食の風景を「表現」する ― 保存食lab 増本奈穂さんの世界

食の風景を「表現」する ― 保存食lab 増本奈穂さんの世界

保存食lab|増本奈穂
2026.03.25
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 長いテーブルに敷かれた白いクロスには、濃く艶のある葉っぱが舞っているように見えて、よく見るとその葉はフードの上にもひらりと添えられている。

無花果やバゲットや寿司などのフィンガーフードが、その置かれた絶妙な余白と響き合い、まるでテーブルクロスに描かれた絵のようにも見える。

ここは日本画の顔料を使った色彩作家による個展のオープニングパーティでの風景。葉の不思議な浮遊感と、フードのシズル感が絶妙なバランスで、参加された方には強い印象とともに美味しく楽しい記憶が残されたことだろう。

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 2019年11月のケータリング風景

そして気になるのが、こんなテーブルの上の風景をどうしたら思いつくことができるのだろう?というところ。料理や空間がすべて一つになり印象的な食の風景を「表現」している、ともいえるのではないか?

 

このケータリングをしたのは、現在、ケータリング事業や瓶詰めの保存食を製造販売する、保存食labの増本奈穂(ますもと・なほ)さん。

ケータリングという言葉が一般的なものとして認知されるようになったのはいつごろからだろう。日本では江戸時代に多様な料理が発達する中で、手軽に食べられる配達販売の出前や、ハレの日などに自宅へ料理を届ける仕出しなどの飲食文化が存在し、これが現在のケータリングへ繋がる源流のひとつと考えられている。一方、欧米では産業として、19世紀以降に宴会料理の出張提供が始まり、2000年代以降にはプライベートシェフやポップアップ形式など、より個人向けで多様なサービスとして広がり、現在のケータリングサービスへと繋がっているようだ。

2000年代以降、コト消費(体験・経験への消費)の登場とともに、個人がフードイベントを開催する動きが現れ始める。そのひとつの例として、東京では料理研究家の福田里香さんやGoma、CUEL【※1】などが一緒に「EAST-WEST KITCHEN LINE(イースト・ウエスト・キッチンライン)」としてフードイベントを開催するなど、食がイベントの一部として関わるのではなく、イベントの主役に据えられるような体験コンテンツとして捉える動きが加速した。

さらに2020年頃から始まった新型コロナウイルスの流行に伴って生活様式の変化が起こり、コト消費として食を楽しむベクトルが陰を潜める一方で、自宅やオフィスなどで限られた人数によって食を楽しむことができる機能的な側面からもケータリングがより多様化してきたことが現在地だろう。 

そんな中、京都においては2013年ごろから、彗星の如くケータリングをするチームが現れた。

彼女達の名前は「hanauta」。

彼女たちのケータリングの魅力は、ワクワクするような彩りや見た目に、味わいもしっかりと美味しく、非常にバランスが取れているところにある。毎日のように実績報告としてSNSでアップされるそんな彼女たちの食の風景を、いつしか心待ちするようになった人も多かっただろう。

hanautaメンバーの奈穂さんは、芸術系の大学出身ということもあり「私は早い段階で、0からものを生み出すアーティストとは違うと気がついた」と言う。そんな奈穂さんへ、あえて食の世界からの表現について話を伺った。

 

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保存食labの軒先でたわわに実るレモン

 

食材の繊細な変化を感じられる豊かな感受性と、鋭いアンテナ


保存食labのアトリエは出町柳近くの鴨川にほど近い路地にある。取材したのは冬の季節だったが、店先には鮮やかで丸々とした実を膨らませたレモンをたくさんつけた木が目に入る。

町中の路地でレモンの実をこんなに大きく育てるのも難しいような気がするが、奈穂さんはにっこりと笑う。


「植物を植えてすぐには、劇的に変化はしないけど、すこしずつ育つ過程を愛でる長い時間がすごく楽しみなんです。
レモンだったら花が咲いて、その後に小さな実ができてという小さな毎日の変化を、かわいいね、と声をかけながら毎日見つめるような。
干し柿も、そう。柿を干したら放ったらかしではなくて、途中で何度か揉んであげたりするんです。そうすると、上手に粉がふいてきて美味しくなるんですけど、そんな少し手をかけてお世話をすることが好き。屋上で干していて、行ってみたらかわいいね、みたいに声をかけて。ちょっと気持ち悪い人みたいですが(笑)。」


小さくて繊細な変化に気がつくことができて、それを喜びに感じられるのは奈穂さんの豊かな感受性のなせる技なのだろう。


「タイパやコスパなどの即効性が求められるような最近の風潮とは正反対に、私には待つ時間が必要だと思っています。例えば食材を漬け込んで寝かせて1年後の出来上がりを待つという、そういう長い時間を楽しみとして感じることができる。」

