「隣人たち」のいくところ——「+5(plus five)」3周年イベント開催レポート

「隣人たち」のいくところ——「+5(plus five)」3周年イベント開催レポート

+5(plus five)
2023.09.28
52

公益財団法人西枝財団のウェブマガジン「+5(plus five)」は、「対話する記録メディア」として、社会とアートをつなぐ存在を「アートネイバー」と位置づけ、インタビュー記事の作成だけでなく、そうした人々を招いたトークイベントや、姉妹プロジェクト「ART360°」で記録された展覧会の360度記録映像を活用した鑑賞プログラムの実施など、様々な活動を行ってきた。活動が3周年を迎えた今年、+5が一貫して追求してきた「アートネイバー」という存在についてさらに掘り下げるためのイベントが開催された。+5の拠点のある京都でのオンサイトイベントとして行われたvol.1、オンラインイベントとして行われたvol.2では、それぞれのやりかたでアートの世界に関わり、独自の立ち位置を切り開く人々による対話が展開された。

周年イベントvol.1当日の会場風景
写真:金 豪陳

「アートネイバー」から見えてくるもの——Vol.1 「アートの隣人としてあるく」

 vol.1ではゲストに、各地でアートプログラムの企画制作やメディアディレクションなど多彩な活動を展開するTwelve Inc.の山城大督、野田智子を迎え、+5のプロジェクトメンバーである矢津吉隆、山田毅、桐惇史が登壇した。

 冒頭15分は展覧会アーカイブプロジェクト「ART360°」のサテライトメディアとして出発した+5の、今までの取り組みが桐から紹介された。+5は、記事事業にとどまらず、教育プログラムを有するメディアである。WEBでの記事発信以外にも、VRで展覧会を鑑賞し対話するワークショップ「展覧観測(てんらんかんそく)」や、アートネイバーを育成する「アート・イン・ターン」、対話をリアルの場で開く「メディアプログラム」などを有し、アートネイバーの存在を多角的に考察しようとしている。

 しかしプロジェクトを中心的に推し進めていた桐自身も、活動を通して「アートネイバー」という言葉が包括する範囲の広がりを目の当たりにし、その言葉の持つ意味や意義について、問い直す機会が多くなったという。これはアートネイバーという言葉はもちろん、アートそのものが多義的かつ抽象的だからだろう。改めてそれらのことについて振り返りたいという想いと共に、桐から、アートネイバーとは、業界の中で何らかの価値・文化を新しく「創る人」なのではないかという問題提起がなされ、そこを起点にしてvol.1では「今、ここでなに創る?」という副題が付けられた。

桐惇史(+5編集長)
写真:金 豪陳

登壇者たちそれぞれが、これまでに関わってきたプロジェクトの紹介も交えながら、「アートネイバー」という言葉を切り口に自らの経験を振り返り、これからの社会でアートがどのような存在になっていけばよいか、そうするためにどのようなことができるかについて話した。


「この、アートネイバーって言葉は、僕らも使っていいんですか?」


ディスカッションは、山城のこんな発言から始まった。その発言は、「アートネイバー」は、アートを支える仕事を包括的に表現することができる新しい言葉だという思いから来ていた。

アートに関わる仕事は、展覧会を企画するキュレーター、鑑賞教育など教育普及に携わるエデュケーター、作品設営の専門家であるインストーラーなど、通常、それぞれの職能によって呼び分けられている。しかし、こうしたアートに携わる個人の姿を、役割や職能だけで指し示すことは、実はとても難しい。それらは、ひとりの人間のなかに重なり合って存在しているからだ。本イベントの登壇者たちがまさにそうだった。

