多くの人々が行き交う渋谷駅前のスクランブル交差点を通り抜け、公園通りの坂を上がった先に建つ渋谷PARCO。1973年の開業時から常に時代の最先端を行き、約3年におよぶ建て替え工事を経てなお、ファッション、アート、演劇や映画、音楽、そしてマンガやアニメなど、あらゆる文化の発信拠点として歴史を刻み続けている。
2020年春、偏愛とカオスに満ちたこの街へ帰ってきた新生PARCOの上層階に、ゆるやかで風通しが良く、しかし切実な熱量を帯びた空間が新たに生まれた。10代のための全くあたらしいクリエイティブ教育の場「GAKU(ガク)」だ。
ファッション、建築、デザイン、文学と、多様なクラス(講座)が展開されるなか、2024・25年度と2期にわたって開講した「歓待としてのキュレーション」では、インディペンデント・キュレーターの池田 佳穂(いけだ・かほ)さんが講師を務めた。今回は、GAKUの中でもとりわけ「歓待としてのキュレーション」に着目し、池田さんと、GAKUを運営する事務局長の熊井 晃史(くまい・あきふみ)さん、事務局スタッフの佐藤 海(さとう・かい)さんの3名に、開講の背景や大切にしたこと、集った受講生たちやクラスの様子、GAKUという場で今まさに育まれつつある「学び」の本質とは何か、じっくりと伺った。

GAKUがスタートした2020年2月は、世界がコロナ禍に見舞われ「不要不急」という言葉が飛び交いはじめる直前だった。GAKUファウンダーの武田悠太さん(ログズ株式会社)【※1】は、自身の子育てをひとつのきっかけに「10代のための教育をやりたい」とGAKUを構想。ワークショップの実践を長年続けてきた熊井さんに声をかけたことが、全ての始まりである。
しかし熊井さんは当初、その誘いを断り続けていたという。
熊井:僕は大学を卒業してからNPO法人CANVASの立ち上げ期から関わり始め、10数年ほど主に子ども向けの創造性教育の研究と実践に取り組んできました。ただ、未就学児から小学生ぐらいの年齢層に向けたものが多かったんですよね。10代向けの学びの場づくりは、正直、事業として運営していくこと自体が難しいだろうなと思っていました。
10代の子たちって毎日忙しいですからね、そういう場があったとしても、行きたくても行けないですよね。余白がない。それに、「創造性教育」が、「イノベーションに貢献しようぜ」というような姿勢で語られていることも多かったので、僕はそこに強い違和感を抱いてもいました。
いろいろと迷い悩みながらも、武田さんの熱意に押された熊井さん。「事務局のスタッフを生徒たちと同世代か少し上くらいの方にするなら」という条件付きで、GAKUの事務局長を引き受けることにした。そして掲げたのは、もっと切実なものとしての「創造性」の再定義だ。
熊井:詩人の吉野弘さんが、「創造性の創とは、絆創膏の創だ」という言葉を残しています【※2】。つまり、創造性とは「傷」なんです。傷があるからこそ、それをどうにかしようとして立ち上がってくるものがある。クリエイティビティにおける「傷性」みたいなものをどう考えていくか、そして僕らがどうやってこの世界を生き抜いていくか。そんな「サバイバルのテクニックとしての創造性」を、この場所で真正面から語り直したい、と思ったんです。
この「サバイバル」という言葉は、GAKUという場を読み解く上で極めて重要なキーワードだ。それは単なる知識の習得ではなく、正解のない時代を自力で生き抜くための「野生の知」を会得する実践であり、開講しているクラス全体に通底している。
事務局スタッフとしてGAKUの運営に関わる海さんは、まさにその「サバイバル」を体現してきた一人と言えるかもしれない。都内の美術系高校に通い、生徒会長まで務めながらも、既存の学校教育の制度に対して強い違和感を抱いてきたという。
海:私は自分のやりたいことが明確にあったわけではなくて、逆に、やりたくないことがはっきりしていたんです。毎日学校に通うのも好きじゃなかったし、早くここから離れたいという気持ちが強かった。高校を卒業して、もう大学はいいかな……と思っていた頃、アルバイトをしていたギャラリーが、熊井さんがディレクターを務めていた子ども向けのワークショップイベントに携わっていて、そこで熊井さんに出会い、流れるままにGAKUの立ち上げに関わることになりました。
