アーカイブから生まれる 新しい展覧会のかたち

アーカイブから生まれる 新しい展覧会のかたち

Gallery @KCUA|藤田瑞穂
2020.08.18
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文化財の街で実験を続ける現代アートギャラリー@KCUA(アクア)

チーフキュレーター/プログラムディレクターの藤田瑞穂さんにお話を伺いました。


京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAとは

2020年に創立140年を迎えた京都市立芸術大学(京都市西京区)のサテライト施設として2010年に京都市中京区に開館した、大学の附属ギャラリーです。

「@KCUA」は大学の英語表記「Kyoto City University of Arts」の頭文字に場所を示す「@」を付けたもので、音読するとラテン語の「アクア=水」。生命を養う水のように、芸術が人々の暮らしに浸透し、創造力豊かな社会に貢献するという大学理念を表現しています。

同ギャラリー学芸スタッフの企画による「特別展」や、教員・在学生・卒業生から公募した企画展である「申請展」など、年間約10本の展覧会を開催しています。そのほか、国内外で活躍するアーティストを講師に迎えた若手アーティスト対象のワークショップやレクチャー、2023年に控えた大学移転の整備プレ事業実施など、大学事業と連携しながらも、常に新しい視点で現代アートギャラリーのあり方を提案し続けています。

「一般的に美術館では完成した状態の作品しか観ることができませんが、@KCUAでは作品そのものだけでなく、それらが立ち上がるところから、アーティストの思考なども感じられるような展示を作ることを心がけています」と藤田さん。また、「大学は実験的なことをどんどんやっていく場所だと思うので、時間をかけて企画を練るのとは違うサイクルだからこそ、失敗を恐れず挑戦することであらわれてくる、実験的なものや生々しいものを見てほしい」と語っていました。

大学の附属ギャラリーでありながら自立性、独自性を保った活動を展開

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA外観

藤田:@KCUAは大学の附属施設ではありますが、大学から少し離れた場所にあって自主的な動きができることからも、そのフレームから想像される領域を超えた独自の活動を行っています。展覧会やプロジェクトに関わるアーティストと併走しながら進めていくプログラムを行っているのが大きな特徴の一つでしょうか。 

美術館では企画を2、3年のスパンで考えていくことが多いですが、@KCUAは企画の立ち上がりから展示に至るまでの1サイクルが早めなこと、ごく少人数のスタッフで運営する小さい組織だからこそのフットワークの軽さを生かして、いま見てほしいものや一緒に考えたいものを、現在進行形で提示しようとしてきました。

若手アーティストは、大学を卒業して活動していくうちに、「個」のアーティストとして制作を進める面がどんどん大きくなってきます。すると、学生の頃に比べて、他者の実践から学ぶ機会がどうしても少なくなってしまいます。そんな彼らにとって、常に新たな視点を得られる場となることが、大学の「サテライト施設」として@KCUAが果たすべき役割だと考えています。

そういう意味で、企画のメインターゲットは若手アーティストや、美術に関心を持つ比較的若い世代の人々にはなるのですが、専門性の高さは保ちつつも、あらゆる人に開かれた「学びの場」ではありたい。@KCUAの来場者は美術関係者か、すぐ近くにある二条城に行くついでに来館した観光客という、コア層と超ライト層に二極化しているんです。その間の層というのか、来場者層を広げるためには何をするべきか、というのがいまの課題の一つですね。


大学の収蔵品を活用する「収蔵品活用展」

藤田:本学は2023年に京都駅近くの崇仁地域へのキャンパス移転を計画していますが、当ギャラリーも新しいキャンパス内に入る予定です。大学全体にとっては、郊外型のキャンパスから都市型のキャンパスへの変化は非常に大きなことで、いまよりは開かれた場にならざるを得ないし、そのように求められてもいます。