まず、ゲストの山城と野田が設立したTwelve Inc.【※1】の活動が、多様な広がりをもっている。映像を専門とするアーティストであり、同時に企画者やエデュケーターとしての顔も持つ山城。ギャラリーや芸術祭など様々な現場に携わるアートマネージャーとして活動を続けてきた野田。Twelve Inc.は、それぞれの専門性を基盤に、各地の美術館や芸術祭のアーカイブ映像制作などのメディアディレクションや、ラーニングプログラムの考案、さらに様々な展覧会やアートイベントの企画などを行っている。作品制作のプラットフォームとして山城の作家活動を支える基盤でもあり、同時にたくさんの人々とともに制作していく場としても機能している。展覧会を企画することもあるが自分は決して「キュレーター」ではないと考える山城にとって、「アートネイバー」は自己認識を表す言葉として適しているという。

山城大督(美術家・映像作家・Twelve Inc.代表取締役)
写真:金 豪陳

野田もまた、「自分が活動を始めた頃にこの言葉があったらよかった」と「アートネイバー」への共感を語った。それは、アーティストとともに結成したユニットのなかで、アーティストではない自分の立場をどのように説明したらよいかが分からない時期もあり、活動をつづけるなかで徐々に「アートマネージャー」という肩書きを見出していったという、野田自身のこれまでを振り返っての言葉だった。

野田智子(アートマネージャー・Twelve Inc. 取締役)
写真:金 豪陳

矢津もまた、自分は「アーティスト」でもあり「アートネイバー」でもあるのだと語る。2015年「kumagusuku」というアートホステルを作ったことで、人との関係の作り方が変わり、その関係の広がりが新しい仕事の広がりを生んだという。アーティストとして作品をつくっているときは、アートを「作る人」と「見る人」という関係しかなかったところに、ホステルができたことで、「泊まりに来てくれる人」という別の関係が生まれ、その出会いが、建築や街づくりの関係者、ひいては行政などとのつながりにまで広がっていったと語った【※2】。

矢津吉隆(美術家・kumagusuku代表・+5コミュニケーションディレクター)
写真:金 豪陳

映像制作や舞台芸術の現場に長くかかわってきた山田には、美術の世界に根強く残る「ひとりで作る」というイメージがそもそもないという。映像や舞台は、美術と同じアートの一分野ではあるが共同制作が当たり前の世界で、牽引するプロデューサーやディレクターは存在するものの、誰が「作者」なのかがはっきりしない。だからこそ、それらの現場では最初にいる人たちが「ネイバー的な存在を養成する」という意識が強くあるのだという。ちなみに山田は、2017年から「美術家」と名乗るようになったというが、そこに込められて意味は、従来とは少し異なる。作品を作る「美術作家」や「アーティスト」という意味ではなく、「電気屋」と同じような次元で「美術や芸術の世界にいた経験や技術を使って何かをやる人(=美術屋)」のような意味として使っているのだという。

山田毅(美術家・只本屋代表・+5メディアキュレーター)
写真:金 豪陳

このような登壇者たちの発言から感じられたのは、「アートネイバー」が、アートの世界に根付いている既存の制度や固定観念から自由になるための言葉として受容されているという点だ。それゆえに山城は、「隣人ってきくと、じゃあ『主役だれ?』みたいな気持ちになる」と。「ネイバー(=隣人)」という表現が、否応なしに「中心」と「周縁」という構造を想起させてしまうことも示唆しながら、アーティストが「中心」だとは思わないと語る。

山城と野田、そしてアーティストの中﨑透が2006年に結成したユニット「Nadegata Instant Party(以下「Nadegata」という)」の活動スタイルは、そうした考えを反映しているといっていいだろう。Nadegataの活動では、メンバー3人がさまざまな場所へ赴き、その場その場で何をやるかを決め、集まった人たちともにいっしょにプロジェクトが進められる【※3】。