海さんをはじめとする事務局スタッフの多くは、教育に関して専門的に学んできたわけではないそうだ。そんな彼らがGAKUを運営することで、良い意味で独特の「場のゆるさ」と「安心感」をもたらしている。
GAKUの空間を毎週木曜日の15~20時に無料で開放する「ジシュウシツ」【※3】では、10代の子たちが自由に集まり、宿題や読書をしたり、ものづくりをしたりと、共に時間を過ごしている。海さんら事務局のスタッフや講師も、思い思いに仕事をするなどして過ごしているそうだ。
また、新たなクラスの開講に伴って受講生を募集する際は事務局スタッフが参加希望者ら全員と個別に面談を行い、ときに彼らが抱える「生きづらさ」や社会への「問い」にも、丁寧に耳を傾け、対話を重ねているという。
海:GAKUに来る子たちは、何かを探し求めている子が多いですね。学校に行っている子も行ってない子も、いろんな人が「ジシュウシツ」にふらっと来て、お菓子を食べながら誰かとお喋りしていたり、GAKUでのクラスが終わった後も関係性が続いていったり。ジシュウシツの取り組みは2020年からずっと続けていますが、段々と場がいい感じに育ってきたなぁという実感がありますね。ここから勝手に新しいプロジェクトが始まったり、ときにはカップルが生まれたりもしていて。そういう、私たちが把握しきれないことが起きている状態が、一番いいなと思っています。
そんな海さんは、かつてお世話になっていた版画家の先生からのバトンを受け継ぐ形で、現在は母校の高校に教える立場で通っているそうだ。たとえ流されるようであっても、「自らが受け取ったものを起点に学ぶ」という彼女のスタイルは、GAKUが目指す「能動性だけではない学び」のモデルケースと言えるだろう。またGAKUに関わる全員がいくつかの仕事を掛け持ちながら活動する、という複業スタイルであることも、実は「誰かの人生に伴走する」という教育の本質を丁寧に担保しているかもしれない。
熊井さんは、海さんのような若い世代の事務局スタッフらが、自らの「やりたいこと」も起点にしながら、クラスが立ち上がっていくプロセスを大切にしている。それは、互いに尊敬し信頼し合った熊井さんと海さんのほがらかでフラットなコミュニケーションの様子からも感じられた。20歳以上の年齢差がある事務局チームが、GAKUという場を愛着を持って運営していることが伝わってくる。

「10代のためのあたらしいクリエイティブの場」を掲げるGAKUの最大の特徴は、開講されるクラスの多様さとテーマの深さだろう。GAKUディレクターの山縣良和(やまがた・よしかず)さんは、ファッションブランド「writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)」のデザイナーであり、ファッション表現の実験と学びの場として「coconogacco(ここのがっこう)」を主宰する人物だ。GAKUでは「ナラティブとしてのファッション」というクラスで受講生と対峙している。
また、世界的な建築家 伊東豊雄さんが塾長を務める「伊東建築塾」と運営する建築のクラスは今年度、6期目が開講された。
ほかにも、都市を舞台にグラフィックデザインを学ぶ「グラフィックデザインの拡張」、集団創作の可能性を探求する「新しい演劇のつくり方」、母語ではない言語で書かれる「越境文学」を通して誰もが持つ越境性を見つめる「越境文学サロン」など、大人も参加したくなるユニークなクラスばかり。いずれも単なるスキルや知識の習得ではなく、10代の日常に思いがけない出会いと刺激をもたらすであろう内容である。



熊井:分野ごとにカテゴライズしてはいますが、あくまでも受講にあたっての入口としての設計です。受講生には、カテゴライズしてきっちり学んで、というより、領域横断的にどんどん混ぜこぜにしていった場で、いろんなクリエーションのあり方にふれてほしい、という想いが一番です。だから授業の見学等も、なるべく受け入れたいと思っています。
