どこまでも考え続ける行為―― +5 メディアプログラム vol. 1 「編集のスキマ」レポート

どこまでも考え続ける行為―― +5 メディアプログラム vol. 1 「編集のスキマ」レポート

+5(plus five)|メディアプログラム
2024.01.29
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「博識」「熟練」「古いものも新しいものも知る人」「社交性に富んだ人」「常に第一線」――編集者と聞けば、私はそういったイメージを想起する。ツワモノのようで、おっかない。だから私は「編集者」を名乗ることを極力避けていたのだけれど、最近はどう見ても「編集」としか名付けようのないこと――文芸誌を編み発行するという行為――を始めたから、開き直って編集者と名乗っている。が、編集者と名乗るために必要なことは何なのか。著名な編集者が書いた書籍も読んできたが、明快な答えはいまだに見つからない。

今回+5が主催したメディアプログラムでは、「編集」という仕事がどのような仕事であるかが、たっぷり2時間語られた。文化芸術分野において異なる切り口で編集を続ける2人がゲストスピーカーとして登壇し、それぞれの経験や編集作業の手法例、それぞれがもつ思想が共有された。この2時間を体験しても、明快な答えは見つかっていない。しかし私は、この答えが見つからない編集という仕事に、ついに腹を括ることができたと思う。編集は、答えがないが、何が答えかをどこまでも考え続ける行為であると。この2時間はまさに、考え続けるための時間だった。

約2時間で語られたトピックはたくさんあるが、いくつか絞ってレポートしてみよう。特に、ゲストスピーカー2人の回答に強い結びつきがあった点や、相違が見られた点を取り上げる。まずは、ゲストスピーカーである2人が自己紹介を兼ねて「編集とは?」という問いに答えることから、イベントは始まった。

開催日:2024年12月16日
場所:MEDIA SHOP gallery 2
イベントの詳細はこちら

編集とはどのような仕事か?

「書店にあまり並ばない本をつくっています。書店に並ぶ商業出版だけが、本というわけではないですから」――。まず一般的な前提を覆すことからはじめた櫻井拓(制作ユニット「のほ本」)は昨今、美術展の図録や作家の作品集、ファンクラブ会員向けのファンブック、檀家のみに配られるお寺の記念誌等の編集を手がけている。「編集とは何か?」という問いに答えるなら、「著者(作家)と読者とのあいだに立つ仕事ではないだろうか」という。著者(作家)の魅力を本の形に落とし込むとき、どのようにすれば読者にもっとも伝わるのか。それを常に考えながら仕事をしているという。

代わって光川貴浩(合同会社バンクトゥ代表)は、開口一番「編集というマニアックなテーマで人が集まったことはうれしい」と話す。編集という仕事がわかりやすいものではないからこそ、このようなプログラムが開かれていることを、あらためて認識させられる。光川の行ってきた「編集」は、櫻井と比べればより広義となる。これまでの仕事はバンクトゥのウェブサイトにあるWORKS等を見ればリストアップされているが、大まかにその領域は観光、文化芸術、教育の3つに分けることができ、さらに、それらを包括する「都市」(多くの場合は京都)という視点がある。マス向けの観光PRプロジェクトも行いつつ、京都で開催されるいくつもの芸術祭のウェブサイト制作・編集、そして京都市京セラ美術館のウェブサイトリニューアル等も行ってきた。紙の出版物だけではなく、ウェブや新しいメディアをつかった編集にも積極的だ。しかし光川は元来、紙の雑誌の編集部からキャリアをスタートしているという。「自分はネットでも情報を仕入れているのに、編集者としては紙の本だけをつくるというのが、なんだか浮気しているような気持ちになったのがきっかけ」で、現在では意識的に、複数の新しいメディアを横断して編集を行っているそうだ。

