岩中可南子さんに聞く、対話と協働のあいだで考えること

岩中可南子さんに聞く、対話と協働のあいだで考えること

アートマネージャー/パフォーミングアーツ制作者/編集者|岩中可南子
2026.07.30
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フリーランスのアートマネージャー、編集者として活動する岩中可南子さんは、日常のなかから立ち上がる表現や、多様な背景をもつ人々との協働に関心を寄せ、パフォーミングアーツの制作やアートプロジェクトのコーディネーションに携わってきた。
展覧会や公演、作品として立ち現れる表現の背景には、それらを支えるさまざまな実践がある。アーティストやキュレーター、テクニカルスタッフなど、異なる専門性をもつ人々が関わる制作現場では、対話を促し、関係を築きながら協働の環境を整える役割も欠かせない。岩中可南子さんは、そうした領域横断的な現場に数多く携わりながら、人と人、人と場をつなぐ実践を続けている。

本稿前半では、岩中さんのこれまでの歩みをたどりながら、その関心や実践がどのように形づくられてきたのかを紹介する。後半では、その経験を手がかりに、岩中さんの実践のなかに見られるアートマネジメントやコーディネーションのあり方をひも解きながら、創作の現場を支える役割について考える。

岩中可南子さん
写真:鈴木竜一朗

文化芸術活動への関心のきっかけ

岩中さんは、大学および大学院では美術史を専攻したが、学芸員や研究者の道には進まなかった。美術系出版社や美術大学での勤務を経て、東京都港区の文化交流施設「SHIBAURA HOUSE(シバウラハウス)」【※1】に入職。企画を中心に広報やスペース運営など、多岐に渡る業務を担いながら約5年半勤務した。
SHIBAURA HOUSEは2011年の開館以来、民間のコミュニティスペースならではの機動性を持ち、地域との近い関係性を活かしながら、アーティストと市民が継続的に関わる機会を育んできた。この場所はシアターコモンズ【※2】をはじめとするさまざまなプロジェクトの受け入れを通じて、創作や発表を支える場としても機能している。岩中さんにとっても同施設での経験は、現在の実践につながる重要な契機となっている。

SHIBAURA HOUSEで開催されたイベントの様子。開かれた空間が、新たな出会いや学び、コミュニティの形成を育む場となっている。

多様な価値観のあいだに立つ

SHIBAURA HOUSEでの活動と時期を重ねて、2015年からは東京都内を中心に始まったアートプロジェクト「TURN(ターン)」【※3】の運営にも携わるようになる。
TURNは、障害の有無や世代、国籍、生活環境などの違いを超えた人々の出会いから、新たな表現や関係性を育むアートプロジェクトである。岩中さんは、運営パートナーであるNPO法人Art’s Embrace(アーツエンブレイス)【※4】のメンバーとして、アーティストや福祉施設、地域住民、行政などをつなぐコーディネーションを担った。

その後もArt’s Embraceの活動には継続的に参加し、福祉と地域をつなぐプロジェクト「上町マーチ」【※5】などに携わっている。こうした活動を重ねるなかで、岩中さんは福祉の場で生まれる、多様な表現や人と人との関わり方への関心を深めるとともに、自身の活動領域を広げていくことになる。
2021年に福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」【※6】が創刊された際には編集部に参加。福祉の現場で日々生まれるものづくりや表現を取材・発信している。

媒体5周年を記念して益子で開催された企画展「福祉とものづくり、場、ことば」。岩中さんは本展の企画を担当。
誌面で取材・紹介してきた障害のある人たちの表現やものづくりの実践を、展示やトーク、冊子を通して紹介することで、「編集」を広義に捉え直す実践の機会ともなった。
写真提供:マガジンハウスこここ編集部/撮影:馬場真海

協働のための対話

── 多岐に渡る活動をされていますが、個人アーティストのマネジメントとしては、白鳥建二さん(全盲の美術鑑賞者/写真家)の活動にも伴走されていますね。白鳥建二さんは、川内有緒さんの著書『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(2021年 集英社インターナショナル刊)が話題になり、その後、同書を原案にしたドキュメンタリー映画【※7】が公開されました。

