねる中心施設で、屋内の展示室・ホールのほか、前に広がる広場ではイベントなどが実施されたりと対話の中心地点となっている。春陽閣は歴史的な日本家屋の空間を活かした室内展示の場であり、絵画・陶芸・漆造形など素材感のある作品との相性がよい。大本花明山植物園は日本の在来種を中心に約1,000種類もの植物が栽培・保護されており、木漏れ日の差し込む小道の各所と、小さな温室に作品が点在する。さらに松林、中庭、広場など屋外へも展示が広がり、パフォーマンスが松林を舞台に上演されるケースもある。

3つのエリアをめぐる動線そのものが、この展覧会の体験の核心にある。水面に映る石垣、赤松林の影、植物園に差し込む木漏れ日——景観そのものが舞台となり、現代表現が響き合う場をつくり出す。なお、明智光秀手植えのいちょうの子孫と伝わるいちょう台周辺および天守台があった場所は立ち入りおよび撮影が禁止されており、展示の設計にも自ずと制約がある。大本の聖地としての性格を尊重しながら、その余白の中でアートが共存する。
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城跡芸術展2025:副産物産店の空間

城跡芸術展2025:吉田伊佐の空間
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城跡芸術展2025:森太三の空間
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城跡芸術展2025:FOK Ching×WONG Chung Wahの空間
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城跡芸術展2025:MUKU ART BASEの空間
上記4写真の提供:城跡芸術展

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野田:ここはアートのために作られた場所ではないことは確かだけれども、表現を受け止める文化や歴史が積み重なってきた場所だなと思っています


矢津:城跡で面白いのは、やっぱり植物園ですね。自然の中で展示するのともちょっと違うんですよ。要は植物のためだけに管理されたあの場所の中でもアートが受け入れられているのがすごくいいなと思います。この場所は「城跡」なので、建物そのものじゃなくて、敷地全体が主役なんですよ。 だから植物園とか、マルシェを使っている野外の部分とか、そういう本来の城跡っぽいところの部分を活用するっていうところが、やっぱりこの城跡芸術展の一つのポテンシャルなのかなとは思います。

城跡芸術展2025:植物園で展開された岡留優の空間
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城跡芸術展2025:植物園内のビニールハウスで展開された日置結弥の空間
上記2写真の提供:城跡芸術展


野田:そうですよね。規模感もそうですが、城跡芸術展は霧芸の中でも中心的なプログラムだと私は思っています。霧芸には他にもいいプログラムがたくさんあるけれど、ハレの場というか、広く「場」を作ろうとしている感じで。。それはやっぱり大本さんでやることとか、地元の作家たちがちゃんとその展示に出展して、アーティストと地域の関係性を見せるっていう部分でも象徴的なプログラムになっている気がしています。


山田
:今の形が元々想定されていたわけではないと思うんですけど、関係者も鑑賞者も含めて、こういうフォーマットがやっぱり必要だったんだなっていうので出来上がってきたのだと思います。 

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城跡芸術展は、2023年度までは辰巳と奥岡莞司がディレクションを担当。奥岡は亀岡市を拠点に活動するアートディレクターであり、コミュニティ運営者でもある。喫茶店やギャラリーの創業・運営経験もあり、亀岡では城跡のディレクションの他、「KIRI CAFE」の裏手にある農園「KIRI FARM」の運営などを担当している。野田の関わり始めた24年から辰巳は城跡から一度遠ざかり、奥岡が城跡芸術展のディレクターとして活躍し、丁寧な仕事で副産物産店にバトンを繋げた。またアートマネージャーであり、霧芸のプロジェクトコーディネーターであるウォン・チャンホワ(通称ケルビン)も24年から参加し、25年は副産物産店の元、会場構成に関わっている。ウォンは亀岡市の文化芸術課に所属している市役所職員で、行政側から霧芸に関わりアートマネジメントやコーディネーションを行っているという稀有な人物である。自国の香港に芸術祭がなかったことから日本の「大地の芸術祭」や「瀬戸内芸術祭」でボランティアとして学びながら芸術祭を研究。2022年には京都芸術大学大学院の文化創生領域に入学して松井利夫の元研究を深め、霧芸に関わることになった。辰巳、奥岡という二人の尽力なしに今古くからこの土地が育んだ芸術家の城跡、引いては霧芸はないというのが野田も副産物産店の二人も話しているところであったし、これからの霧芸の根幹を支えていくケルビンという人物が関わり始めたということも大きい。
様々な人が関わってきた城跡であるが、そうした変遷の中で2025年度はどのような年だったのだろうか。

