シェアミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 観察記03

シェアミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 観察記 03

シェアミーティング3
2026.06.30
117
All photos by Thum Chia Chieh.
イベントの最後に撮影されたグループ写真

再び始まる朝–––新しい配置

2026年3月8日。2日目の朝、ジョージタウンの強い日差しのなか、再び同じ会場に人が集まり始めていた。前日と比べると、空気はわずかにほぐれている。すでに名前を覚え合った者同士が声を掛け合い、前夜の続きのように会話を始める姿もあった。

この日のプログラムでは、参加者たちは4つのディスカッション・グループに分かれ、それぞれ異なる議題について対話を行った。進行はBlank Canvasのアルフレッド・チョン、山中suplexの堤拓也、池田佳穂、石黒健一らが担当した。その後、各グループで交わされた内容は再び全体の場へ持ち寄られ、共有される形式が取られていた。

1日目が、それぞれの実践を並列的に提示していく時間だったとすれば、2日目は、その断片を互いに接続し直していくための場として設計されていたとも言えるだろう。もちろん、限られた時間のなかで、異なる状況を十分に理解し合うことは容易ではない。それでも、発表という一方向的な形式にとどまらず、より小さな単位で言葉を交わそうとする試みが、ここでは模索されていた。

このセッションでは、観客や筆者のようなメディア関係者も希望するグループに参加できるようになっており、議論の内部と外部が完全に分けられることなく、その都度それぞれの関わり方を選び取りながら参加できる構成になっていた。

4つのグループのテーマは以下の通りである。

・アーティストと受け入れ側のアートスペースは、レジデンシープログラムからどのように最大限の成果を得ることができるか?

・コレクティブ・ラーニングをどのように促進できるか?

・アーカイブ実践と、実際にアーカイブを必要としているのは誰なのか?

・形式とその限界:私たちの構造は何を可能にし、何を制限しているのか?

グループ・セッションについて説明をする堤と池田

コレクティブ・ラーニングのプロセス

山中suplexの池田が進行役を務めたコレクティブ・ラーニングのグループでは、複数の実践が関わりながら知識や経験を共有し、学びをどのように深めていくのかが検討されていた。

このグループには、Think School、Yellow Pen Club、KUNCI、アメフラシ、そしてまだ発表の機会を持っていなかったマレーシアのReformARTsiのアリ・アラスリが加わっていた。ReformARTsiはマレーシアを拠点とするネットワーク型の連合であり、アーティストや文化実践者を横断的につなぎながら、制度や地域を越えた協働的な活動を展開している。

1日目にも触れた札幌のThink Schoolからは今村育子と高橋喜代史の夫婦、ソウルのYellow Pen Clubからはクォン・ジュンヒョンとイ・アルム、ユ・ジウォンの3名、山形のアメフラシからは村上滋郎、そしてジョグジャカルタのKUNCIからはマリア・ウテとアリファ・サフラが集まっていた。

池田はセッションの冒頭で、ラーニング・プログラムをめぐる4つの問いを提示した。プログラムをオーガナイズする際に何を重視するのか、学びのプロセスをいかに他者と共有するのか、それをどのように持続させるのか、そして展覧会カタログのような形式ではないかたちでアーカイブし得るのか、といった問いである。

開始直後から、参加者の間で話し合いの形式をめぐる小さな調整が即興的に行われ、場の緊張はほぐれていった。持ち寄られた実践や問題意識はその場に確かにあり、やり取りはそれぞれの課題を抱えたまま進んでいく。そのうち大きな白紙には、次々と出されるアイデアが書き込まれていった。

その延長として、このグループの全体発表では、自分たちのセッション内容を再現するのではなく、他の参加者の発言のうち何に関心を持ったかを中心に報告する形式が取られた。一次的な出来事よりも、それを受け取った側の反応や関心が前面に出る構造となっている。そのため発表は、情報の整理というよりも、異なる実践が互いにどのように作用し合ったのかをなぞり直す場になっていた。

この構造により、各コレクティブの境界は開かれ、別の文脈の言葉や経験が入り込むことで、それぞれの実践の関係性が異なるかたちで現れていた。誰の実践であるかという帰属よりも、受け取られ方と引き受けられ方といった過程に重心が移っていく。やり取りは一方向的な報告ではなく、連鎖的な応答の集積へと変わっていた。

