シェアミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 観察記 02

シェアミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 観察記 02

シェアミーティング3
2026.06.28
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Photo by Thum Chia Chieh.
現場視察のひとつ、Cultprintの前での集合写真

小さな現場を渡り歩く

1日目のプレゼンテーションは、栃木県鹿沼市を拠点に活動するCenterから始まった。実験音楽・映画を手掛ける河野円と田巻真寛の夫婦が運営する、オルタナティブ・スペース兼ホステルである。パフォーマンスやイベント、ワークショップ、展示などを行っており、昨年からはアーティスト・レジデンスも開始している。長年東京で働いてきた二人は、仕事と制作、そして子育ての時間のあり方を見直すなかで、コロナ禍の影響も契機となり、鹿沼へ移住しこの場を立ち上げた。

鹿沼の位置や環境の簡単な説明から始まり、豊かな自然、祭りや木工細工の組子の文化などが語られた。続いて、彼らのスペースのリノベーションの経緯や、そこで行われているイベントやワークショップの様子が、スライドとともにゆるやかに紹介されていった。

そんななかで彼らが直面している主な課題は、いかに経済的な安定を確保するか、そしてどのように支援の輪を広げていくかという点にあるという。会場からは「最も困難なことは何か」という質問が投げかけられ、それに対して彼らは、ローカルの人たちにとってアートへの関心がまだ十分に広がっていないことだと答えていた。同様の認識は、会期を通じて他の参加者の間にも見られた。

また、この場に登壇していた夫婦は、今回の滞在に二人の子どもを連れて参加していた。家族として地方に移住し、制作と運営、生活を行き来しながら街の人たちや海外からのアーティストたちに関わろうとする。発表の中で語られていた内容以上に、その生き方がひときわ強く印象に残った。

Photo by Thum Chia Chieh
Centerの発表の様子(右のファシリテーターは、Blank Canvasのアルフレッド・チョン)

後日Centerのインスタグラムでの発信を参照すると、彼らは「まちづくり」や「地域おこし」を目的とはせず、自分たちが面白いと感じることに取り組み続ける姿勢を大切にしているという。それでも同スペースは、昨年、栃木県の「キラリと光るとちぎの企業表彰」を受賞している。SNSでの発信を通じて地域外からの来訪を生み出し、文化拠点として機能するなかで、鹿沼市の移住支援事業や地域資源の活用にも関わると評価された。

そうしたあり方は、地域と外部のあいだだけでなく、個人の興味や関心の追求とその持続とも結びつきながら、構えのないかたちで複数のつながりを生み出しているようにも見える。

最初に登壇したCenterの活動には、この二日間を通して繰り返し見られる論点がすでにいくつも含まれており、それは会期全体に共有される問題意識でもあった。以下、いくつかの事例を辿りながら、その一端を見ていきたい。

多くの実践に共通していたのは、制度やアートマーケットからの距離を確保しながらも、それを閉じた自律性としてではなく、他者との関係性のなかで維持しようとする点である。そのなかで、マレーシア・セリイスカンダルのコレクティブであり、スペースやレジデンスも運営するKapallorek Art Spaceは、上下関係ではなく、支え合いの仕組みとして構想されていた。

発表を行ったファドリー・サブランは、2014年に同スペースを立ち上げたアーティストであり、今回のペナンでのシェアミーティングには一人で参加していたが、会場では活動を支える弟の姿も見られた。発表のなかで家族について詳しく語られることはなかったが、アートスペースのない地方都市で場を維持していく営みが、個人の実践だけではなく、身近な関係性によって支えられていることを感じさせた。

Kapallorek Art Spaceでは、新進作家からベテランまでを受け入れながら、展覧会やレジデンス、ワークショップ、パフォーマンス、知識共有の場を継続的に運営している。同地の芸術大学の学生たちも巻き込みながら形成されるその場は、作品を展示するためだけのスペースではなく、人と人とのつながりを育てるためのプラットフォームとして機能していた。

Photo by Thum Chia Chieh
Kapallorek Art Spaceの発表の様子

アーティストという存在を、専門職としてではなく、失われつつある視点や考え方を引き受け続ける態度として捉え直す試みも見られた。山梨の6okkenは、展覧会や作品発表を活動の中心に据えるのではなく、シェアハウスでの滞在やキャンプを基盤としたワークショップなどを通じて、人々が時間を共有するための状況をつくり出している。そうしたあり方は、「アーティスト」という呼称を問い直すものであったようにも思う。