岩中:白鳥さんと関わるようになったのは、本と映画が出て、すごく忙しくなってきたタイミングです。
それまで白鳥さんと制作をともにしていた、水戸芸術館の学芸員の方【※8】がオランダに行かれたりして。誰かに手伝ってもらわないと回らなくなってきたタイミングで、共通の知人を介して声をかけてもらったんです。忙しい時には月に何箇所も回って、鑑賞会をやったり、上映会のアフター・トークに呼ばれたり。白鳥さん自身が写真家としての活動もしてるので、写真の展示で声をかけてもらうこともあります。イベントの企画を一緒に考えたり、現地に行って対応したり、事務的なことをやったりもしています。


── 時期的にも法改正に伴うアクセシビリティへの取り組みや対話型鑑賞みたいな関連プログラムが美術館や公共の施設のなかで増えた時期だと思うのですが、そんななか、美術館や施設側から白鳥さんにお声がかかりやすかったというのはわかる気もします。

岩中:白鳥さんは、目は見えないですけど、会話しながら作品を鑑賞する活動をずっとやっています。教育的な視点でプログラムを期待されることもあるんですが、白鳥さんとしては、その場に集まった人とワクワクする時間を過ごせたらいい、みたいな感じなので、そこはギャップがないようにしたいなっていうか。美術鑑賞にメソッドをもちたくないという意味では、「対話型鑑賞」という言葉もあえて使わないようにしています。


── 異なる立場や期待がぶつかることはあると思います。そのような摩擦が生じたとき、岩中さんはどのような役割を担っていると感じますか。

岩中:マネジメント側としては、白鳥さんが大事にしていることがちゃんと実現できるように、そして、依頼いただく方の希望ともマッチするように関わりたいな、と思っています。これはほかのマネジメントでもそうですが、ズレたまま進むと互いにとって良くないので、お互いのやりたいことができる「あいだ」を探ったり、ときにはやらないという判断も必要かなと思っています。

白鳥建二さんが独自に生み出した「自由な会話を使ったアート鑑賞」の実践。全国の美術館や文化施設から関連イベントや鑑賞ワークショップの依頼が寄せられている。
写真:鈴木竜一朗
目黒区美術館「ベルギーと日本」展」


「関わる」ことの専門性

── 国際芸術祭「あいち2025」では、金滿里(キム・マンリ)さん率いる「態変(たいへん)」【※9】の新作公演に関わっていらっしゃいました。「態変」は、「身体障害者の障害じたいを表現力に転じ、未踏の美を創り出すことができる」という金滿里さんの考えのもと、「身体障害者にしか演じられない身体表現を追究している」パフォーマンスグループです。岩中さんは、「あいち2025」にはコーディネーターとして、また2026年の5月に開催された韓国公演へも同行をされたと伺いました。

岩中:韓国へは、ツアーマネジメントとして同行をして、カンパニー、劇場、現地運営スタッフのあいだに立ちながら、公演実施に向けた調整をおこないました。パフォーマーには介助者の方もついて、そのほかカンパニー側にも劇場側にもスタッフがついていたのですが、移動や宿泊に関する調整ごとは多かったです。

態変の『BRAIN(ブレイン)』韓国ツアーチームと
ⓒ Sang Hoon Ok

──韓国公演の会場となったモドゥ芸術劇場(MODU ART THEATER)【※10】は、「障害のある芸術家が多様な芸術分野で活動するための制作・発表を支援する」ことを理念に、アクセシビリティを舞台芸術の前提として実践している劇場です。コーディネーターとして調整のし易さや逆に難しさを感じた部分はありますか?

岩中:アクセシビリティに特化した劇場なので、設備やサポート体制など、とても充実していて参考になりました。ただ、「バリアフリー」と一言で言っても必要な設備や対応は人によって異なるため、それぞれに応じた調整が必要です。情報として知っているだけでなく、現場での実践を重ねないと、その想像力を養うのは簡単ではないなと感じました。


──渉外的な部分ではいかがでしょうか
岩中:「態変」は、とても強い信念と態度を掲げたカンパニーです。障害のある人たちがこれまで社会から受けてきたことや、自立運動の歴史などを踏まえて、例えば「障害」についてどのような距離感でどう語るのか、メディアへの発信の仕方なども、一つひとつ丁寧に考える必要があります。金滿里さんに誘ってもらい、津久井やまゆり園での事件【※11】に対する追悼アクションに参加したのですが、その経験は、自分にとっても大きな意味がありました。