2009年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで発表された《リバーシブルコレクション》は、美術館を舞台に、参加者とともに映画を撮影し、展覧会場では映画のセットを「作品」として見せ、撮影された映画『学芸員Aの最後の仕事』の上映会なども行われた。2012年に東京都現代美術館で発表された《カントリー・ロード・ショー》では、団塊世代の人々へのインタビューを行い、その内容をもとに作られた歌を「だんかいJAPAN合唱団」を結成して全員で合唱するという形に結実した。最新作である2021年の《ホームステイホーム》では、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で発表。丸亀に住む人々にホストになってもらい、Nadegataのプロジェクトに関わってくれた日本全国に住む人々をゲストとしてマッチングし、オンラインでホームステイをするというプロジェクトだった。制作する過程で、参加する人々がみなNadegataのメンバーのようになっていくと、山城と野田は語っているが、最新作《ホームステイホーム》での実践は、これまでNadegataの活動に参加した人々とのつながりが脈々と続いていることを証明しているかのようでもある。その名前のとおり、作品というよりは「インスタントなパーティー」という場を作り出しているのである。アーティストが作品を作り、キュレーターやギャラリストが選んで、展示や売買を行う。このような、アートの世界の既存の枠の中に収まることをよしとしなかったからこそ生まれた発想と言えるだろう。

ディスカッションの様子
写真:金 豪陳

 矢津と山田が行う〈副産物産店〉【※4】は、彼らが「アートネイバー」であることを最大限に活用したプロジェクトともいえる。

 〈副産物産店〉は、京都市立芸術大学のキャンパス移転計画設計プロポのプランを作るチームの一員として出会った矢津と山田が、プランの一環として考えた「資材循環センター」の構想に端を発する。大学の制作現場で出たゴミを活用できる機能について構想したこのプランを、プロポ終了後、矢津と山田は自主プロジェクトとして継続。その成果がアーティストのアトリエから収集した副産物を加工し、流通させる〈副産物産店〉というプロジェクトに結実した。現在は、「芸術資源循環センター」と題され、京都市立芸術大学芸術資源研究センターの研究プロジェクトにもなっているほか、加工された副産物は、矢津が主宰する「kumagusuku」の中にあるショップ「物と視点」などで販売されるなど、多角的な展開を見せている。面白いのは、このプロジェクトを続けるための肩書きとして、矢津と山田が現在、大学の「用務員」を目指しているという点だ。プロジェクトや作品といった一過性の形式に左右されるアーティストという立場ではなく、大学という制度の基盤に持続的に関わることができる立場を得ることで、既存の制度を作り替えようとしているといっても良いかもしれない。

 こうした流れの中で、矢津は、「アーティストもまた、自らの作品やアートという現象に隣り合っているという意味では、アートネイバーなのではないか」と述べた。これは、「アーティストを中心だとは思わない」という山城の言葉とも呼応している。彼らの活動の背後には「アートとは常に変化し続けるものだ」という思いがある。アートとは、時代によって全く異なる姿をみせるものなのだから、それぞれの思いに沿うように変えていくことさえ可能だという思いも垣間見える。自分自身の立場をあえてずらすことで、アートそのものの定義や、社会の中のアートの位置づけそのものを変えようとしているようにも感じられた。

ここでもうひとつキーワードになってくるのが、山城が提示した「アートは社会のインフラなのではないか」という言葉である。ここでいう「アート」とは、文化芸術の一ジャンルとしての「現代アート」という意味を超えたところにあり、山城によれば、喜びや悲しみといった感情、あるいは、自分が自分であるという実感や「ここにいたいな」「こうしたいな」といった思いのことを指している。

 電気・水道・ガス・アート。ライフラインと同じレベルで生活の中にアートがある状態を作るにはどうすれば良いか。山城や野田は、それを実現する場が、美術館やアートセンター、図書館のような公的施設以上にもっと身近な、歩いて行ける場所として、地域ごとにある学校のようにどこにもあるといいと語る。さらには、二人は、子どもが通う学校のPTAという存在に触れた経験から、PTAのような組織が、親と教員だけでなく地域全体を巻き込んだ共同体に成長し、「インフラとしてのアート」を支える存在になる未来についても思い描いた。