池田が進行役を務めたコレクティブ・ラーニングのグループ
池田が進行役を務めたコレクティブ・ラーニングのグループ

耕され、受け渡される時間

Yellow Pen Clubは、アメフラシの実践に強い関心を寄せた。韓国では助成金制度に基づいて年間計画が組まれ、資金も期間内に消化しなければならないのに対し、アメフラシは農業のサイクルに沿って活動し、農家コミュニティと関わりながら四季の変化のなかで学びや経験を共有している点が印象的だったという。そこでは、書くことを中心とする自分たちの実践と対比しながら、学びが生活の経験と切り離されずにある状態が語られていた。

こうしたYellow Pen Clubの発言からは、現在のアートの領域で繰り返し議論されているエコロジーやエコシステムといった問題系が、抽象的な概念としてではなく、生活や時間の運用として立ち上がっているように読み取れた。

これに対してKUNCIは、「種をまくことから始まる」というアメフラシの発想に共鳴を示した。それはローカル性を捉えるうえでの基本的な態度として受け止められていた。

議論はアーカイブの問題へと展開し、Yellow Pen Clubは、ラーニング・プログラムの目的は出来事を固定化することではないと述べた。ReformARTsiがグループ・セッションの中で示したように、学びは移動し、変化し、異なる形で再び現れるものであり、そのプロセスの連続性こそが重要なのではないかという認識が共有されていた。

最終的にこの場を締めくくるかたちで、池田はラーニング・プログラムを単発のイベントではなく、関係性を時間のなかで育てていく長期的なプロセスだと述べた。それは農業に近い営みでもあり、土壌を耕しながら学びや関係性を積み重ねていく時間として整理された。

この発言によって、この場の時間は一度まとめられたように見えた。ただそれは、冒頭で提示された4つの問いすべてに応答するような結論ではなく、途中経過としての整理にすぎない。そのためこの日のやり取りは閉じられるのではなく、各自が持ち帰り、会場にいた人たちが改めて考え直していくための起点として残されたように思われた。

堤が進行役を務めたコレクティブ・ラーニングのグループ
石橋が進行役を務めたコレクティブ・ラーニングのグループ
手前がアルフレッド・チョン が進行役を務めたグループ。立って覗き込んでいるのは観客

アートと政治、そしてサステナビリティをめぐる場

次のセッションでは、ReformARTsiのメンバーとしてだけでなく、アリ・アラスリ個人のアート・リサーチャーとしての実践が語られた。ReformARTsiは、マレーシアの草の根的な芸術連合であり、アリによると219組のメンバーで構成される。2018年にクアラルンプールの舞台芸術コミュニティによって設立された。その活動は、芸術と文化をマレーシア社会の発展における重要な要素とすることを基盤としている。

彼はこれまでの活動を時系列に沿って振り返りながら、政策提言の具体的な内容にも触れた。そこには、国家予算の少なくとも0.1%を芸術・文化に配分することの提案や、芸術・文化およびクリエイティブ経済を包括的に担当する省庁の設置といった、文化政策に関わる要求が含まれている。こうした提言は、制度への働きかけとして継続的に展開されていた。

ReformARTsiのアリ・アラスリ のプレゼンテーションの様子

あわせて彼は、ネットワーク型アーツ・コレクティブの実践を対象とする自身のリサーチについても触れた。マレーシアという開催地の文脈もあり、この国の芸術文化と政治的・制度的な状況が具体的に語られ、ローカルな実践と国家政策が同じ場に置かれる構図は、このセッションの重要な局面のひとつとなっていた。そこには、制度そのものに働きかけ、その変革を視野に収めるラディカルな試みが示されていた。

政策提言、研究、現場実践といった要素はそれぞれに存在しているものの、それらが継続的なネットワークとして統合される構造は、必ずしも一般的とは言い難い。そうしたなかで提示された実践は、活動の射程や規模が一段階大きく示されるものであり、その構想のスケール感が場の認識にわずかな変化をもたらしていた。

最後のラップ・アップでは、オブザーバーとして参加していたベトナム・ハノイのアーティスト・イン・レジデンスAiRViNeのグエン・トゥ・ハンとチャン・タオ・ミエンが、穏やかな調子で全体を振り返った。グエンはシェアミーティング後、AiRViNeのウェブサイトに長文のテキスト「“sustainable(サステイナブル:持続可能な)”と言うときに私たちが意味していること:シェアミーティング3に関するメモ」を掲載している。

彼女はアジア各地のアートスペースやレジデンス施設を巡りながらリサーチを続けており、今回の参加者のスペースのいくつかについても過去に訪問した経験を持っていた。そうした複数の時間的な参照を交差させながら、サステナビリティは議論されていた。最終的に彼女が示したのは、サステナビリティを単なる「場」の存続期間の問題としてではなく、何を築き、引き継ぎ、次の世代へと手渡していくかという営みへと捉え直すことだった。