 

奈穂さんの出身は京都府北部の京丹後市。家の畑で作物を育て、それを食卓で食べることが当たり前な環境で育った。都会のスーパーでは一年を通して同じような食べ物が並ぶ中、子どもの頃の奈穂さんは季節ごとに畑の変化を感じては、旬の食べ物の美味しさをその時々に存分に味わってきた。


「田舎出身あるあるで、大学進学で京都市内に出てきた頃は、田舎で育ったことをすごくコンプレックスに思っていて。自分の制作の強みは何だろうと考えた時に、むしろ自分のアイデンティティは自分が生まれ育ったところにある、ということに気づいたというか。」


高校の時には、仲が良い友人でも自分とは少し感覚が違って感じるなど、何となく違和感を抱えることもあったという。そんな中、進学した京都芸術大学(当時は京都造形芸術大学)では、自身と似た仲間に恵まれる。


「大学では、水を得た魚のような気持ちというか、とても似た感覚の人がたくさんいて喋りたいことがすぐに通じるように、共通の言語があるような感覚でとても楽しい時間でした。 ただ、同じ学生の中でもすごい方たちのように、0から物を生み出してアーティストになれるかと言ったら自分は違うかもしれない。と、早い段階で気がつけたのも大学の頃でした。」


自分には何ができるだろうと考える中で、自身の育ってきた環境や畑の風景やそこで採れた野菜の美味しさを思い出し、奈穂さんは大学4回生の頃にはケータリングなど食をキーワードにした活動をしていきたい、と考えるようになる。まだ2004年頃のこと。特に関西では「ケータリング」という言葉も浸透していないような状況だった。


「初めて大学の時にケータリングという仕事を知ったきっかけが、CUELという会社だったんですけど、雑誌の『Olive』に載っていた仕事を誌面で気になって見ていて、記憶に残っていました。 料理研究家の福田里香さんも芸術系大学のデザイン科か何かを出てらして、そこからフードの仕事をされて、ということを、高校生の頃に雑誌などで読んだのを覚えていて。そういう情報と自分が育ってきた田舎の風景とが繋がって行ったんだと思います。」


奈穂さんのアンテナはとても鋭く、昔に読んでいた雑誌の1ページやSNSで保存した記事などの膨大な情報が、発想の源になっている。実際に奈穂さんがよく使う「編集」という言葉も、大量にある情報のストックがあるからこそ使える言葉だ。

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喫茶はなれやSocial Kitchenで色々な人と出会いつながる


大学在学中から、自身のポートフォリオとして各季節のシチュエーションでテーブルを飾り撮影をして記録を残したり、友人の展覧会のパーティでフードを出したりといった活動を始める。
大学卒業後は、時間の融通が効くようにと飲食店でアルバイトをしてフードコーディネーターの学校へ通いながら、一人でケータリングを続け徐々に知らない方からも依頼を受けるようになったという。


「まだ屋号も何もない頃で、ケータリングできます!って言って、ジャズクラブのような基本的に乾き物くらいしか出されていないお店などのイベントに呼んでいただき、温かいフードを出させていただいたりしていました。」


そんな中、奈穂さんは、毎週月曜日だけ開かれるサロンのような場所の運営に関わるようになる。


「高野にあった『喫茶はなれ』という場所で、当時大学職員だった須川咲子さんとデザイナーの高橋由布子さんと私とで始めてその後、ディレクターの山崎伸吾さんが入ってきて、一緒に活動していました。そこで私はご飯を作っていて、須川さんが精華大で働かれていることもあって、大学関係者や学生などいろんな人が来ていました。」


2006年から運営が始まった喫茶はなれは、2010年にはSocial Kitchen【※2】として鞍馬口の場所で運営を開始する。しかし、Social Kitchenが始まる頃には奈穂さんは結婚し、第一子が産まれるなど徐々に運営にコミットすることが難しくなってしまう。


「ちょっと関わり方が難しくなってしまって抜けてしまったんです。でも、Social Kitchenをやっていたことが結構自分の中では広がりがあって、いろんな人と出会うきっかけになりました。アーティストの人も来られたし、何だろう、すごく面白くて何か実験的なことができたな、という感じです。」


その後、奈穂さんが33歳の頃に2013年から、同じ子どものいる女性メンバーとともに、食にまつわる提案をするケータリングユニットhanautaの活動を始める。そこからコロナ禍に突入するまでの10年足らずの間に、年間80件を超える注文が押し寄せるような怒涛の活動が幕を開ける。

2013年12月に開催されたhanautaとして初めてのケータリングの様子

 

hanautaのケータリング


hanautaでは、喫茶はなれやSocial Kitchenで出会ったアーティストやアート関係者からの依頼から、京都芸術センターや現代アートのコマーシャルギャラリー、京都市主催の現代アートのイベントのパーティに大学のゼミや歓迎会、セミナー後の懇親会などに至るまでアーティストや美術関係者の注文が多く寄せられたという。