同様の再定義は教育領域にも見られる。札幌のThink Schoolや、インドネシア・ジョグジャカルタのKUNCI Study Forum & Collectiveは、ともに学びを扱いながらも、その方向性は異なる。Think Schoolが地域との接続を土台に人材やつながりを育てていくのに対し、教育やリサーチを問い直し、制度の外側から知の枠組みを組み替えようとしていたのがKUNCIだ。

KUNCIは1999年、スハルト体制崩壊後のレフォルマシ期にジョグジャカルタで設立され、学生運動や社会的不安が続くなか、知的労働を通じて公共空間を取り戻すことを目指して始まったコレクティブである。そのメンバーであるマリア・ウテとアリファ・サフラは、本イベントの会期中もっとも頻繁に言葉を交わした参加者の一組だった。ビジュアル・コミュニケーション・デザインを背景に持つマリアは、出版やデザインを知識の流通を支える手段として捉えている。一方でアリファは、アーカイブやオーラルヒストリーを通じて、女性や周縁化された人々の経験を掘り起こしてきた。

二人は終始穏やかで、休憩時間にもさまざまな参加者と会話を交わしていた。しかし一度話し始めると、その話題は驚くほど深いところまで掘り下げられていく。知識を披露するというよりも、相手の言葉を手がかりに問いを重ねながら思考を広げていく。そのやり取りに触れていると、自らの知識も少しずつ耕されていくような感覚があった。

KUNCIの歴史の長さには、会場からも驚きの声が上がっていたが、そうした歴史的背景のなかで、彼女たちのような知的実践と対話のあり方が育まれているのだと感じた。異なる関心領域や実践を持ちながらも、そうした差異を保ったまま協働していること自体が、KUNCIという場のあり方をよく示しているように思えた。

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KUNCI Study Forum & Collectiveの発表の様子

実践の形態は、スペースの有無に必ずしも依拠していない。大阪のTRA-TRAVELのように、固定的な場所を持たず、プロジェクトごとにパートナーシップを組み替えながら活動する事例もあり、場よりも関係性の構築に重心が置かれている。中国・北京でオルタナティブ・スペースを運営していたDRC No.12も、かつては中国の制度的な制約や検閲のもとでのコミュニケーションから距離を取り、対話のための緩衝として機能する場を設けていたが、その物理的な拠点を失ったのち、スペースに依存しない運営のあり方を模索している。

山形のアメフラシやフィリピン・ケソン市のSpare Bedroomのように、未完成性や小規模性を前提とした運営も重要な傾向として挙げられる。これらの実践では、完成された場の構築よりも、使いながら更新し続けるプロセスが重視されている。特にSpare Bedroomの展示のあり方には、外部のリソースに依存するのではなく、関係性のなかで制作や運営を成立させていく、いわば自給自足のような側面が見られた。作品の販売や規模の拡大を前提としたコマーシャル・ギャラリーのモデルとは対極にある。

Photo by Thum Chia Chieh
6okkenの発表の様子

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Think Schoolの発表の様子

言語と場–––コミュニケーション

また、イベント冒頭で山中suplexの池田佳穂も触れていたが、この場において英語は誰にとっても母語ではなかった。それでも印象的だったのは、互いの発話を急がずに聞こうとする空気が、会場全体に行き渡っていたことである。

例えば、アメフラシの村上滋郎は、自身の発表前に緊張した面持ちで、英語に慣れていないことを率直に話していた。しかし、そのプレゼンテーションに対して会場は終始あたたかく耳を傾け、後のディスカッションでも、その活動に対する敬意が繰り返し示されていた。発話の流暢さとは別のところで、その実践が確かに受け取られていたように思う。

その一方で、フィリピンのSpare Bedroomのアリス・サルミエントの英語は非常に流暢で、しかもかなり早口だった。正直なところ、筆者には追いつくのが大変な場面もあった。とはいえ彼女の語り口には、人に何かを「説明する」というより、自分の生活や場の記憶をそのまま差し出していくような親密さがあった。そのカジュアルで開かれた話し方にも、引き込まれた。

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アメフラシの発表の様子

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Spare Bedroomの発表の様子

語学力の差によって、初めは戸惑う場面もあった。だが二日間を通して見えてきたのは、単に「英語で国際交流を行う」ということではなく、不完全な言葉のまま互いの活動に耳を傾け続ける、その速度と姿勢だった。

こうしたやり取りの感触は、登壇者たちのあり方にも通底していたように思われる。なかでも、学生時代からの友人同士でもある3人のライター、クォン・ジュンヒョンとイ・アルム、ユ・ジウォンによる韓国・ソウルのコレクティブ、Yellow Pen Clubの存在は、会場に明るく親しみやすい空気をもたらしていた。