AiRViNeのグエン・トゥ・ハンとチャン・タオ・ミエン

この二日間は、互いの実践を持ち寄りながら、それぞれが自分の位置を少しずつ確かめ直していく時間だったように思う。そこではまた、他国における政治的状況に触れ、学ぶきっかけにもなっていた。契約書や会計処理といった実務的レベルにおいても、国ごとの制度や助成構造の違いが反映されており、参加者たちは芸術・文化実践が置かれている条件の差異をあらためて確認することになった。

シェアミーティングにおける「シェア」は、単なる情報交換にとどまらない。公的助成だけでなく、地域の人々からのサポートやボランティアの関与など、複数のかたちで支えられている実践では、それらの支えが活動の成立をどのように可能にしているのかを、あらためて意識する契機にもなっていたのではないだろうか。他方で、そうした支えとは異なる条件のもとにある実践にとっては、その制度や環境の差異が、もどかしさとして、あるいは別様の自由さとして浮かび上がっていたかもしれない。

グループ写真の撮影をもって、本プログラムの幕はひとまず閉じられた。これを乗り切った参加者たちの表情には安堵が見られた。家族へのお土産を買いに、会場から急いで去る者がいた。離れがたそうに、あるいは議論の続きがまだそこに残っているかのように、人をつかまえて話し続ける参加者や観客の姿もあった。スマートフォンを取り出し、連絡先を交換する姿もあちこちに見られた。会場はすぐに次のイベントのための撤収作業へと移り、そのなかで熱気だけがゆっくりと薄れていった。

最後のディナーはマレー料理のレストランで行われた。イフタールと呼ばれる、日没後に断食が解かれる食事を参加者全員で囲んだ。食事の前にはムスリムの参加者が祈りの言葉を述べ、場は一度静けさに包まれた。祈りの所作を見守る者や、それに倣う者、ただ待つ者がいた。その後、食事が始まると静けさは次第に会話へと移り、にぎわいが場を満たしていった。

最後のディナーの様子

未解決のままの関係性(最終章)

ジョージタウンから戻り、二日間のセッションを振り返るなか、日本でかつて「地域アート」と呼ばれた現象のことが、頭に浮かんだ。本稿をまとめるにあたり、自室の本棚にあった藤田直哉編の論集『地域アート–––美学/制度/日本』に目が留まる。10年前に出版されたものだが、5年以上は積読されていた本だ。「地域アート」という語が当時ひとつのキーワードとして流通していたこともあり購入したが、どこか腑に落ちないまま、手に取る機会を持てずにいた。

あらためて開くと、そこでは日本各地で行われるアート・プロジェクト–––文化政策としてのアート、地域振興や観光との結びつき、その美学的・制度的意味について、批評家やアーティスト、研究者たちが多角的に論じていた。ただ議論は、現場の実践者や観客の経験に重心を置くというよりも、とりわけ欧米の現代美術批評や社会学的な理論といった言語を手がかりに現象が整理・分析される傾向が強い。

そもそも同書における「地域アート」という呼称自体が、暗黙のうちに中心としての「アート」を据えている。しかし現在、本イベントでも明らかだったように、日本を含む各地の実践は、単一の価値基準や制度的中心へ回収されることを前提としていない。それぞれ異なる歴史や関係性を持つ複数の場として並存している。

こうした変化は、「アート」への評価が西洋中心主義的に形成されてきたという言説を、相対化しつつあることを示している。本シェアミーティング3は、そうした視線の再編成を、アジア各地の実践とその文脈を通じて試みる場でもあった。少なくともそこでは、欧米の理論を唯一の参照点とするのではなく、アジア内部の複数の実践を相互に照らし合わせながら議論が組み立てられていた。

ただし「アジア」もまた、統一的な地域像ではない。「アジア」という新たな中心を立てるのではなく、異なる実践同士の関係を均質化せず編み直していくことが求められるはずだ。そのとき初めて、「地域」や「アジア」は固定化された属性ではなく、既存の中心/周縁構造を問い返すための契機として、ゆるやかに機能し始めるのではないだろうか。

会場に設けられた、参加者たちが制作した出版物のコーナー

二日間のセッションで繰り返し用いられていたのは、コミュニティ、ネットワークといった語彙だった。これらは制度から距離をとる代替的な関係性として、しばしば肯定的に語られていた。本稿でもこれらの語彙を用いているが、それらは一義的ではなく、その都度の文脈のなかで暫定的に参照されるにとどまる。