合同会社バンクトゥ代表、編集者、路地研究家|光川貴浩さん

編集の手法例

ひとことでは言い表せないのが編集という仕事だが、このメディアプログラムでひとまず定義された「編集」とは、このようなものだ。

バラバラの情報を結びつけて整理し、伝達のためのひとつの装置へと変換する、数々の作業の総体のこと

「数々の作業の総体」とあるように、編集には、あらゆる種類の実務が含まれている。では、編集者が編集を行うとき、そこには具体的にどのような作業があるのだろうか? まず披露されたのは、光川によるユニークな組み立て方と整理の手法だ。

はじめに、コンセプトにもとづいて取材や情報収集を重ね、情報を積み上げる。光川は、積み上がった情報を見て、再度コンセプトを練り直す。その練り直しの際に、プロジェクトをともに動かすメンバー全員に、これまでのすべての過程と情報を共有する。このメンバーのうちに、光川がもっとも信頼する社内のデザイナーを、必ず加わらせておくという。そのデザイナーは、光川にとっては「自分を編集してくれる人」のような存在で、強固な信頼関係がある。光川とデザイナーは、それを酒の席に持って行く。飲みながらドライブをかけてプロジェクトについて議論し、メモをとっておく。翌日、光川は素面の状態でそのメモを見返して、おもしろいものとおもしろくないものを振り分けしたり、整理していく。こうして、光川流の編集作業が進んでいき、デザイン案に落とし込まれていく。光川は、自社内のデザイナーやメンバーの協力を得ながらプロジェクトを形にしていく協同の編集方法を、確立しているともいえるだろう。

櫻井の手法も、具体性に富みユーモアがある。櫻井も、情報を積み上げていったうえで編集に取り掛かるが、その際、「集まったもののなかに偶然性を見出していく作業が好きだ」という。しかし、櫻井の場合はプロジェクトごとに共同作業するデザイナーや協力者が変わり、光川のようにパートナーが固定化していない。ひとりでその編集作業に向き合い続けるうち、どんどんマニア化してしまう自分に気づくこともあるという。読者の視点を考えれば、マニアの視点は突き放したい。そんなときは、北宋の文学者・欧陽脩が説いた「三上」を思い出す。三上とは、文章を練るのに最適な場所であり人が無意識になる場所で、「馬上(移動中)・枕上(睡眠中)・厠上(トイレの中)」を指す。櫻井は欧陽脩(おうようしゅう)に倣い、編集に煮詰まったら自分を無意識化におくよう努めるそうだ。それは、自転車に乗って遠出することで、京都市在住の櫻井のこれまでの経験では、「だいたい枚方まで来たあたりで良いアイディアが思い浮かぶんです」という。

制作ユニット「のほ本」:編集者、ライター、校正者|櫻井拓さん

外部からやってきた編集者は「媒介者」にもなれる

領域の違う編集を行ってきた2人ではあるが、共通して、文化芸術分野には長く携わってきた。編集者である2人の類似した経験は、文化芸術の内部の独特な状況を伝えるもので、興味深い。

これまで美術展の図録を多く編集してきた櫻井は、学芸員どうしが図録制作における手法やノウハウをあまり共有していないことに気づいたという。学芸員は、チームではなく個人で動く。ひとりひとりに専門領域があり、展覧会を企画するとなればあらゆる作業を一手に担う。その多忙さから、たとえ同じ美術館に所属する学芸員どうしであったとしても、なかなか図録づくりのノウハウや手法を互いにシェアする機会がない。しかし櫻井には当然、これまで共に図録づくりを行った学芸員それぞれのノウハウが共有されている。また、図録づくりにおける編集業務を依頼される編集者とは、ほとんどの場合が美術館にも施設にも属さない外部の人間で、「部外者」とも呼べる。この部外者の立場を有効に活用して、美術業界を俯瞰し、手法やノウハウの共有に努めることも大事なのではないかという。