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山田:たぶん事業費と作家数のバランスが取れてきた年だったと思います。今までは結構自分たちで無茶やってしまっていたところもあって。かなりの数の作家と組み立てていたんですが、現実的なラインで今の方がきっちりやれているかな。でも広報やブランディングが追いついていなくて。 なんか数が単純に減ることイコールスケールダウンに見えたりもするから難しいですよね。


2025年からディレクターを務めている山田は霧芸の初期から関わり、「線を引き続けるためのアーカイブ」以降、直近の関わりには濃淡があった。その上で今回改めて霧芸、そして城跡に注力する形となった。


山田
:何年か離れているうちに見えなくなったところもあったので、2025年度は手探りでなんとかやりました。できるだけシンプルに、小さく着実にやろうという意識というか。


野田:山田さんとは準備期間には全然交流できなくて、定点的に進捗を聞くぐらいになっちゃってたんですが、ディレクターを引き受けてくださった当初から2025年のテーマである「村祭り」という言葉を、めちゃくちゃポジティブに捉えて、当事者意識を持って関わってくれましたよね。アーティストのリストを見た時に、新規で関わってくれるアーティストの作品内容が面白くて、チャレンジしてくれたことに感動しました。地域性もあってか、手仕事がよく見える作品が多くなりがちなんですが、2025年度はもっとコンセプチュアルなものとか、切実性を抱えている作品も結構入っていて。副産物産店のディレクションがちゃんと効いてるなと思って、見てました。


2025年の城跡芸術展には、26名のアーティストが参加している。ヤノベケンジや西野康造などベテランのアーティストから、岡留優や津村侑希など若手まで世代もジャンルも幅広い。参加アーティストはどのように決められているのだろうか。


山田:そもそも霧芸の初期は、松井さんの繋がりでできていて、KIRI CAFEが立ち上がるっていうところが一番最初だと思うんですけど、そこに参加してた学生を先導していたのが武田さんと辰巳くんなんですよ。その二人はそのままきりぶえっていう一般社団法人を松井さんと共に立ち上げますが、この2人のように松井さんが直接引っ張られるっていうのは結構多いですよ。後は霧芸あるいは城跡と相性がいいあるいはこれから何か一緒にやっていけそうな作家さんにお声がけをしています。僕としては作家がもっと運営の方に入ってきてもいいと思うんです。だから最初は僕の隣ぐらいにいて、まずは自由に色々やれる人がいてほしいなっていう意識もあって、2025年度は岡留君とか津村さんとかそういった可能性のある人に声をかけました。

今まではスター作家の力を借りていたこともあったんです。けれどもやっぱり亀岡にゆかりがある人を入れていきたいなということは考えていました。ベテランの作家たちは、作品をふらっと持ってきて設置して、「置いといたからあとは任せるわ」とか言って帰っていくんですけど(笑)、ただそこと一緒にやれる作家とのバランスは保って構成しています。ベテランのスタンスというか自由な感じも好きですけどね。
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城跡芸術展2025:Antenna × ヤノベケンジの空間
実に20年ぶりの共作として注目を集めた。
提供:城跡芸術展

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市民サポーターの存在

城跡芸術展のような広い会場では、誘導や作品の監視、ガイドなどを各所で行ってくれる人が必要になるが、市民のサポーター制度【※2】があり、サポーターが城跡を始め多くの会場で活躍している。本制度は、城跡芸術展が発足した2022年から始まったサポーター制度だが、現在その数は30数名にまで増えており、霧芸にはなくてはならない存在になっている。
 