加えて、@KCUAにとっては「サテライト施設」ではなくなるという、存在の根幹に関わる大変化が待ち受けています。もともと外にあったものは、キャンパスの中にあってもどこか「異」なる存在にはなるでしょうが、そういった中で@KCUAの機能として特に維持・発展させていきたいのは先駆性・実験性・同時代性や、アーティストと協働・併走して物事を考えていく姿勢です。教育課程の中では学べないものがここにはあるということが、キャンパス内に移ることでより明確に感じられるようにしたいと思っています。

本学には芸術資料館という、大学の教育活動のアーカイブを収蔵している附属施設があります。@KCUAでは開館以来、この収蔵品を公開するための展覧会を年間に1回実施してきました。

移転後のことを考えていく中で、この枠組みを利用して、大学の附属施設としての芸術資料館と@KCUAの、それぞれの独自の機能を生かしつつ協働できないか、と思い至りました。それが2017年からはじめた「京都市立芸術大学芸術資料館収蔵品活用展(以下、収蔵品活用展)」です。博物館としてではなく、「異」なる「サテライト施設」らしく、大学の収蔵品を実験的に活用してみる、という取り組みです。

最初の年は、1969年代に本学美術学部の有志による調査隊がニューギニアから持って帰ってきたコレクションを使って「移動する物質――ニューギニア民族資料」という展覧会を開催しました。

ある物が本来あった土地から移動させられてまったく違う土地にやってくるということが、収蔵品や物にどのような変化をもたらすのか。ひいては大学が移転した後に起こる変化について考えることにもつながるのでは、と「物質の移動」という点に注目して制作しました。

「移動する物質――ニューギニア民族資料」の記録。こうした展覧会ごとのアーカイブ冊子の制作にもこだわりがある。

2年目となった2018年は、明治改元から150年を記念した「明治150年・京都のキセキ・プロジェクト」(京都市)への参加の呼びかけに応える形で企画を組んでいくことにしました。

本学の前身である京都府画学校が明治13(1880)年に開学したことを主軸として展開したいと思い、土地の歴史や文化的事象などから連想される物事をつなぎ合わせて新たな物語を立ち上げることを得意とされているアーティストの田村友一郎さんにお声がけし、協働して展覧会を制作、開催しました(田村友一郎「叫び声/Hell Scream」)。

さらにその翌年、3年目となる2019年には「still moving library」を実施しました。新キャンパスの設計についての大学からの要望の一つに、“各機関の創造的な出会いや交流を可能とする「十字路的」な配置”という項目があったのですが、設計者からの応答として、@KCUAも入ることになっている大学の発信地的なエリアの中心に図書館を配置するプランが提案されました。

そのような建築物が実際に建てられるとして、この図書館を本当に「十字路」として機能させるためには、@KCUAを含めそのエリアに入る各機関が、図書館という場をどう捉えるかを意識的に考えていく必要があるな、と思いました。そこで、擬似的に@KCUAに図書館空間を作り、先行実験を試みたのがこの「still moving library」という企画です。

「still moving library」では、図書館は情報を「再編集」する場であると捉えています。展示空間の一角には、プロジェクトメンバーの一員であるデザイナーの仲村健太郎さんと、@KCUAのアーカイブの「再編集」について検討していくためのスペースを設けました。毎週この空間の中でミーティングを開き、@KCUAに期待される役割とは何か、@KCUAのプログラムに継続的に関心を持ってもらうには何が必要か、などさまざまなトピックについて議論しました。

それがきっかけとなり、ウェブサイトをリニューアルすることにもなりました。徹底的に話し合い、興味を持った人が情報やアーカイブにもアクセスし易いように工夫しています。


アーカイブについて

「京芸 transmit program 2020」展は新型コロナウイルスの感染拡大によって開幕直後にクローズし、会期を設定し直して開催されました。それと同時に、ウェブサイトでも会場映像がアップされていますね。