彼女たちは、いわゆる「制度の外部」に立つというより、美術館や大学といったインスティチューションでの仕事や、国の助成金による活動資金の確保など、複数の立場を行き来しながら活動を続けている。その意味で、自らを「完全なインディペンデント」としているわけではない。

2022年にはYPC SPACEも開設し、展覧会やプログラム、批評的テキストの発信を通じて、既存の制度の中ではこぼれ落ちやすい対話や実験のための空間をつくり出してもいる。重要なのは、彼女たちが「制度の内か外か」という二項対立に自らを当てはめるのではなく、そのあいだを横断しながら実践を組み立てている点だったように思う。

ライターという立場からも、彼女たちの活動には強く関心を抱いた。書く立場にいること──公平性を求められながら、同時に制度や現場とも関わることは、どうすれば可能なのか。今回のプレゼンテーションでは、その点が十分に語られていたわけではない。次の機会には彼女たちと個人的に話してみたいとも感じた。

Yellow Pen Clubの発表の様子
Photo by Thum Chia Chieh

ところでこれらの発表は、時間通りに進行していくだけのものではなかった。制限時間を超えて話し続ける参加者に対し、運営スタッフが終了の合図を重ねる場面もあった。キッズ・スペースからは、子どもたちが観客席の保護者のもとへ駆け寄り、大きな声で話すこともあった。時折視線が外れ、思わず笑みがこぼれる瞬間には、それぞれの実践の背景にある生活の時間が、ふと現れていたように見えた。こうした生活の時間の混入は、各地の実践にも共通する特徴だったように思えた。

マレーシア(ひとつの都市を拠点としない)のMAIXや台湾・台南のZit-Dim Art Spaceのように、分野横断的な協働やコミュニティ形成を軸にした取り組みも紹介された。Zit-Dim Art Spaceは香港・マカオ・台湾のアーティストによる共同運営のプラットフォームとして、展覧会やレジデンスに加え、フィールドワークや自主出版、教育活動などを横断的に展開している。またMAIXは、美術や建築、人類学、木工といった異なる領域の実践者が集まり、文化遺産や公共空間をめぐるプロジェクトを通じて、地域社会との関わり方を更新しようとしている。たとえば学校施設の修復と教育モジュールを組み合わせる試みでは、「保存」と「学習」を切り離さずに捉える実践が示されていた。

Photo by Thum Chia Chieh
Zit-Dim Art Spaceの発表の様子

また、台湾ではかつて美術館やギャラリーの不在を補うためにオルタナティブ・スペースが構想されていたのに対し、近年はコミュニティそのものの形成が重視され、その基盤としてスペースが位置づけられているという変化も紹介された。

会場においては、どのように資金を調達しているのか、あるいは助成金の有無といった経済的な持続可能性に関する質問もしばしば投げかけられていた。この種の問いは、同様の集まりでは定型化されたものでもあるように思われた。

しかしそれらの問いは、実践の具体的な条件を深めるというよりも、制度的な枠組みの確認へと収束してしまう。少なくともこの場においては、助成金の有無をめぐる議論がそれ以上の思考へと展開していく手応えは薄く、どこかで既に答えが用意された問いを反復している印象も残った。

そのようななかで、台湾のZit-Dim Art Spaceは「助成金はドラッグのようなものだ」と表現していた。彼らによれば、助成金をめぐる競争の強まりは、同じ領域に属する実践者同士のコミュニケーションを希薄にしつつあるという。審査基準や審査員の構成を意識してプロジェクトが設計されることで、実践よりも制度への適合が優先される傾向があると語っていた。

このような状況は、助成金が単なる資金供給の仕組みを超えて、実践の構造に影響を及ぼしていることを示している。彼らの発言は、繰り返されていた定型的な問いを少し違った角度から捉え直すものでもあり、会場の関心の向きを、わずかに別の方向へと動かしたように感じられた。

他方で、制度的な議論とは異なる時間軸において、営みの蓄積を主題化する試みも見られた。ネパール・カトマンズのKalā Kuloは、創造的な労働の流れや摩擦を育む非営利の共同イニシアチブである。とりわけ、20世紀ネパール近現代美術史のアーカイブ化という長期プロジェクトを軸に、アーティストの遺族や関係者と協働しつつ、周縁化されてきた実践の記録と再構成に取り組んでいる。その活動は展覧会やパブリックプログラムとも接続され、知識が生成される過程を、開かれた協働として捉え直している。