光川は芸術祭の運営チームにも関わることが多いと言うが、先の櫻井と同じような状況から、異なる芸術祭の運営ノウハウが、光川およびバンクトゥに蓄積されていく。光川も、芸術祭の「部外者」である編集者の立場をうまく活用して、そのノウハウをそれぞれの芸術祭に共有する機会をもったという。それは、とある3つの芸術祭運営者を集めて座談会をひらき、それを記事として編集・制作するという「媒介者」のような動きだった。情報交換をする機会が多くなかった3つの芸術祭運営者たちは、それをきっかけに交流を深め、芸術祭どうしで人材の往来も見られるようになったという。編集という役割には、自然と情報が蓄積される。そして編集者は客観性をもって見渡せる立場にあり、良い意味での部外者で、ときには媒介者にもなれるポジションだ。さらには編集者だからこそ、蓄積されていく情報を価値に転換させる技術も持ち合わせているのだ。

編集者を育成するために

ただし、編集者という人材は多くない。それに、たとえ編集者を志したとして、編集者になるための教育プログラムや実践の機会はあまりない。これからの編集人材育成についての課題も、この日の大きなトピックのひとつだった。

光川はここで、「関西編集保安協会」を紹介した【※1】。光川が事務局メンバーを務める任意団体で、関西を拠点とする編集者たちが50名ほど参加している。この協会の目的は、「首都圏に集中するメディアの産業構造を疑い、関西というエリアにおいて編集人財の育成を図るとともに、編集業に従事する人・団体が安心して仕事ができるネットワークをつくる」ことだ。また協会の調べでは、関西の編集者は首都圏に比べると圧倒的に少ない。関西の経済規模は、首都圏を100とすると関西が39。編集者の就業数は、首都圏を100としたときに関西ではたった16となる【※2】。協会では、編集仕事を請けるときの「見積書の切り方」等を講座として実施していくそうだ。「編集の仕事は決してマニュアル化できるものではないが、編集のテクニックは言語化して伝えていくべきだ」というのが光川の考えだ。

櫻井も光川の意見に同意しつつも、美術業界で編集を仕事としていくには、経済的に成り立たせることが難しいという面もあると指摘する。経済的に成り立たないのであれば、本人の意志があっても職業として続けていくことができない。また、編集者のモチベーションをあげるような周囲からの働きかけも必要ではないかという。編集者は、ディレクターやプロデューサーのような役割も同時に担うことが多い。その本や出版物が「どのような仕上がりになるか」という結果に大きな影響を与えるポジションであるにもかかわらず、仕上がった図録や作品集が評価される場合、視覚的デザインに賞賛の声が集中することも多い。しかしながら編集者は、デザイナーも含めすべての関係者と連絡を取り、納期にあわせた進行と予算管理を担うことも一般的で、つまりは、その図録や作品集の仕上がりを左右する鍵を握っている。裏側のあまり光の当たらない場所で作業を多く担うのが編集者であり、なかなか評価を受けることが少ないのも編集者だ。これから活躍を目指す編集者の未来を考えたとき、確かにこれは懸念材料のひとつである。

編集という行為への批判を考える

Q&Aでは、編集という行為に対する批判的な視点についても語られた。情報を編集して世に出すとき、それが何らかに対して過大な影響を与えたりすることもある。編集して世に出したものに対して、批判を受ける可能性もある。質問者は、編集と批判の関係について、2人がどのように考えているかを問う。

光川は、「編集者の功罪」について語る。編集者の性分として、何か面白いものを見つけたらそれを誰かに伝えたいという欲求が湧いてくる。例えば京都の珍しいスポットを見つければ、それをできるだけおもしろく、多くの人に紹介したいと思うのが編集者の性分である。しかしその情報を伝えたとき、過度に注目されてしてしまうと、オーバーツーリズムなどを引き起こすこともあり得る。直近進めているプロジェクトでは、過度に人が集中しないように、「一定以上のアクセスがあれば当該記事が消えていく」というようなウェブページの構築をしたり、情報拡散の限界を設定するような実験も行っているそうだ。過度に情報化・観光化・都市化されてしまうことへの反抗を、編集者の立場から実践しているとのことだった。