各クラスを紹介するページに掲載したメッセージや概要の文章も、とても長いのですが、敢えてのものです。なぜなら「ステートメントドリブン」にしたいから。いわゆるカテゴライズされたレイヤーとは別の次元で、抽象化したコンセプトやキーワードから、いろんなことを考えてもらいたいな、と。それに受講生たちは案外、この長文をきっちり読み込んで参加してくれているんですよね。
海:私自身もそうでしたが、10代って、やりたいことがまだ目の前に現れてない、名前が見つかってない、って場合がすごく多いと思うんです。現場にいるスタッフのスタンスとしては、GAKUの場がそれを見つける手がかりになったり、いろんな可能性が拓けたりするようなものになったらいいなと思います。

池田佳穂さんによる「歓待としてのキュレーション」も、非常に興味をひかれるクラス名である。そもそも「歓待」とは、心を込めて手厚くもてなす、という意味の言葉だ。
熊井:中世の時代から、ヨーロッパでは巡礼の旅人や宗教者をもてなす「異人歓待」という考え方がありますが、教育を「異人歓待」として捉えてみると、教育とは異なる他者を迎え入れる、つまり、この世に新たに誕生した人々を迎え入れる作法、とも言えます。ですから、教育こそ歓待的であるべきでは、と思っていました。また、新しいアイデアや存在を迎え入れるという意味では、アートキュレーションもまさにそのような営みのはずです。池田さんのキュレーション、キュレーターとしての在り方がまさにだな、と。自然に決まっていった言葉でした。
「アートキュレーション」をテーマにしたクラスにおいて、キュレーターの仕事をある種擬似体験するだけではなく、キュレーションという言葉自体を問い、そこから10代独自の実践に繋げるにはどうすればいいのか。運営側の協議を経て立ち上がった「歓待としてのキュレーション」は、半年にわたって、「新しかったり異質だったりするアイデアや存在を迎え入れ、未来を拓く」営みとしてキュレーションを学び、実践していく内容だ。

熊井:GAKUはラディカルでいたいんですよ。 ラディカルという言葉には「急進的」って意味だけではなく、「根っこ」っていう意味もある。根本的でいたいんです。
先ほどサバイバルの話をしましたが、「生き抜く」っていうことを考えたときにも、やっぱりこのクラスの講師は池田さんがいいな、と。海さんとGAKUのチラシを持って、池田さんがインディペンデント・キュレーターとして関わっていたBUG【※4】へ会いに行ったんです。
池田さんの活動やキュレーション観の基盤にあるのは、広告代理店を退職後に巡った東南アジアで、現地のキュレーションカルチャーに触れた経験だ。インドネシアで活動するアート・コレクティブ「ruangrupa(ルアンルパ)」【※5】のメンバーをはじめ、各国で出会ったアーティストやアートワーカーらとの交流を通して、いわゆる西洋のアカデミックな博物館学に沿ったキュレーションではない、人とのつながりや交流から広がっていくキュレーションを体感する。
池田:私はキュレーションを行う際、インドネシアで出会った「Exhibition As A Social Playground」つまり「社会的な遊び場としての展覧会」という言葉を大切にしています【※6】。私にとってのキュレーションは、作品のためだけの場を作ることだけではなく、どうすれば異なる他者や価値観を受け入れられる「共有地(コモンプレイス)」を作れるか、という問いも含んでいるんです。熊井さんと海さんと、長時間にわたっていろんなお話をさせていただく中で、「もしかしたらこういうことも授業に盛り込めるかも」みたいなアイデアがいくつも出てきて。そのときには、これはぜひご一緒したいな、という気持ちがかなり固まっていましたね。
キュレーションを考えるとき、通常であれば、美術史など大きな文脈を意識して、そこでどういう応答ができるかを出発点にすることが多い。ただ10代を対象としたGAKUではそういった大きな話より、受講生たちに、自分たちが関わる渋谷という街のことや生活の中で大切にしていることなどを、どうやって他者に伝え共有できるか、感じたことを整理しどのような場を設えるべきか、といったより実践的なキュレーションのあり方を一緒に考えたかったと池田さんは言う。