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休憩時間に歓談する参加者たちの様子

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Kalā Kuloの発表の様子

観客の並びと、食事のずれ

観客の構成にも目を向けると、本イベントには、旅費・滞在費のサポートを受けて参加できる「若手未来枠」として、日本からアートの実践者3名が公募で選出されていた。選考から漏れた者も自費で来場していたほか、タイランド・ビエンナーレ(プーケット)へ向かう前に立ち寄った日本のアート関係者の姿もあった。京都芸術大学のスタディー・ツアーに加わっていた学生たちも同席していた。さらに、マレーシアのクアラルンプールやペナン周辺からも、アーティスト、キュレーター、コーディネーターなど多様な立場の観客が集まっていた。

そのなかの一人であるシエ・ゾーリンは、クアラルンプールを拠点とするアーティストで、現在は郊外に新たなアートスペースとレジデンスの立ち上げを計画している。彼は1日目のプレゼンテーションにおいて、スペース運営やレジデンス・プログラムも手がけるマレーシア・コタキナバルのコレクティブPangrok Sulapによる議論に注目していた。Pangrok Sulapは、木版画制作を中心に活動しながら、農村コミュニティとの協働や教育プログラムを通じて、アートと社会での実践を横断する活動を展開している。そこでは、コミュニティベースのプロジェクトは実施期間中には強い影響力を持ちながらも、プロジェクトのあいだに生じる空白の時期に関係性が弱まりやすく、継続性が課題として共有されていた。

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Pangrok Sulapの発表の様子

その問題を手がかりに、シエはレジデンスという仕組みを再考していた。彼の構想では、スペースを小規模な村に設けることで特定のコミュニティとの継続的な関係性を基盤とし、プロジェクトが毎回ゼロから始まる状況を避けようとしている。過去の滞在者によるリサーチや記録を参照可能にすることで実践の蓄積を促し、長期的なつながりへと育っていく展望について、具体的な手応えを交えながら筆者に語ってくれた。

こうした観客の反応も含め、これらの活動に共通して見られたのは、アートを作品制作や展示に限定せず、生活・コミュニケーション・教育・リサーチを含む広い営みとして捉え直す動きである。制度との関係や他者との関わりの構築、それを持続させる方法といった問いは、異なる文脈を横断しながら共有されていた。そこでは「制度の外部」を想定するのではなく、制度や地域、生活のあいだを行き来しながら、その都度実践のかたちを組み替えていく動きが見られた。この日のプレゼンテーションは、そうした試みが交差する場でもあった。

加えて、この2日間のランチタイムには、ジョージタウンを拠点とするソーシャルエンタープライズ、Angel Communityによるケータリングが用意されていた。同団体は、ひとり親世帯や低所得世帯、高齢者などに就労機会を提供している。そこで作られたスパイスの効いたローカルフードは、香りも味わいも豊かで、この土地にいることをあらためて意識させるものだった。

フロアのあちこちで、発表の続きを小さく話し込む姿が見られた。身振りを交えながら、スマートフォンで写真を見せ合ったり、時に自動翻訳を使って互いの話をしたりする。誰かが持ってきた食べ物を勧め合う場面もあり、プレゼンテーションとは別のかたちで、それぞれの距離が少しずつ縮まっていくようでもあった。昼食の時間は、そうした交流を支える場にもなっていた。

Photo by Thum Chia Chieh
ランチ時、会場には大小さまざまな輪ができていた

しかし、ひとつ気になる点もあった。この時期はラマダン(イスラム教徒の断食月で、日中は飲食を断つ期間)にあたり、参加者の中にも数名ムスリムの姿が見られた。彼らは昼の休憩時間になると席を外し、静かに会場を後にしていた。多宗教共存を前提としつつも、イスラム教を国教とするマレーシアでの開催という点を踏まえると、開催時期については、今後さらに検討の余地があるかもしれない。

スケールの異なる現場を横断する視察

夕方になると、参加者たちは二つのグループに分かれ、ジョージタウンの街へと移動し、異なるスケールの現場を訪ねていった。長時間のプレゼンテーションで少し熱を帯びた頭を抱えたまま、今度は営みが息づく「現場」を訪ねていく。

巡ったのは、旧バス車庫を再活用した広大な文化複合施設Hin Bus Depot、その敷地内で建築家と芸術文化に携わるパートナーたちが運営するコミュニティ・スペースCOEXやRuang Kongsi、そしてアーティストのアーネスト・ザカレビッチとシーナ・リアムによる版画スタジオ兼ギャラリーCultprint by Zach Studioである。

日中の会場では、それぞれの活動はスライドや短い言葉を通して共有されていた。外へ出て共に移動してみると、街の空気や人々の動きに触れるなかで、その場に流れている時間の質感が少しずつ変化していく。ジョージタウンという街のなかで、こうした拠点がどのように存在しているのかも、身体感覚として見えてくる。

