ART360°のエキシビジョンディレクターであり、kumagusuku代表の矢津吉隆さんに体験する場を作る仕事について伺いました。
山田:矢津さんが代表をされているkumagusukuについて教えてください。
矢津:僕は京都市立芸術大学の彫刻出身で、京都を拠点にアーティスト活動を行なってます。2013年からkumagusukuのプロジェクトを初めて、最初は瀬戸内国際芸術祭の枠の中で3ヶ月間限定で、小豆島にkumagusukuを作りました。そのあと2015年に京都に立ち上げたのが今のkumagusukuで、宿泊しながらアートを鑑賞する宿泊型のアートスペースです。このスペースを使って展覧会の企画だったり、様々なプロジェクトを色んな人たちと行ってきました。
山田:ART360°との出会いはなんだったんですか?
矢津:結局今は無くなってしまった話なんですが、僕がkumagusukuの2号店を構想していく中で、kumagusuku BC(ブラックキューブ)というプロジェクトがありました。映像を鑑賞するための宿泊型のアートスペースという企画です。宿泊型のアートスペースをやっている中で、映像というジャンルと宿泊という形態との相性の良さに気づいたんです。映像の時間性と滞在っていう場所性ですよね。それで、アーカイブルームのようなものを作りたいという話をプロジェクトのメンバーでしていたんです。映像作家や建築家がメンバーに入ってたんですけど、映像って輸送コストも掛からないし、世界中の映像作品をアーカイブしていって、閲覧できるようなものになったら面白いんじゃないかと話していました。実はART360°の代表の辻さんには、その時にプレゼン資料作成のデザインの仕事をお願いしたという経緯があるんです。その企画でVRとかもひとつのコンテンツになっていくんじゃないかと話していました。そのころは僕自身まだVRにあまり触れていなかったんですけど、VRでしか見れない展示室、部屋があったら面白いよねという発想はあって、2号店のなかにそのための小部屋を作ろうというアイデアがありました。ちょうどその時、辻さんがVRで何か事業をやりたいという話はしてて、同じような方向性を向いてると辻さんの方でも感じてくれたんじゃないかな。そのあと、具体的にART360°のプロジェクトをお手伝って欲しいというお話をいただきました。それでkumagusuku BCの企画の中でART360°のブースを作ったらどうかというような話になったのがきっかけだったと思います。
山田:そこからART360°の中で、どのような仕事を行なっていくようになるんですか?
矢津:僕はエンジニアでもないし、機械に詳しいわけでもないんで、アーティストとしてこういった宿泊型のアートスペースを運営していて、現在の美術の状況とか、そういったものを把握した上で、鑑賞というものをどのようにアップデートできるかっていうのを考えています。それはART360°でも重なる部分があって、それを一緒に思考したり、その中で実際に触れてもらう、体験してもらうっていう、体験を作るところに今までの僕の経験を重ねるっていう、そういう仕事ですね。体験を作るってなったら美術の中ではやっぱり展覧会だなということもあり、エキシビジョンディレクターっていう肩書きをもらっています。なので、ART360°を使って鑑賞者にどのようにアプローチするかとか、体験する場をどのように作っていこうかというようなことを考えています。
山田:そのころはまだ今のブースになるような計画はないですよね?まだここに置いてあるVRヘッドセットのOculusGOもないですよね。
矢津:ちょうどOculusGOが販売され始めた頃だったかなと。そういう意味ではこういったハードも出てきて、ソフトも然り、そして体験空間も同時に考えていくような状態でしたよね。実際こういうものも触ってみないとどういうものかわからない部分がたくさんあるのかなと。実際にコードレスでどこでもVR空間が立ち上がるという時に、今までの鑑賞空間との違いが出てくるんです。展覧会の空間に入っていくという鑑賞とは、違った鑑賞の仕方になってくるので。例えばずっと立ってるんじゃなくて座って鑑賞したいということで椅子を作ったりもしましたね。今はまだ作れてないですけど、空間と人をつなぐためのある種の装置のようなもの、それが椅子だったりとか、そういうものを作りたいですね。
山田:今のART360°のブースがkumagusukuにできるに至った経緯っていうのはどうだったんでしょう?
矢津:なるべく早い段階で、体験できる空間を持ちたいというのがあって、色んな場所でイベントをどんどんやっていくということではなくて、ここに行けば見れます、体験できますよっていう場所を作りたかったんです。それでkumagusukuのこの場所だったら提供できますよということで、まずは作ってみましょうとなりました。僕もチームの一員ですし、ここにあることで今までのART360°のコンセプトや経緯込みで説明できる場所として機能しています。
山田:どんなタイミングでお客さんはART360°に触れてくれるんですか?
矢津:宿泊型のスペースということもあり、主に朝食のタイミングですね。そもそもこういうものに興味を持っている方々がkumagusukuに宿泊されてたりするので、普通のホテルよりもアートに関心があって、コミュニケーションを図りやすいお客様が多いんですよね。そういう中で、こういったコンテンツがあると、「VRやったことあります?」というような会話の糸口になります。
山田:矢津さんがオススメのコンテンツはどれですか?