池田:2024年に開講した第1期では、キュレーションのプロセスを丁寧に分けて組み立てていきつつ、渋谷という街のことをまず知ろう、という授業を盛り込みました。Chim↑Pomの林靖高さんをお招きして、過去の渋谷の話を聞いてみんなでぐるぐる回ったり、また渋谷で人を緩やかに集めて踊り、語り合う場を自主的に続けているダンサーのAokidさんと実際に踊ってみたり。何か情報として検索して得るのではなく、まず自分の身をそこに置いてみる、話をしてみる、時間を一緒に過ごしてみる、といった実践を行いました。
その締めくくりに行った成果展示では、「渋谷で『いきいき』生きるためのレシピ」として、受講生たちが「都市の中で組体操する」「夕方の渋谷上空で呼吸する」といった、自身の身体感覚に基づいた極めて個人的で切実な表現を提示していきましたね。


2025年度に開講した第2期では、キュレーターのリサーチャーとしての側面にフォーカス。池田さんが続けている「池田BAR」の実践例を具体的にシェアしながら、受講生それぞれが自分なりの都市でのリサーチとアーカイブ方法を考案していった。
「池田BAR」は、2017年に始めた居酒屋形式のプロジェクトである。池田さんが声をかけた多種多様なジャンルの共同店長たちと、飲食提供のほかに、ライブや展示、トーク、パフォーマンスなどを実施し、拠点とする高円寺以外にも国内外の滞在先でも開催。現地のアーティストや住民らと関係を築きながら、その地域のリサーチにもつながっているという。
クラスでは、受講生らが互いにアイデアを共有しフィードバックやコメントを贈り合いながら、実践のために必要なものや考えるべきポイントを検討したのち、それぞれが考案した「キュレーション的なリサーチ方法」を渋谷の街で実践。その様子は写真やメモ、スケッチ等でアーカイブしていき、追加リサーチなども重ねていったそうだ。

池田:例えば第1期に続いて第2期でも、授業でピクニックの話をしました。ピクニックに行こうとするとき、どんな人たちが参加するだろう、それならどんなお弁当や飲み物がふさわしいかな、喜ばれるかな、とイメージしますよね。何を準備し、どう場を整えるかを考える、というピクニックの準備は、立派なキュレーションであり、他者を迎え入れてもてなす「歓待」の作法だと言えます。
私は「池田BAR」で場を開くことで、そこにいるプレイヤーたちを自然な形で知ることができていますし、地域の文脈も歓待することにつながっていたので、第2期はその手法をもう少し深掘りするかたちでクラスを展開しましたね。
熊井:その手法と言ったときに、「答え」のようなものがどこにあるのかということの認識を深めていくことが必要だと思っていたんですね。たとえば、答えをセレクションし遠いところから持ってくることは、結局、答えが自らの外にある状態、と言えます。それがキュレーション的だ、とも言えますが、ともすれば「選ぶ側」の視点が植民地主義的にもなります。しかし池田さんの実践は、身近なところにも目線を向けて、まず「承認」しています。ただ、それが難しい。
池田:そもそも自分の中で「承認」できていないが故に共有もしづらいこと、ってありますよね。そういった身近にある切実なトピックを、どうやったら他者と共有できるか。そのためにはまず、自分自身の感覚を「承認」してあげることが必要だな、と感じています。
熊井:そして、それらをアートと呼ぶのかどうか。自分の思考の癖をチューニングするって、おそらくとても時間のかかることですが、このクラスを通して試してみていますね。
池田:「これってアートですか?」という問いも一旦ペンディングして、受講生とは「あなたにとって何が切実なのか」を一緒に探していっています。授業の中でもよく、私と熊井さんと海さんと、「他者と関係性を育むことで得られる豊かさ」みたいなものについて話している気がしますね。私たちが受講生へ教える、というより、みんなで何かを持ち寄って眺めながら、ああだこうだと話して、みんなで学び合う、みたいなスタンスがGAKUにはあります。
あと、私個人が成果として意識していたのは、この授業が終わったあとも、受講生自身で立てた企画が育っていくことや、何かしらの形で授業で得られた興味関心や実践が続くことでした。ここで学んだことが、その後の人生に何か影響があったり、単なるイベントではなくそれが続いていったりすることが、成果のひとつとしてあったらいいな、と思ってますね。