周年イベントvol.1は、京都信用金庫が運営するコワーキングスペース・レンタルスペース、「QUESTION」で開催された。
写真:金 豪陳

 イベントの最後では、進行役を担った桐からvol.1のゲストからvol.2のゲストに向けてメッセージがほしいというリクエストが出された。山城と野田から出た質問は、それぞれ「芸術創造の環境が5年後、10年後にどうなっているといいか」「アートのインフラを支える人たちをどう探し、どう育てていくか」というものだった。それらは、プロジェクトにおける人との関わり方や、アートと社会の関係のこれからについて議論されたvol.1での話題を次に引き継ぐようなものでもあった。「隣人」の輪をもっと広げていく、その重要性が共有されたところでトークは終了となった。

周年イベント当日は、+5の育成事業「展覧観測」の体験コーナーが設置され、参加者はVRでの展覧鑑賞を楽しんでいた。
写真:金 豪陳

事業で社会を「批評」する——Vol.2 「アートの裏山をのぼる」

オンラインイベントとして開催されたvol.2は、「アートの裏山をのぼる」と題され、個々が培った専門性を生かしてアートを支える3人のゲストが登壇。アート業界向けのシステム開発に取り組むArt Harbor Inc.代表取締役の雨宮慎也【※5】、今年1月、アート業界の仕事に特化したジョブフェア「ART JOB FAIR」を実現させた株式会社artness 代表取締役の高山健太郎【※6】、展覧会を360度映像で記録し、アーカイブとして様々なプログラムでの活用を試みるART360°ディレクター/ACTUAL Inc.代表の辻勇樹【※7】の3人をゲストに迎え、矢津吉隆がモデレーターを務めた。

 vol.1とvol.2のあいだで最も明確に違う点は、vol.2の登壇者たちは、モデレーターの矢津を除いては、誰も「アーティスト」という肩書を名乗っていないという点である。さらに、それぞれがITやインダストリアルデザインなど、異なる業界からアートの業界に参入してきている。「文化を発信する基地のつくりかた」という副題のもと、それぞれがもつ専門性をベースにどのように文化の発信者としての立ち位置を築いていくか、それぞれの「生存戦略」について語りあうことが目指された。

こうしたことから、vol.2のイベントはまず、それぞれがどのような流れでアートに関心を持ったか、そして、現在自身が行っている事業と「アート」の関係性について話すところから始まった、

ソフトウェアの開発を行うプログラマーとして自身のキャリアをスタートした雨宮は、自身のキャリアを築くうえで、アートというものが「コンピューターの世界と対局にあるように」見えたことが関心を抱くきっかけだったという。その後、現代美術を扱うコマーシャルギャラリーNANZUKAに入社し、ギャラリーの通常業務にも携わりながらテクニカルディレクターという立ち位置を築き、ギャラリー業務のDX支援、コロナ禍に来る顧客の来廊予約システム、オンラインビューイング等の独自のシステムの開発などを担うようになったのちに、2021年に独立。

高山は、語学留学で滞在したニューヨークで現代アートに興味を持つようになり、帰国後、福武財団に参画。瀬戸内国際芸術祭の立ち上げに関わったのち、金沢で工芸文化を基盤とした文化観光にかかわる事業に携わり、2021年に独立。コロナ禍でこれまで携わってきた文化観光に関わる事業が軒並みストップし、観光に依存した事業を見直すなかで、文化芸術における人材育成や創造基盤を支えるということに関心を抱き、アートの仕事に特化したジョブフェア「ART JOB FAIR」を立ち上げた。

辻は、美術大学でデザインエンジニアリングを専攻し、大学院では義足のデザインを研究していた。その後、発展途上国のデザインリサーチなどを経て、360度映像の技術をつかったアーカイブ事業「ART360°」(アートスリーシクスティ)を開始。アートの分野では、展覧会の記録映像や、能楽堂などを記録する事業を展開している。