「例えば、加藤泉さんの展示の時には、加藤さんの作品のイメージをケータリングに落とし込みたくて、作品のイメージに近い石を京都府北部の日本海へ拾いに行って使用しました。石のような食材以外の什器は、お客様がフードを食べられた後もテーブルに残り、風景の一部になるので時々使います。」


だんだんとアート関係者に限らず、一般企業を始めアートの文脈外からの注文も多く寄せられるようになる。


「ありがたいことに大手企業さんからはプロモーションイベントだけではなく、社内研修の打ち上げにもご注文をいただいたり、それ以外でもブライダルや個人のパーティなどにもお声掛けをいただいたりして、自分だけでは見ることができない世界を見せていただいたと思っています。」


筆者も、2013年にホテルアンテルームで行われた京都コアネットワークのパーティに参加した際に、hanautaのケータリングを実際に味わっていた。そのころの写真を改めて見ていると、そのテーブルの風景や味わったフードの味もぼんやりと思い出されてくるから不思議だ。それほど、その時のテーブルの風景を鮮烈に感じて、さらに風景だけではなく味もしっかりと美味しいからこそ、強い印象として残ったのだろう。

そして注目するのが、会場で掲示していたメニュー表に書かれた「食べられる木」というメニュー名だ。普通、木は食べられないし、食べようとも思い至らない。

実際は会場で活けられた木の枝に、白いペーパーに包まれた小さなお菓子が結びつけられていた。参加者はそれをひとつずつ外して食べることができる。こうした参加者のアクションを必要とする体験を伴った「食べること」が、記憶に残る美味しさや楽しさに繋がっているのかもしれない。

コロナ禍を経て得た、「考える」しごと


2020年頃から始まったコロナ禍は、密閉、密集、密接という「三密」の空間を避けるよう政府が要請したこともあり、飲食業界は営業自粛を迫られるなど日常の食の風景は一変した。


「コロナ禍の時は、ありがたいことにお弁当のリクエストをたくさんいただいて、それはそれで楽しく活動させていただきました。仕出しのご用命をいただいたり、保存食labの瓶詰め商品を定期的にお客様へ購入いただいて、お送りするような通販サービスもしたり。 同時に考える時間がたくさんあって、それがとても楽しかったんです。商品開発など、じっくり考えないと生み出せない仕事は、私の持ち味をより活かせて楽しくて、とてもやりがいがあることに気がつきました。

その頃は、お返しプロジェクトと言って食材を送っていただいて、それを瓶詰めの商品として作ってお返しする、というようなことをしていました。」


例えば、夏みかんを大量に送ってもらうと奈穂さんがジャムにしてお返ししたり、ハーブをたくさん送ってくださったらソースにしてお返ししたり、というプロジェクトだった。余剰野菜など行先のない食材が、奈穂さんの手によって美味しい瓶詰め商品となり返ってきたら、それはとても豊かな循環といえそうだ。

また2020年5月にリニューアルオープンした京都市京セラ美術館のミュージアムショップで販売した「北山杉コーディアルキット」の制作もコロナ禍の「考える」仕事だ。

 

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「北山杉コーディアルキット」。瓶の中にごろっとした北山杉の木片ブロックが入っている

 

「京都市京セラ美術館のリニューアルに向けて、美術館のオリジナルグッズを開発担当されていたビームス創造研究所【※3】さんからご相談があって。最初はもっと食品寄りの商品を考えていたんですけど、なかなか自分の中で腑に落ちなくて。そんな中、建築史家の本間智希さんと一緒に北区中川地域の北山杉の里を見に行っていた情景が、ふと繋がったんです。これだ!って。」


北山林業はバブル崩壊後、現在に至るまで厳しい局面を迎えていた。主要な生業を北山丸太の生産に特化してきた中川地域においては、多様で現代に見合った生き方や働き方が模索されているような状況だった。

行場のない野菜を瓶詰め商品にしたお返しプロジェクトの時もそうだったように、この北山の状況と、奈穂さんが生み出す商品とが繋がって小さな循環を生み出したいと思ったのだろう。


「私が小さかった頃は京都の産業といえば、お茶に北山杉というくらい、代表的なものに北山杉が挙がるイメージでした。本間さん達と見に行ったその風景との落差に結構ショックを受けてしまって。倉庫にも木材のストックが残っていました。そこで北山杉の香りを取り入れた商品開発ができないかな、と思って、コーディアルシロップのキットを開発しました。しかも廃材を商品にできないかなと思ったんです。