矢津:まずお客さんに見せるのは、彫刻家の金氏徹平さんが大阪のMASK (MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)で行なった展示とか六本木アートナイトで行なったパフォーマンスなんかはよく見てもらってますね。あとはkyotogurapheの京都文化博物館でやっていたジャン・ポールグードの展覧会ですかね。京都でやっていましたっていうコンテンツと、こんな変わった展示があったんですよっていう要素を持っているものをお勧めしています。
山田:確かにこういった宿泊施設ですから、遠方からくるお客さんが多いですよね。そういう意味では京都や関西の展覧会は興味がありますね。
矢津:そうですね。やっぱり京都に来たら過去に京都や大阪で開催した展覧会は気になる人が多いと思います。ただ、VRの体験自体がはじめての人が多いんですよね。もっと色々体験している人が多いのかと思ったらそうではなくて、まずVR体験として驚くという感じ。まずVRについて話してそれから展覧会の内容っていうのが、主に会話されてることです。でも、お客さんが美術館の学芸員さんだったりすると、アーカイブや展覧会の選定の仕方などいろいろと深い話もすることがあります。今、そういう会話から次のプロジェクトに繋がったりしていて、金沢の21世紀美術館などで次のプロジェクトが動き出そうとしています。そこでは、美術館と連携して、アーカイブについて考える展示やシンポジウムを企画しています。そういうきっかけはこういう場があるから生まれてくると思いますね。
山田:今は定期的に「展覧観測」という鑑賞の場を作っていると思いますが、それはどういったものなんでしょうか?
矢津:僕らはアーカイブの活用の部分に可能性を感じていたので、活用の場として教育普及、鑑賞プログラムのようなものをちゃんとやっていかないとダメだよねという話が当初からありました。じゃあ活用するときにどういった場が必要なんだろうと話していて、展覧会って日々開催されているし、記録もされているんだけど、そのあとに展覧会のことを持ちかえって、みんなで話したり、会期の最中に話しあったりすることすらなかなかないから、結局そこで終わってしまって、そのあとその作品について、振り返れる機会って全然ないんじゃないかっていう。映画とかはリバイバルされたり、レビューサイトがあったりと盛り上がりがあるのに、そういうこともなく閉じたところで展覧会が消費されて終わっていくみたいなところがあって、そういうところに一石を投じたいという想いがあったんですよ。展覧会っていうものを見ながらみんなで話せる会って、単純に素敵じゃないか。やってみたいよねっていう。そういうところから展覧観測が始まったのかなと。その時はまだ名前は決まってなかったんですけど。
展覧会を語らう時に、見たか見てないかってすごい重要で、見てないと何も語れないんですよね。いや見てないし、みたいな。それがこれがあることで語らうことができる。実際に見た人と、VRで見た人と、そこが実際にはどんな差があるのかていうのも、そういうことをやっていくことで見えてくる。
山田:それで展覧観測という、展覧会を観測するっていう名前がついたんですね。
矢津:そうですね。星の数ほど開かれている展覧会の中で、自分たちがアプローチできるものなんて本当にわずかだけれども、ある種天体観測をするように、展覧会をピックアップして、それを観測する。星であれば、星座を作りそこにある物語を語ったりするじゃないですか。そう言ったことをやりたいなっていうことで、展覧観測っていう名前を付けました。実験的なものを含めて3回ぐらい今まで開催しましたね。
山田:実際にやってみてどうですか?
矢津:めっちゃいい企画だと思って始めたんですよ。だけど、思ったように人が集まらない。そこがすごく悔しいなと。実際やろうとすると色々な問題点が出てくるんですよ。作家や美術館、展覧会の名前を出して広報するということもあると思いますし、話しているなかで批判的な意見や議論になるような問題も話題として出てくることもあるので、そう言ったものを記録していいのかということだったり、単純にファシリテートする人の力量によって、何処へでも行ってしまえるので、実際にやってみるとすごい色々な要素が出てきて、どれも僕は新鮮だったんですが、今まだうまくランディングできてない感じです。でも、そこを修正していけばすごくいいコンテンツになると個人的には思っています。
山田:今後はどうなっていくと予定ですか?
矢津:結局、オンラインというものとオフライン的に実際に体験する場っていう二つの場があるんだけど、VRっていうとやっぱりオンラインの話になりがちなんだけど、オフラインの場づくりっていうのがやっぱり大事なんだと思います。アーカイブして、ネットで公開してっていうものも大切なんだけど、”ちゃんと見せる”っていうところが、すごく大事だし、僕がやりたいところかなって思います。ART360°でも、kumaguskuはすごく小さな場ですけど、それが例えば大きな空間でちゃんと鑑賞できる場っていうものができたら、すごく面白いと思いますね。オンラインがあって、それをオフラインで楽しむっていうそういう場にこの先色々な可能性があると思っています。鑑賞の場や議論する場もそうですし、さらにそれらをアーカイブしていって閲覧できるとか。展覧会の紙媒体の資料が集まっているとか、ネットだけでは実現できないことを実現できたらなと。そういう場所は作れると面白いし、アートのまたひとつの入口になり得るのかなと思っています。
INTERVIEWEE|矢津 吉隆(やづ よしたか)
2004年京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。京都造形芸術大学非常講師。京都を拠点に活動。立体を中心に様々な素材を用いてインスタレーション作品を制作。また、作品制作と並行し、宿泊型アートスペース kumagusuku を起業、瀬戸内国際芸術祭2013 醤の郷+坂手港プロジェクトに参加。2015年1月に京都市中京区にKYOTO ART HOSTEL kumagusuku を正式オープン。
INTERVIEWER|山田毅(やまだ つよし)
1981年 東京生まれ。2017年 京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻卒業。映像表現から始まり、舞台やインスタレーションといった空間表現に移行し、ナラテイブ(物語)を空間言語化する方法を模索、脚本演出舞台制作などを通して研究・制作を行う。2015年より京都市東山区にてフリーペーパーの専門店「只本屋」を立ち上げ、京都市の伏見エリアや島根県浜田市などで活動を広げる。2017年に矢津吉隆とともに副産物産店のプロジェクトを開始。2019年春より京都市内の市営住宅にて「市営住宅第32棟美術室」を開設。現在、作品制作の傍ら様々な場作りに関わる。