今回、+5編集部は、受講生たちそれぞれのリサーチの実践とそのアーカイブを、持ち時間10分でプレゼンテーションし、一連の活動を振り返る授業も見学させていただいた。
実践を経た彼らの率直な言葉とアウトプット、熊井さんと池田さんが素直に向き合いコミュニケーションしていく様子は、なんとも豊かな時間だった。クラスの集大成として制作する活動成果パンフレットには、プレゼンテーションの動画が視聴できたり、アーカイブ資料が閲覧できるQRコードが掲載されるという。
ここで簡単にではあるが、実践されたリサーチのいくつかを紹介したい。いずれも唯一無二の手法であり、今の彼らだからこそ、の内容と言えるだろう。いずれも活動成果パンフレットに記載のリンク先から詳細を確認いただきたい。
例えば、目まぐるしく移り変わる渋谷の街を巡って行われた「『写真散歩』を通したリサーチ」や、「『遊歩』を通したリサーチ」、グループで街に出て取り組んだ「『ピクニックフリマ』を通したリサーチ」は、細やかな観察と実践がとてもユニークだ。「『KEEP OUTサインの奥にある世界』を通したリサーチ」では、アートブックのようなZINEのPDFも公開されている。
また、刻々と変わっていく自分自身をアーカイブする「『十九歳の青年の人生』を通したリサーチ」や、クラスを受講することが大きな転機となり、自身の内面を丁寧に見つめ表現した「『新しい自分を歓待するためのドローイング』を通したリサーチ」からは、自らへ向ける真摯なまなざしや、辛くとも思考を止めない強さと切実さが垣間見え、胸に迫るものがあった。
そして、自らの好きに全力でコミットし、北九州市門司に滞在しながら行った実践をまとめた「『珍遊会』を通したリサーチ」や、『歓待としてのキュレーション』というユニークなクラスに偶然集まった受講生と、この場限りの時間そのものをリサーチしアーカイブする、という「『参与観察としての自己内省』を通したリサーチ」も、非常に興味深い視点だった。








GAKUの運営スタイルは、極めてオルタナティブだ。各クラスの開講・運営や授業計画は、固定化されたフォーマットを持たず、状況に応じてフレキシブルに実施されていく。その場その場の関係性から互いに学びあう状態が生じたり、個人がそれぞれの興味関心から自発的に学ぶような状況を目指しているそうだ。
熊井:池田さんが学ばれたインドネシアのキュレーターって、キュレーションしながら、料理人をやったりパンクバンドやったり、とにかくいろんな顔を持っている。カテゴリー不能というか、位置づけも意味づけも難しい。でも、だからこそ、僕はそれに可能性をすごく感じてもいます。
最初から目的やゴールを定めて計画された意図的な教育だと、位置づけも意味づけも明解かもしれませんが、その意図から外れた子は落第生になってしまう。でも、たまたま美味しい食事を楽しんでいたら、実はそれが身体に良い薬膳料理だった、というような「状況に埋め込まれた学習」があってもいいと思うんです。
池田:今回開講するにあたって、熊井さんから「池田BAR」をキュラトリアルリサーチとしてとらえて授業を構成したい、ってお話をいただいたとき、私はルアンルパがオランダのソンスビーク2016やドイツのドクメンタ15の開幕以前から運営していた活動拠点 「ルルハウス」のことを連想しました。
ドクメンタ15では彼らは開催の2年前から現地に移住し、ギリギリまで「ルルハウス」で地域の人たちと関係性を結ぶイベントや集まりを開いていたそうです。これをリサーチするぞ、と最初に決めて始めたわけではなく、まず場を開いて共有したり、自分の興味関心の延長線上に、遊び場や余白のようなものを作って、みんなで持ち寄ったり、一緒に遊んだり。そういったところから、展覧会や芸術祭、アートが生まれていくことがとても面白いな、と。