──現場で必要なことを理解し、翻訳し、環境を整える。白鳥さんも態変に関しても、障害の有無や専門知識があること以上に、「関われる」ということが大事なのですね。

役割を固定しない働き方

──現在のようなフリーランスという働き方を選ばれた背景を教えてください。

岩中:プロジェクトごとに人が集まって、その現場で自分はどういう役割を担うのがいいのか、その都度考えながら関わっています。プロジェクトに向けて集中して、終わったらまた散っていく、みたいな(笑)。そういうやり方が、自分には風通しがいいんです。
現場ごとに良いところもあれば課題もあるので、その良いところをまた次に活かしていくこともできる。固定化されず複数のところに所属したり、複数のプロジェクトに関わり続けたりするのは、自分にとってすごくヘルシーな働き方だなと思って、フリーランスを続けています。


──自身の仕事をどう定義するかによって、依頼される仕事や期待される役割も変わると思います。ご自身では肩書きをどのように選び、更新してきましたか?

岩中:肩書きについてはいつも悩みますが、アートマネージャー、制作、コーディネーター、編集者など、現場に合わせて使い分けています。「いろいろやってるね」と言われることもありますが、大きな意味でアートや表現と社会をつなぐ、あいだに関わる、という意味では、自分としてはそんなに違いはないんです。

例えば、先日ウェブマガジン「こここ」で展示企画を行いました。普段、編集の仕事として、活動を取材して発信することと、実際に作品やプロダクトを展示空間で紹介することは手法的には全然違いましたが、届けたいものや姿勢としては変わらず、やはり「こここ」の活動の一環なのだと感じました。なので、肩書きや手法にはあまり拘らず、やり方を変えながら届ける方法を考えていきたいな、と思っています。

また、劇場や美術館で作品を発表するだけではなくて、地域に出ていく活動や福祉の領域とアートが交わるところ、さまざまな背景をもつ人たちが一緒に表現する場に興味があります。そういう場であれば、コーディネーターであれ、制作であれ、広報であれ、自分ができる役割として関われたら、という感じです。そのプロジェクトが目指していることに共感できるとか、自分もここでやりたいことがあると思えたらご一緒する、という感覚なので、肩書きはプロジェクトに合わせて後からついてくるくらいでいいかなと思っています。


──現場ごとに役割が変わるなかで、ご自身の仕事に共通するものは何だと感じていますか。

岩中:それぞれのプロジェクトや関わるアーティスト、現場によって、やることは変わっていくのが実態です。実務的なタスクをこなすだけではなくて、それぞれの現場に寄り添いながら、柔軟に変わっていくことも必要なんですよね。決まったやり方があるわけではなく、その都度つくり上げていくような仕事です。そういう意味では、回数を重ねるごとに上がっていくスキルももちろんあるけれど、「毎回現場は違うんだな」ということを、いつも新鮮に学んでいる感覚があります(笑)。


──お伺いしていると、肩書きや職種があるから役割が生まれるのではなく、制作の現場そのものが、人や専門性をつなぎ、対話を重ねながら協働の形をつくっていく営みであることが見えてきます。アートマネージャーやコーディネーターという言葉も、そうした実践のあり方を後から捉えたものなのかもしれませんね。今後やっていきたいことや関心をよせていることはありますか。

岩中:アートマネジメントのような役割は、表には見えにくいけれど、アートや活動が社会に届くためにはなくてはならないものだし、表現が立ち上がる場に立ち会える、面白くて刺激的な仕事だと思っています。こういう仕事に興味をもつ人がもっと増えたり、若い人が入ってきやすい環境があるといいなと思っています。最近は、バッテリーというプログラム【※12】 にメンターとして関わっていたり、美大で講師をしたり、自分より下の世代の方と接する機会も増えてきました。ネットワークを築いたり、現場を超えて知見を共有したりするような活動にも関わっていきたいなと思っています。

注釈

【※1】SHIBAURA HOUSE(シバウラハウス)
2011年に東京都港区芝浦に開設した、社屋兼コミュニティスペース。民間企業(株式会社 SHIBAURA HOUSE)が運営をおこなう。地域住人に開かれた場として、多様なプログラムを実施するほか、国内外アーティストを招いたイベントの実施、レジデンスなど年間100件近いイベントをおこなう。