北山杉の小さな木片と、氷砂糖の他に季節ごとのドライハーブやフルーツなどが瓶に詰め込まれているもので、購入してそこへお酒や水などを入れて漬け込んだら、杉の香りが華やかに香るシロップになる、というものです。

ビームスの方にプレゼンをしたんですが、コンセプトの説明で『京都の森を飲む』って言ったときには、え?飲む??ってポカーンとされていたと思います(笑)」

 

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先ほどの「食べられる木」というメニューといい、「森を飲む」というコンセプトといい、奈穂さんの食べることのイメージはどこか独特なところがある。もしかしたら奈穂さんの食べる(=体に取り込む)という感覚は、人よりすこし拡張しているのかもしれない。

だからこそ、奈穂さんの表現する食の風景は、目で見てワクワクするし、口に入れるまでの過程も楽しくさらに美味しい、という一連の「食べること」の前後の行為をも、私たちがワクワクして実感することができるし、伝わる。まさに食べる風景をまるごと、独自に表現をしている。

最後に奈穂さんへ、いつもケータリングの内容を考える時は、どんなことを手がかりにして発想するかを聞いてみた。


「私は見た目やテーブルの風景から考えます。色や形から考えて、次に食材や味に落とし込んでいく感じ。」


本記事の最初にご紹介した、長いテーブルのケータリング準備の裏側をお伺いしていた時も、以下のように話されていた。


「はじめに展示会場でオリジナルに制作されたとても長い木製の什器を活かしたいと思って、ノムラテーラーで長い布を買い、変色の少ない椿の葉っぱを一枚ずつ布に縫い付ける作業をしました。自分の頭の中には完成したイメージができていて、そこに向かって準備します。ケータリングの当日になるまで上手くいくかわからない中で、本当に地味な作業(笑)。 

けれどそんな地味な作業も耐えられるような、思い描いているケータリングの風景が自分自身でも楽しみなくらいでないと、きっと頼んでいただいた方も、手間暇を感じたり驚いてくださったり嬉しくなってくださることにならないと思っていて。

頼んでいただいたことに対して120%くらいでお返ししたいというのがあって、見る人受け取る人がワクワクしたり驚いてくださったりしたらいいなといつも思っています。」

 

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保存食labの瓶詰め商品。季節の素材を活かしたドレッシングやジャム、調味料などがカラフルに並ぶ

 

現在は保存食labの場所で、ベトナム料理のライスヌードル、フォーを主役にした「フォー屋」を開いている奈穂さん。

外に出ていく体力が続かないから、だったらお客様に来てもらったらいいんじゃない?というきっかけと奈穂さんは笑うが、長年大好きで作っていた、季節感豊かな具材が詰まった「フォー」が味わえるお店で、早々に雑誌やwebメディア各誌で取り上げられ大人気店になっている。フォー屋さんがオープンしている時は、瓶詰め商品も購入することができるのでぜひそちらも味わってみて欲しい。

 

 

注釈

【※1】CUEL

日本におけるアーティスティックなケータリングのパイオニア。主宰はハギワラトシコ。発想とスタイリングは世界の料理やあらゆるジャンルのクリエイションを総動員したものでファッションブランドのオープニングやショーを始め様々なケータリングを中心に活躍。コロナ禍の2020年5月にクローズする。

【※2】Social Kitchen

21世紀型公民館として機能することを目指して設立されたSocial Kitchen。多様な背景を持つ人たちが、集まり、会話し、議論し、学び、実践する場として、カフェやイベント、シェアオフィスとして2010年から現在の上京区相国寺門前町で運営している。

 

【※3】ビームス創造研究所

セレクトショップの先駆けとしてファッションやカルチャーを牽引してきた「BAEMS」を運営する株式会社ビームスの中で、ビームス創造研究所は2010年に発足し、ビームスで培われたスタッフ個人のソフト力を、主に社外のクライアントワークに生かす活動を行なう。2020年にリニューアルオープンをした京都市京セラ美術館のオリジナルグッズを監修した。

 

INTERVIEWEE増本 奈穂(ますもと なほ)

京都府京丹後市出身。「保存食lab」主宰。芸術大学を卒業後にケータリング事業を開始。2013年から「hanauta」としても活動。その頃から保存食labのプロジェクトを立ち上げ、出町柳のアトリエを拠点に活動する。京丹後の自家菜園で育てた素材をふんだんに使った瓶詰商品として保存食を製造・販売しながらケータリングも行う。現在はアトリエで「フォー屋」を不定期でオープンしている。

「保存食lab」 instagram

「保存食lab」 HP

「フォー屋」 instagram

 

 INTERVIEWER|島村 幸江(しまむら ゆきえ)

1981年大阪府出身。京都の地元出版社で勤務後、2023年よりフリーランス。食にまつわる文化やアート、カルチャーを中心に編集や執筆を行う。

https://www.instagram.com/yukie_4ma/