熊井:池田さんが実践している「池田BAR」って、まさに、ですよね。リサーチするぞ、って姿勢ではなくて、みんなで楽しく飲んでいたら、結果的に深いインタビューやリサーチができている。これって今の社会通念上、とても重要な議論であり視点だと思っています。どうしても、達成したい目的や未来のために、今このときを犠牲にするっていう構造になりがちですし、楽しそうに仕事をしてると、こいつ働いてないんじゃないかって思われたりしますよね。ルアンルパもきっと、飲み会ばっかり開いて何をしているんだ、プランは完成するのか、と心配されていたでしょうが(笑)、最終的に素晴らしいものがかたちになったわけですよね。
その姿勢は、協賛企業との関係性にも貫かれている。GAKUの運営や開講されるクラスは、様々な企業と協働することで、受講生たちは基本的に全て無料で学べる(自主企画など一部クラスは受講料が発生する)。しかし熊井さんは、GAKUという場や営みが、企業の広告塔になることを静かに拒み続ける。
熊井:僕は、社会にしっかりアジェンダを供給していきたいな、と考えています。今って何かを議題にしたり議論したりすることも、そもそも何を論点に話し合うべきかすらも失われてしまっていると思います。だから議論が深まっていかない。
このGAKUという小さな場所での実践を通じて、企業やアートシーンの方々といっしょに問いを立てたり、それを共有していきたい。議論を巻き起こしていきたいんです。


インタビュー取材の最後、話題はクラスに参加している受講生たちの変化に及んだ。海さんによれば、このクラスは他のクラスに比べて遅刻が多いという。しかし決して彼らにやる気がないからではないし、どんなに遅れてしまってもGAKUにやってくるそうだ。授業前、パラパラと集まってきた受講生たちは、思い思いに選んだお菓子をテーブルに広げて、楽しそうにシェアし合っていた。
海:いつもみんなリラックスして、お菓子や紅茶を持ち寄りつつ、円になって話し合っています。第1期が終わった後も、生徒同士で自主的に「ジシュウシツ」に集まっていたり、一緒に展示を見に行ったりと、関係性がずっと蓄積されている。学びがその場限りで終わらず、彼らの人生の続きになっていく様子を見られるのが、今の私の仕事における一番のモチベーションですね。
池田:キュレーション自体に作家を「選ぶ」行為が含まれている以上、その権威性については自覚的であるべきだと思っています。私のキュレーション実践では、それをどう水平的に解きほぐし、関係性を編み直せるか。GAKUのクラスでの実践は、私自身にとっても救いであり、学びの場になっていました。こういう「遊び場(プレイグラウンド)」はずっと残しておきたいですよね。
熊井:結局のところ、人が何に惹かれるかって言ったら、最後は「人」だと思うんですよ。受講生たちが池田さんや海さんという一人の人間に魅かれ、そこで自分の「主人公性」つまり「ホストとしての主体性」を回復していく。かつて僕自身が欲しかった場所が、ようやくこの渋谷で、かたちになりつつあるなぁ、という実感があります。
筆者自身も、インターネットのない10代を過ごしながら、ファッション誌やテレビ番組を通して、東京と渋谷の街に憧れ続けていた。もし当時の自分がこのGAKUと出会えていたら、こんなにも真剣に遊びながら並走する大人たちと出会えていたら、と、受講生たちが心底うらやましく、とても眩しく見えた。
渋谷PARCOの9階。学校でも家庭でもない、GAKUという「10代のための余白」は、一人ひとりが持ち寄った「歓待」の空気で満ち満ちている場所だった。ここに集った彼らは、この先もきっと、それぞれの切実さや困難さを抱えながらゆるやかに力強くサバイブし続けていくだろう。ここで得た出会いや経験、過ごした時間が、その途上で折にふれ、背中を押してくれるに違いない。

・GAKUのPodcast「ガクジン」第84回特別編「歓待としてのアート・文化・都市」
【※1】武田悠太
ログズ株式会社 代表取締役社長。
慶応義塾大学経済学部卒業後、アクセンチュア戦略コンサルティンググループに入社。医療、公共領域の新規事業立案、業務改善、政策提言などの業務に従事。2014年、 家業である繊維問屋・丸太屋の経営に参画し、2016年にログズ株式会社を設立。「DDD HOTEL」やアートギャラリー「PARCEL」、nôl(実験型キッチンスペース)、アートフェア「EASTEAST_」、プロダクトデザインのイベント「alter.」 の立ち上げ・開催などを展開する。