【※2】シアターコモンズ
港区内に拠点をもつ国際文化機関、ゲーテ・インスティトゥート東京、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、オランダ王国大使館とNPO法人芸術公社が実行委員会を形成し展開する、演劇の「共有知」を活用し、社会の「共有地」を生み出すことをテーマとしたプロジェクト。港区を中心に複数会場で公演や関連イベントが実施される。

【※3】TURN(ターン)
東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、特定非営利活動法人Art's Embraceが主催し、アーティスト・日比野克彦の監修のもと2015年に始まったアートプロジェクト異なる背景や習慣を持つ人々が関わり合い、多様な「個」の出会いを生み出すことを目的とし、「交流プログラム」を核に、「TURNフェス」や「TURN LAND」などを展開。一人ひとり異なるすべての人に届く新たな文化的体験の創出を目指している。

【※4】NPO法人Art’s Embrace(アーツエンブレイス)

【※5】上町マーチ
世田谷にある就労継続支援B型事業所「上町工房」が主催する、福祉と地域をつなぐプロジェクト。Art's Embraceが企画運営を担った。

【※6】こここ
「個と個で一緒にできること」を合言葉に掲げ、マガジンハウスが2021年4月に創刊したウェブマガジン。福祉をたずねるクリエイティブマガジンとして、福祉発のユニークなプロジェクト、プロダクト、カルチャー情報から、現代社会を捉えるための思想や書評、対談まで幅広い情報を紹介する。

【※7】「目の見えない白鳥さん、アートを見にいく」2022年 / 日本 / カラー / 107分 / 16:9 / STEREO / DCP / 製作・配給:ALPS PICTURES INC.
監督:三好大輔、 川内有緒

【※8】水戸芸術館現代美術センターの学芸員(教育普及担当)を経て現在、フリーランスのアートエデュケーターとして活動する佐藤麻衣子さん(通称:マイティ)。2021年からオランダ・アムステルダムにわたり、障害のある人に向けた美術のプログラムのリサーチなどを行う。

【※9】態変(たいへん)

【※10】モドゥ芸術劇場(MODU ART THEATER)
モドゥ芸術劇場(MODU ART THEATER)は、韓国・ソウルに2023年に開館した、障害のある芸術家の創作活動を支援する韓国初の専門公立劇場。舞台・客席・楽屋・リハーサル室まで一体的にバリアフリー化され、手話通訳、字幕、音声ガイド、リラックス・パフォーマンスなど多様なアクセシビリティを備える。障害の有無を問わず誰もが創作・鑑賞できる「ユニバーサル・シアター」を理念として運営されている。

【※11】2016年(平成28年)7月26日未明に日本の神奈川県相模原市緑区で発生した相模原障害者施設殺傷事件

【※12】アートマネージャー・メンターシッププログラム『バッテリー』
NPO法人Explat、一般社団法人ベンチが主宰する、舞台芸術分野において、カンパニーに所属している、あるいはフリーランスの制作者(アートマネージャー・プロデューサーなど)にフォーカスしたメンターシッププログラム

INTERVIEWEE|岩中 可南子(いわなか かなこ)

1981年東京都葛飾区生まれ。早稲田大学大学院文学研究科美術史専攻修了。2012~2017年民間企業が運営するコミュニティ・スペースSHIBAURA HOUSEの企画職。2015~2021年“違い”を超えた出会いで表現を生み出すアートプロジェクト「TURN」の現場コーディネーターを担当。2021年4月から福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉編集部メンバー。日常から生まれる表現や、多様な背景をもつ人々やコミュニティとの協働作業を通じた表現活動に関心を持ち、アートマネージャー、パフォーミングアーツの制作、編集者として活動。


INTERVIEWER|奥田奈々子(おくだ・ななこ)

アートマネージャー|編集者
1982年東京都出身。新聞社勤務を経て、建築雑誌、ウェブ、美術インタビュー誌の編集者として活動。その後、山口情報芸術センター[YCAM]を経て独立。情報制作を軸に、アートプロジェクトのリサーチから記録、広報、マネジメント、事業の開発までを行う。まだ言葉になっていないテーマや構想を見つけ、プロジェクトとして育てていくことを実践している。