各所では現地の関係者が参加者を迎え入れ、活動の経緯や運営方法について説明を行った。参加者からも次々と質問が投げかけられ、予定されていた現地視察にとどまらず、互いの実践を持ち寄る小さな交換の場ともなっていた。

Hin Bus Depotでは、広大な敷地のなかに展示空間やカフェ、ショップなどが点在し、週末ならではのマーケットも開かれていて、人が絶えず行き交っていた。観光客や地元の人々、アート関係者が混ざり合う空間は、ジョージタウンの呼吸そのもののようにも見えた。

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Hin Bus Depotでのマーケットの様子
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Hin Bus Depotのプログラム・ディレクター、ケニー・オンが、施設を案内した
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COEXの創設者で、aLM Architectsの建築家、メイ・チー・ソンがその活動について話す

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Ombak Potehi(中国福建省由来の伝統芸能「ポテヒ(布袋戲)」を継承する団体)のスタジオを訪れる参加者たち

Cultprint by Zach Studioでは、刷りかけの版画や制作途中の作品、作業を続けるスタッフの姿も目に入り、展示と制作、日々の運営が地続きになっている現場の密度が強く伝わってきた。スペースごとに規模も雰囲気も異なっており、その差異も含めてジョージタウンのアートシーンの多層性を垣間見ることができた。

Photo by Thum Chia Chieh 
Cultprint by Zach Studioでの展覧会を訪れる参加者たち
Photo by Thum Chia Chieh
Cultprint by Zach Studioの上階にあるスタジオ部分を訪れる参加者たち

夜には、本イベントの主催者であるBlank Canvasで開催されていた中国人アーティスト、ヘ・アンの個展オープニングへと向かった。ギャラリーには地元のアーティストや関係者だけでなく、近隣住民やアート業界外の来場者も集まり、昼間とはまた異なる熱気が生まれていた。

そのまま隣接するレストランGildaでのビュッフェ形式のディナーへと流れ込み、テーブルごとに会話が入り混じっていく。昼間のプレゼンテーションで語りきれなかったことが、展示空間や食事のあいだに持ち越されるように、途切れ途切れに続いていた。

Photo by Thum Chia Chieh
Blank Canvasでのヘ・アンの個展オープニング
“A Wind-Blown Fire Needs Little Effort”

さらに夜が更けると、一部の参加者たちは、地元の広東系華人コミュニティによって運営される宗教施設へと向かった。そこでは、寺院のような佇まいをもつ空間がクラブイベントの会場へと姿を変えていた。これはCultprintと、ジョージタウンのクリエイティブスペースであるRitual Cafeとのコラボレーションによるものだ。宗教施設、ナイトライフ、(アート)コミュニティという異なる領域が交差するその場において、昼間の発表で語られていた「オルタナティブ」や「コミュニティ」という言葉は、夜には身体的な経験として、街のなかで具体的なかたちを与えられていた。

1日目は、並列的に提示されるプレゼンテーションによって成り立っていた。しかし2日目には、それらの断片が少しずつ交わり、グループでの対話のなかで再配置されていく。会場でやり取りされた何気ない言葉や、夜のオープニングやディナーでの小さな会話もまた、のちに別の場面へと接続されていく。

Courtesy of Cultprint
クラブイベントの様子

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関連情報

山中suplex

ミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 

上記に今回のイベント概要と各参加団体の情報が掲載されている。

・過去のシェアミーティングとレビューについては以下の通り

シェアミーティング「一人で行くか早く辿り着くか遠くを目指すかみんな全滅するか」

『共同体と共同体の出会いから生まれるシナジー』AMeeT

前編はこちら

中編はこちら

後編はこちら

(URL最終確認:2026年6月12日)

シェアミーティング2「つぎつぎに (あつまっては) なりゆくいきほひ」

シェアミーティング2「つぎつぎに(あつまっては)なりゆくいきほひ」

ルポ

<前編:1日目>

<後編:2日目>


WRITER|金井 美樹(かない みき)

芸術文化研究者。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで20世紀美術史を学び、修士号取得。約20年間ベルリンを拠点に欧州各地のアートシーンを取材し、文化庁新進芸術家海外研修員(美術評論)としても活動。『美術手帖』『芸術新潮』『ART iT』などに寄稿するほか、書籍や展覧会カタログの執筆・編集、展覧会コーディネートを通じてヨーロッパの現代アートを日本に紹介してきた。現在はマレーシアを拠点に、研究・執筆に加え、展覧会やワークショップの企画に携わる。国際美術評論家連盟(AICA)ドイツ支部会員。