山田:サポーターは、ボランティアさんとくくれないくらい、霧芸に入り込んでいますよ。毎年新規の人というより、何年も続けてくださっている方もいます。関係性の起点になったのは、たぶん「KIRI CAFE」や「KIRI FARM」じゃないかな。サポーター同士も、作家とも、僕ら運営とも、独特の関係性みたいなものが毎年あるんです。でも年に一回の芸術展でまた来年ってなると、ゼロからその関係性を築き直さなきゃいけないじゃないですか。 それはもったいないし、どう関係性をつなぎとめておくことができるのかっていうので、「KIRI FARM」は始まったんです。最初は週二回みんなで集まって畑を作るみたいなところから始めて。 で、畑を作って種を植えて育った作物をみんなで食べるみたいなことを継続してやっていました。

そこに来てくれていた人たちの中から城跡芸術展を手伝ってくれる人が増えて。最初は十人くらいから始まって、その人たちが次の年のサポーターの中心みたいな役割になってくれたりとか。やっぱり僕らも毎週毎週コミュニケーションを取ってるので、言ってることがちゃんと伝わるんですよね。


野田:3分の1ぐらいはKIRI FARMのメンバーですよね?最初は50代~60代ぐらいの世代が結構多かったそうなんですけど、やっているうちに結構若い世代も増えていて、今回のサポーターとかはかなり若い世代が多いんじゃないですかね。 その辺はなんかどんどん広がっていってる気がします。


サポーターは監視員や、搬入搬出の手伝い、またミュージアムショップの受付や、展覧会の説明などの役割を担っている。城跡だけではなく、単発のプロジェクトにも入りこみ、運営整備においてなくてはならない存在だが、一方でボランティアの方々が気持ちよく働けるよう、また関わり続けてくれるようにマネジメント、ディレクションをする人はまだまだ不足しているという。霧芸はそのプロジェクトの多さから、縦割りになっているところも多く、野田やウォンなどのアートマネージャーが加わったとはいえ、今後の課題として残りそうだ。
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提供:城跡芸術展

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これからの城跡

2026年秋、京都丹波エリア(亀岡市、南丹市、京丹波町)で国内最大級の花と緑の祭典「第43回全国都市緑化フェアin京都丹波」が開催される【※3】。1983年から毎年、日本全国の都市が持ち回りで開催してきたこのフェアで今回特筆すべきは、2市1町による「大会史上初の地方連合での開催」という点と、開催テーマに「アート」が明記されたことだ。テーマは「食農と環境そしてアートで輝く『京都丹波』」——アートは環境・農業と並ぶ三本柱のひとつとして組み込まれた。

亀岡市の文化政策は近年、着実にその輪郭を広げてきている。2020年には霧芸の取り組みが自治体SDGsモデル事業のひとつに位置づけられ、2024年4月には教育委員会が所管していた歴史文化財課の業務と亀岡市文化資料館が市長部局へ移管され、新たに「文化芸術課」が設置された。日本初のレジ袋禁止条例の制定、2023年のオーガニックビレッジ宣言、そして今回の緑化フェア誘致。亀岡が積み上げてきた「先進的な環境都市」としての実績と、アートはいま地続きのものとして語られている。

こうした文化政策を語るうえで、桂川孝裕市長の存在は欠かせない。松井利夫との連携のもと霧芸の立ち上げを主導し、文化芸術課の新設、緑化フェアの誘致と、「文化で街を動かす」という方針を一貫して推し進めてきた。その政治的な推進力がなければ、今の霧芸も城跡芸術展も存在していなかっただろう。一方で、緑化フェアをはじめ催事色が年々強くなっていく状況を見ると、ともすればスケールの大きな可視性、いわゆる「わかりやすさ」への強い引力を感じないでもない。それらと霧芸がこの土地で育ててきた、一見しただけでは語れない種類の豊かさ、アートと様々なものとの関係性とを、どう折り合いをつけていくかは、これからの亀岡の文化政策の中で問われ続けるだろう。