【※2】吉野弘 著『詩のすすめ 詩と言葉の通路』思潮社 詩の森文庫、2005年
創造の創が「きず」だということは意外に知られていないようです。(絆創膏という薬もあることです。)創造の創は、もちろん「物事の始まり、始め」という意味ですが、物事の始まりが「きず」だということは大変意味深いという気がします。
上記は、GAKUのPodcast「ガクジン」第82回 GAKU事務局編でもふれられている。
【※3】ジシュウシツ
クラスを受講しているかどうかに関わらず、読書や作品制作、休憩、宿題など、自由に集まり、共に時間を過ごすことのできる場所として、毎週木曜日の15~20時に、GAKUの空間を無料で開放する取り組み。
【※4】 BUG
【※5】ruangrupa(ルアンルパ)
2000年ジャカルタ(インドネシア)にて設立。ジャカルタ(インドネシア)を拠点に活動。
アーティストたちが主導して設立した非営利団体。インドネシアにおける現代の都市問題に批評的観察眼を持って対峙し、社会学、政治、テクノロジー、メディアなどあらゆる分野の思考や実践を横断しながらアートの創造性を駆使して、都市やその文化的課題に応答する活動を展開している。
拠点となるアートスペースを運営し、展覧会やワークショップ、リサーチ業務から、Ok video festivalなどの国際展の企画運営やアートラボ、各種リサーチプロジェクトの実践に加え、アートショップやコミュニティラジオ局RURUradioなども展開するなど、その活動は多岐にわたる。また、書籍やアートマガジン、DVDやウェブマガジンの発行など、情報発信とアーカイブ活動にも従事している。第31回サンパウロ・ビエンナーレ(2014)では会期中都市を巻き込むかたちでアートスペースを展開。2022年開催のドクメンタ15では、アジア出身のアーティストとして初めて芸術監督に選出された。
【※6】池田さんのキュレーションに関しては、+ 5で過去に別の機会でもお伺いしている。以下もご参照されたい。
国際芸術祭に関わること +5メディアプログラム vol. 6 「海外で国際芸術祭を鑑賞すること:シャルジャ・ビエンナーレ16を通して考えてみる」レポート
(URL最終確認2026年5月28日)
熊井 晃史(くまい・あきふみ)
「GAKU」事務局長、ギャラリー「とをが」を主宰
GAKU事務局長、ギャラリーとをが主宰など。NPO法人CANVASのプロデューサー及びクリエイティブ・ディレクターを10数年務め、2017年に独立。一貫して創造性教育の現場に携わっている。編集・執筆に『公民館のしあさって』(ボーダーインク)など。
池田 佳穂(いけだ・かほ)
インディペンデント・キュレーター。ラーニングと展覧会を水平的に捉えた企画を、国内外でキュレーションしている。山中suplexの共同プログラムディレクター(2023-)のほか、アートセンターBUG(2023-)、BENTEN(2024–2025)、および「神戸六甲ミーツ・アート2024」のゲストキュレーターを務める。そのほか、「T3 NEW TALENT」(T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO)キュレーター部門に選出。
佐藤 海(さとう・かい)
「GAKU」事務局スタッフ
2000年生まれ。GAKUの運営に携わりながら、アーティストや身近な他者と協働しながら本作りを行う。
INTERVIEWER|Naomi
ライター・インタビュアー・編集者・ミュージアムコラムニスト 静岡県伊豆の国市生まれ、東京都在住。
スターバックス、採用PR、広告、Webディレクターを経てフリーランスに。
「アート・デザイン」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「大人の学び」を主なテーマに、企画・取材・編集・執筆し、音声でも発信するほか、企業のオウンドメディアや、オンラインコミュニティのコミュニティマネージャーなどとしても活動。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。
Web : https://lit.link/NaomiNN0506