藤田:京都市立芸術大学の卒業・修了生の中から@KCUAが注目する作家を選出したグループ展なのですが、オープンから1週間足らずで閉館することになってしまいました。先が読めない状況の中で、何が可能だろうかを考えて、ひとまずは映像を撮影し、アップしました。なんとか再びオープンできましたが、このような状況下では来場できない方も多いと思うので、実際に鑑賞したのとは違っていたとしても、少しでも展覧会の内容を知ってもらえたらという思いもあります。

京芸 transmit program 2020



以前は展覧会を映像として記録することはほとんどありませんでした。映像を含むインスタレーション作品が出品された2019年のジョーン・ジョナス「Five Rooms For Kyoto: 1972–2019」展や、以前ART360で撮影していただいた「im/pulse: 脈動する映像」展を映像で記録したことで、映像など動きのある作品、インスタレーションの場合は映像によるアーカイブ作成が有効だとわかりました。

@KCUAの展覧会は美術館ほど会期が長くはありません。感染拡大防止のために移動を控えなければならない期間が長引く可能性もありますし、当面は実際に鑑賞が可能な人が限られてしまうことが予想されます。そうすると、オンラインでアクセスできる情報の重要性は増します。

「still moving library」以後、継続的にアーカイブの充実とその活用に取り組んでいるところでしたが、新型コロナウイルスの感染拡大に、よりその思いを強くしました。いまの状況で自分たちにできるのは、とにかく記録を生きた状態で残せるようにすることで、それは後々、きっと大きな意味を持ってくると思っています。


「im/pulse: 脈動する映像」2018.6.2 - 7.8
Artwork © Vincent Moon, contact Gonzo, Anthro-film Laboratory © ART360°

また、そういったアーカイブの活用機能として、ウェブサイトに「おかわりアクア」というコーナーをつくりました。過去の企画といま行っている企画のつながりなど、新たな切り口でアーカイブを捉えてみる機能です。トップページに掲載しているので、開催中の展覧会情報を探しに訪れた人にも、@KCUAのこれまでの活動や文脈を伝えることができます。また自分たちにとっては、「おかわりアクア」のコンテンツを考えることが、これからの活動を考えていく上での俯瞰的な視点を与えてくれる気がしています。

近い将来に移転を迎え、@KCUAの役割や存在意義もおそらく変化していくことでしょう。そうした中で、「@KCUAとは何か」ということを自分たち自身で常に問い続け、アップデートしていくことが大切だと考えています。

インタビューの様子


積み重ねてきた展示をただ死蔵するのではなく自ら再構築し、現在とのつながりを見出して新しい表現を生み出していく@KCUAのアーカイブは、他者の評価を待つ受身のアーカイブではなく、積極的なアーカイブだと言えるのではないでしょうか。

移転完了後に「収蔵品活用展」がどのように展開していくのかも含め、実験的な試みを続ける@KCUAの活動がこれからも一層注目されます。



INTERVIEWEE | 藤田瑞穂

1978年兵庫県生まれ。京都市在住。大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻博士後期課程修了。同時代を生きる作家と並走して、領域を横断する展覧会やプロジェクトの企画・運営から書籍出版までを手がける。近年の主な企画にジョーン・ジョナス京都賞受賞記念展覧会「Five Rooms for Kyoto: 1972–2019」(2019)、ジェン・ボー「Dao is in Weeds」(2019)、クリスチャン・ヤンコフスキー「Floating World」(2018)、田村友一郎「叫び声/Hell Scream」(2018)、「im/pulse: 脈動する映像」(2018)など。国立民族学博物館外来研究員(2018–)。奈良県立大学客員教授(2020)。


INTERVIEWER|森かおる 

1985年生まれ。編集者。長野県出身、京都市在住。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻を卒業後、美術系出版社に勤務。写真集、作品集、展覧会カタログの編集などに携わったのち、2018年よりフリーランスとしてアートを中心に編集、校正、ライティングを行う。時々、森の本屋(仮)の店主。現在はKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭にエディトリアルスタッフとして関わっている。