登壇者の三人が主軸としている事業は、個々の専門性によって大きく異なっているが、共通しているのは、アートと他分野で共有しうる技術や仕組みのありかたを模索しているということだ。雨宮は、精緻な仕組みが不可欠である医療分野で培った自身のITの技術や知識をアートの業界のDX推進に生かし、高山は、アートの業界には馴染みのなかったジョブフェアという仕組みを導入しようとしている。つまり、いわゆる「アート業界」の特殊性を踏まえたうえで、そこに他分野の仕組みを導入しようとする試みであるといってよい。

雨宮は、作品制作など創作活動に直接関わる部分を支援するというよりは、その周りにある業務全体を改善することに軸足を置いているという。創作するという行為と、ITの技術を導入するうえでの鍵となる効率性という考え方のあいだには、馴染まない部分もあるという配慮があるためだ。

一方の高山は、業界の外にあったジョブフェアという仕組みをアートの業界に取り込んだ。一般的に、企業が採用に賭けるコストは1人あたり約100万円と言われている。しかし、高山によると、アートの業界では人材獲得にそれだけのお金をかけるだけの予算がない場合がほとんどで、新規の募集があっても人が抜けたポストの穴埋めであることが多い、つまり「採用戦略」のようなものがそもそも存在しないのだという。

たしかに、業界の外からアート業界へ参入するのは簡単なこととはいえない。応募条件に「経験者であること」を課している場合が多く、未経験の人間を育てていく仕組みも整っていないことが多いためだ。さらに言えば、アートの業界は働き方が多様で、雇用されている人だけでなく、個人事業主も非常に多い。そのため一般企業に勤務するのに近い「任期に定めのないフルタイムのポスト」の募集となると本当に少数となってしまうという点も、壁を高くしている大きな要因である。高山は、こうしたアート業界の働き方の現状を踏まえながら、「ART JOB FAIR」を、新しくアートの事業を起こして社会を変えていこうとする人たちとと良い人材をつなぐ場にしていきたいと考えているという。加えて高山は、アートを支える仕事をする人には明確な「成功モデル」がなく、代わりに「ロールモデル」を示すことが必要ではないかとも語った。「ART JOB FAIR」は、そうした様々なロールモデルとの出会いの場でもある。

一方の辻は、アートの業界を自身の事業を展開する「マーケット」と捉えたことはないという。360度の映像という技術は、現在のところ展覧会の会場の記録などアート分野のアーカイブ事業に生かされてはいるものの、アート業界以外でもさまざまな活用可能性があるものだからだ。実際にACTUALでは、上場企業が行う環境保全事業の映像アーカイブ制作といった業務も請け負っている。

むしろ辻は、ACTUALの事業を生み出すプロセス自体を、美術作品の制作プロセスになぞらえ、そこに「アート」の片鱗を見出している。インダストリアルデザインの世界にいた辻がアートの世界に関心を持った大きな理由が、顧客のニーズをベースとしたデザインや通常のビジネスが生まれるプロセスに限界を感じ、自己の内発的な問題関心に重きを置くアートの世界に惹かれたという点にあるためだ。辻はいわば、事業を自らの問題関心をシェアする「作品」のようなものとして社会にプレゼンテーションしているのである。

周年イベントvol.2の様子
Zoomでのオンライン開催となった

その後、登壇者たちに、vol.1の山城と野田からの質問が投げかけられた。

山城からの「芸術創造の場の未来」についての質問、野田からの「共に歩む人たちをどうやって見つけ、育てていくか」についての質問に対し、vol.2の登壇者たちは、それぞれの事業が成長した先にどのような世界があるのかというビジョンや、集まってきた人たちとの協働のありかたについて語った。

高山は、ART JOB FAIRの規模拡大と継続開催を目指していると語ったが、彼が行う「ART JOB FAIR」が拡大するということはつまり、アートに携わる人材が増加するということを意味する。そうしたことから、5年、10年と年月を経て出展企業や訪れる求職者が増えていくことで、アートに携わる人々のコミュニティを10,000~100,000人の規模にしていきたいと高山は展望を語り、この規模のコミュニティがあれば、社会のなかで一定の存在感を示すことができるのではないかという展望を示した。