そのただ中で、2026年の城跡芸術展は「風景を引き継ぐ―城跡から亀岡へ」をテーマに掲げた。ここでいう「風景」とは、目に見える景色だけではない。この土地に残る記憶や歴史、人と人との関係、日々の暮らしのなかで育まれてきた文化、そしてこれから新しく生まれていく営みも含まれている。城跡という場所で受け継がれてきたものを、どのように亀岡のまちへとひらき、次の世代へ渡していけるのか。反対に、現在の亀岡で起きている変化や新たな活動を、城跡にどのように持ち寄ることができるのか。城跡とまちを行き来しながら、それぞれの表現を通してこの問いを考えていく場として、今年の芸術展は設計されている。

大本の石垣に囲まれた空間に作品が並ぶ秋の数日間は、亀岡市のアート政策の「顔」であると同時に、アートとは何のためにあり、誰とともにあるのかを問い返し続ける場所でもある。城跡芸術展は、作品と出会うことで初めて気づく土地の記憶や、アートを介してしか生まれない人と人との関係を大切にしながら、今年も続いていく。

提供:城跡芸術展

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関連情報

城跡芸術展2026

注釈

【※1】アートサイト名古屋城

【※2】【城跡芸術展】サポーター募集

【※3】第43回全国都市緑化フェアin京都丹波

‍(上記全URL最終確認2026年10月3日)

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INTERVIEWEE|

野田智子(のだともこ)

‍1983年岐阜生まれ。2005年成安造形大学造形学部写真学科卒業、2008年静岡文化芸術大学文化政策研究科修了。無人島プロダクションにてアーティストのマネジメントや作品販売に携わった後、国際芸術祭の広報などに携わる。2020年よりアートマネジメントとメディアプロデュースを軸にしたアーツプロダクション「TwelveInc.」を美術家の山城大督と共同設立し、アートの環境創造とアーティストとの協働を行う。2015年〜2017年Minatomachi Art Table, Nagoya[MAT, Nagoya]共同ディレクター。2018年〜2019年「あいちトリエンナーレ2019」ラーニングセクションマネジメント、2021年〜2025年国際芸術祭「あいち」ラーニングコーディネーター。2023年〜名古屋城を舞台にしたアートプロジェクト「アートサイト名古屋城」のプロデューサーアーティストコレクティヴ「Nadegata Instant Party」メンバー。2020年より関西学院大学にて非常勤講師を務める。
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山田毅(やまだつよし)‍

美術家、只本屋 代表
1981年 東京生まれ。2022年 京都市立芸術大学大学院博士後期課程満期退学。京都市立芸術大学、京都芸術大学、京都精華大学非常勤講師。京都市立芸術大学芸術資源研究センター客員研究員。映像表現から始まり、舞台やインスタレーションといった空間表現に移行し、ナラテイブ(物語)を空間言語化する方法を模索、脚本演出舞台制作などを通して研究・制作を行う。2015年より京都市東山区にてフリーペーパーの専門店「只本屋」を立ち上げ、京都市の伏見エリアや島根県浜田市などで活動を広げる。2017年に矢津吉隆とともに副産物産店のプロジェクトを開始。2019年春より京都市内の市営住宅にて「市営住宅第32棟美術室」を開設。現在、作品制作の傍ら様々な場作りに関わる。
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矢津吉隆(やづよしたか)

‍1980年大阪生まれ。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。京都芸術大学准教授。京都を拠点に美術家として活動。作家活動と並行してオルタナティブアートスペース「kumagusuku」のプロジェクトを開始し、瀬戸内国際芸術祭2013醤の郷+坂手港プロジェクトに参加。2017年からは美術家山田毅とアートの廃材を利活用するアートプロジェクト「副産物産店」を開始。主な展覧会に「青森EARTH 2016 根と路」青森県立美術館(2016)、「やんばるアートフェスティバル」沖縄(2019)、「かめおか霧の芸術祭」京都(2018~22)など。2022年からはビジネスパーソンを対象とした実践的アートワークショップ、「BASE ART CAMP」のプロジェクトディレクターを務める。

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INTERVIEWEE|

桐 惇史(きり あつし)

NPOでの国際協力活動、教育業界での経験を基軸にライター・編集者として経験を積む。近年はアートを通した言論空間の拡張をキーワードに様々なプロジェクトを実践し、現代社会におけるメディアの役割を再考している。+5(plus five):編集長、ICA Kyoto Journal:Editorial Director

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