そもそも「コミュニティ」や「ネットワーク」という言葉は、すべての実践に同じかたちで当てはまるわけではない。今回の参加者のなかにも、すでに強い関係性や継続的なネットワークを形成している実践もあれば、その手前の条件を模索している実践もあった。

また、地域との接続や制度的評価、実践への理解が一致しているわけでもない。コミュニティが成立しているようでも、その内部で何が共有されているのかは必ずしも明確ではなく、ときに当事者自身がそうした呼称を引き受けていない場面もある。

この不確かさには、場を開かれたものとしながらも、その場がどのような判断や選択によって維持されているのかを見えにくくしてしまう側面もある。だからこそ、コミュニティやネットワークを無条件に肯定的なものとして捉えることには慎重さが求められるだろう。

筆者自身もまた、こうした場にメディアの立場から関わりながら、コミュニティあるいは共同体という形式に対して一定の留保を抱いている。それは共同体の否定ではなく、むしろそこに不可避的に伴う排除や包摂の構造への警戒である。その内部には、暗黙のヒエラルキーや発言力の偏り、情報アクセスの格差といった非対称性が潜在している。

とりわけ、水平性や非制度性を掲げる場ほど、そうした権力関係は不可視化されやすい。さらに、参加者間で共有される価値観や問題意識が強固になるほど、異なる立場や経験からの視点が入り込みにくくなり、結果としてエコーチェンバー的な閉鎖性を帯びる危険もある。

こうした問題は、実際の場にも現れている。今回のシェアミーティングも公募制ではなく、主催者によって選ばれた参加者で構成されている。その選別性は、場の密度や共通言語の形成を容易にする一方で、誰がどの基準でネットワークを形づくっているのかという選択の構造を曖昧にしたまま成立している。ネットワークは自律的に生成しているように見えながら、実際には特定の関係性や既知のつながりに基づいたキュレーションによって条件づけられている。

コミュニティやコレクティブを単純に肯定することも否定することもできない以上、その内部でどのような関係性や力学が生じているのかを問う視点が求められる。ただ、本イベントにおいても、その点が明示的に議論されることはなかった。こうした論点はなお、未解決のまま宙づりになっている。そしてこれは、本イベントに固有の問題というよりも、今日的な実践全体に横たわる課題である。

ジョージタウンの夜、ディナーのあとの時間は、それぞれの方向へとゆるやかに分かれていった。二次会へ流れていく者たち、再び街のクラブイベントへ繰り出す者たち、コンビニで菓子や飲み物を買い込み、嬉しそうにホテルへと戻っていくコレクティブの姿もあった。

同じ夜を共有していながら、その終わり方は少しずつ異なっている。街の灯りのなかで、それぞれの最後の時間が柔らかく散らばっていた。異なる国や場所へ戻ったあとも、この二日間の記憶は思い返され、語り直されながら、やがて次の実践へと向かっていくのかもしれない。

開かれたコミュニティやネットワークのあり方を問いに残したまま、本シェアミーティング3の観察記をここで閉じる。

ーーーーーーーーーーーーーーー

関連情報

山中suplex

ミーティング3「地震、雷、火事、親父、病原菌から生まれ出る美術」 in マレーシア・ペナン [ジョージタウン] 

上記に今回のイベント概要と各参加団体の情報が掲載されている。

・過去のシェアミーティングとレビューについては以下の通り

シェアミーティング「一人で行くか早く辿り着くか遠くを目指すかみんな全滅するか」

『共同体と共同体の出会いから生まれるシナジー』AMeeT

前編はこちら

中編はこちら

後編はこちら

(URL最終確認:2026年6月12日)

シェアミーティング2「つぎつぎに (あつまっては) なりゆくいきほひ」

シェアミーティング2「つぎつぎに(あつまっては)なりゆくいきほひ」

ルポ

<前編:1日目>

<後編:2日目>


WRITER|金井 美樹(かない みき)

芸術文化研究者。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで20世紀美術史を学び、修士号取得。約20年間ベルリンを拠点に欧州各地のアートシーンを取材し、文化庁新進芸術家海外研修員(美術評論)としても活動。『美術手帖』『芸術新潮』『ART iT』などに寄稿するほか、書籍や展覧会カタログの執筆・編集、展覧会コーディネートを通じてヨーロッパの現代アートを日本に紹介してきた。現在はマレーシアを拠点に、研究・執筆に加え、展覧会やワークショップの企画に携わる。国際美術評論家連盟(AICA)ドイツ支部会員。