雨宮もまずはシンプルに開発力を高め、もっと多くのアートで事業を起こしたい人々をサポートできる体制を整えていこうとしていると語った。しかし一方で、技術とアートへの関心を兼ね備えている人材を見つけることが難しい場合もあり、現在は技術を伝えながらアートへの関心も育んでいくアプローチをとっているという。

辻は、デジタル技術がより高度化し、生身の身体感覚に近いものになっていくという展望を示し、そうした技術を追求したいという思いを語った。そんな辻が求める人材は、必ずしもアート系の人ではないという。そのほかの業界で専門技術を培いつつ、通常のビジネスのプロセスに息苦しさを感じたり、違うアプローチがあるのではないかと感じる人たちにとっての選択肢になるのではないかと考えているという。

 また、高山からほかの登壇者に対して質問も投げかけられた。スタートアップ企業の成長段階を図る指標として使われる「シード期」「アーリー期」「ミドル期」「レイター期」と言う用語を引き合いに出しながら、今回の登壇者たちがそれぞれ自身の会社をどうやって持続可能なものにしているか、というものだった。その問いに矢津は、「ずっとアーリーな気がしている」と返答。赤字を出しながらも進めてきた事業が、自分のアーティストとしての実績にもなったということが、続けてくることができた理由だと語った。

この数年で社員を積極的に増やしている辻もまた、まだまだ「アーリー期」であるという認識は持っているという。しかし事業に賛同して集まってくれた社員が増え、法人としての規模が大きくなるうちに、周囲からの期待が、個人ではなく団体に集まるようになってきていると語った。

vol.2のイベントの中で、辻が、登壇者たちの事業を「社会に対する批評になっている」と評価した通り、前例のないところで試行錯誤しながら事業を展開し、アートとの関わり方を模索する彼らの姿勢は、狭い関係性のなかで培われた体質が根強く残るアート業界に、違う風を呼び込んでいる。それぞれが自分の生きる道を切り開いていく姿が、これからアートの世界に入っていこうとする人々にとってのロールモデルになっていくという予感を感じさせながら、vol.2は終了となった。

過渡期としての「アートネイバー」

vol.1では、アート業界をベースに活動してきた人々が、創作活動の周りにある様々な要素に惹きつけられた結果、旧来の構造から抜け出し、社会の中のアートの新たな位置づけを模索する試みにつながっていることが語られた。一方のvol.2では、多様な専門性を持つ人々が、自身が持つ技術や知見をアート分野に導入することで、アートと他分野を架橋する役割を担っていることが窺えた。どちらの回の登壇者も、自身がもともと属していた世界から逸脱しようとした結果、「アートネイバー」としての活動にたどり着いているといえる。

こうした活動に光が当たるということは、これまで注目されることが少なかった「アートを支える立場」の人々の活動に光を当てて評価することにつながり、アートに関わる入り口の多様化につながるといえる。

 しかし一方で、そうした人々を「アートネイバー」と位置付けるだけではリスクも残る。vol.1において山城が指摘したように、「隣人」とは、「主役と脇役」の関係、つまり、創作の中心を担う存在に権力が集中するヒエラルキー構造の存在を彷彿とさせるからだ。そして、こうした「主役」と「脇役」がはっきりと分かれた関係は、そこに「当事者と傍観者」、つまり名前を出して矢面に立つ人々だけに責任が集中しすぎる状況も生み出しかねない。

 このように考えると、「アートネイバー」とは、あくまで過渡的な呼称に過ぎないのかしれない。これまで注目されてこなかったアートを支える人々の姿に光を当てるという試みは、こうした現行の制度の不均衡を批判的に乗り越えていくために行われるべきものであるからだ。+5が人にフォーカスした記録メディアとして、ひとりひとりに着目してその姿を記録していくことの意味も、恐らくここにある。アートを支える立場にいる人たちそれぞれの思いや創意工夫のプロセスを記述することは、創造の現場が、多くの人々のクリエイティビティが撚り合わさってできていることを可視化していくことでもある。そうやって+5に記録されたアートネイバーたちの姿が、次に続く人たちにとってのロールモデルとなって、新たな時代を築く布石になっていくのではないだろうか。

 アートは、立場が異なる人々への想像力を育み、誰かの「隣人」になるために有効なツールでもある。アートというツールを介して社会のなかの様々な立場の人をつなぐ「隣人」として、アートネイバーという存在の重要性が高まっていくことを期待したい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

関連情報

公益財団法人西枝財団
2011年に京都で設立された、公益財団法人。瑞雲庵を利用したキュレーター助成事業、展覧会アーカイブ事業「ART360°」、そしてメディア事業「+5」の3つの芸術文化事業を有する。
(URL最終確認:2023年9月28日7時1分)

+5(plus five)の各事業について
記事プログラム
・育成プログラム「展覧観測
・育成プログラム「アート・イン・ターン
※「アート・イン・ターン」は2021年8月〜2023年7月末までの2年間、トライアル的に実施されたプログラム。現在は終了している。
(URL最終確認:2023年9月28日7時1分)

3周年記念イベントについて
・vol.1「アートの隣人としてあるく」 
・vol.2「アートの裏山をのぼる
(URL最終確認:2023年9月28日7時1分)

注釈

【※1】Twelve Inc.

創造力を社会実装する「アーツプロダクション」として、ジャンルや枠にとらわれない様々なプロジェクトを手掛ける。+5での同社への取材記事は以下を参照。
創造力を社会実装するアーツプロダクション Twelve とは何者か 」 
(URL最終確認:2023年9月28日7時1分)

【※2】kumagusukuは、2020年にアートホステルとしての営業を終了し、現在は11店舗が入居する小規模アート複合施設複合として運営されている。
(URL最終確認:2023年9月28日7時2分)

【※3】Nadegata Instant Party
(URL最終確認:2023年9月28日7時2分)

【※4】副産物産物店
(URL最終確認:2023年9月28日7時2分)

【※5】Art Harbor Inc.
(URL最終確認:2023年9月28日7時2分)

【※6】株式会社artness
同社の事業のひとつとしてART JOB FAIRが開催されている。artness、ART JOB FAIRにについて+5で取材した記事は以下を参照。
アートの仕事、だけではない出会い「ART JOB FAIR」が光を当てたもの
(URL最終確認:2023年9月28日7時3分)

【※7】ACTUAL Inc.
ACTUAL Inc.は代表の辻が、展覧会アーカイブ事業・ART360°の構想を西枝財団に提案し、採択されたところを起点とする。デジタルアーカイブを適切に運用管理するために設立された同社は今、記録の新しい形を360°映像でさらに拡張するための新サービス「WHERNESS」をリリースし、ART360°もアップデートされる予定。
辻がART360°を立ち上げるまでの経緯については以下を参照。
展覧会を保存する先の未来
(URL最終確認:2023年9月28日7時3分)

WRITER|西田祥子(にしだしょうこ)

1986年佐賀県生まれ。京都大学文学部美学美術史学専攻卒業。ベネッセアートサイト直島において、地域と関わるアートプロジェクトの企画運営に携わった後、現在はフリーランスの立場で、アートマネジメントやキュレーション、リサーチなどに携わる。アートマネージャー・ラボ、Knots for the Artsなどのコレクティブにも参画し、文化芸術と社会をつなぎ、アートが誰もが心豊かに暮らす社会づくりに寄与する状況を作るべく活動している。関わった主な企画に、「Screening Dialogue in Asia」(2023年、元映画館)、「Art for Field Building in Bakuroyokoyama」(2021年、MIDORI.so Bakuroyokoyama)、「ART THINKING WEEK」(2021年、SHIBUYA QWS)「アーティストin六区」(2015-16年、宮浦ギャラリー六区)、「直島建築+The Naoshima Plan」(2016年、瀬戸内国際芸術祭2016参加企画)など。