また櫻井は、昨今のSNSと出版の関係と、それに伴う情報の氾濫を指摘する。現在は出版のノウハウも広く共有され、誰でも本を出しやすくなった。SNSの延長線上で情報を捉え、誰もがその氾濫に手を貸してしまう状況になった今、櫻井は編集者として、「情報を集めながら、常に捨てていくことも大事だと思っている」と話す。何を載せるかを考えると同時に、何を載せないかということを考える。あれも載せたいこれも載せたいという気持ちを抑えて、著者や作家には「これぐらいにとどめましょう」と提案することも多くあるという。また、載せるかどうか迷った場合は「とにかく引き算にして、載せない」というポリシーだ。過剰な説明をせず、少し足りないぐらいの説明で終える。読者が「これは、どういうことだろう?」と考えるきっかけを残しておくことも、意識しているとのことだった。

いっぽうで+5編集長の桐は、+5においては、あえて情報量の多い記事を掲載しているという。情報が氾濫する今、ウェブメディアには短く読みやすく飲み込みやすい記事が増えているが、「飲み込みにくい情報も大事なのではないだろうか」と桐は問う。アートにかかわる人々の活動や思考をアーカイブするというミッションが重要な+5では、記事を簡単にして消費されやすくしないことを、心がけているという。

スキマをとって、おもしろく

この2時間には、編集という仕事を実践してきた編集者たちの問いや迷いや逡巡が散りばめられていて、やはり、「編集とは〇〇だ」と断言するようなものではなかった。編集という仕事の領域が広大で、いかに答えが見つからない仕事であるかということを答え合わせするかのような2時間だった。櫻井や光川そして桐が、これまで長らく考え続けることで編集という行為を成り立たせてきたように、どの編集者も、それぞれが考え続けることにしか答えはないのだと思う。もしかしたら編集と関わりのない人は、「考え続けることにしか」なんて聞くとゾッとするかもしれない。けれども、考え続けるのはつらいことではなく、むしろ、おもしろくて堪らない。

ちなみに、今回のメディアプログラムのタイトルは、「編集のスキマ」と掲げられていた。この「スキマ」はきっと、空白で寂しいものではなく、情報と情報のあいだにある「アソビ」のようなものだろう。ギチギチに詰め込まず、あえてスキマをとるのが良い。うろうろと迷い道をしながら、スキマと仲良く、編集者をやっていくことを楽しみたいものである。


関連情報

合同会社バンクトゥ

光川さんが代表を務める、「編集」を基軸としたクリエイティブ・ファーム。

他のプロダクションには無い独自の視点で、芸術文化や観光、地域を読み解き、メディアを形成するをことを強みとしている。光川さんのような編集者/ディレクターはもちろん、デザイナーやエンジニアも抱えることで、ワンストップでスピーディー且つ高いクオリティを出せるようになっている。

過去の制作事例はこちら

(URL最終確認:2024年1月29日18時40分)

制作ユニット「のほ本」

編集者である櫻井さんと、イラストレーター/ディレクターの「あべのえる」さんの制作ユニット。編集はもちろん、執筆・校正・ディレクション等、およそ本の制作に関してどの角度からもサポートすることができる。特に情報の編集が困難なアートブックの制作に対しての評価が高く、且つ関西で美術の情報編集を行ってきた稀有な存在である。

過去の制作事例はこちら

(URL最終確認:2024年1月29日18時40分)

注釈

【※1】関西編集保安協会

同協会はnoteでも情報発信を行っている。その中で光川さんの紹介もされているので、ぜひご覧いただきたい。

『[EDITORS FILE] 光川貴浩/bank to LLC.(京都)』

(URL最終確認:2024年1月29日18時40分)

【※2】「関西編集保安協会 活動概要」(2023年6月9日版) p. 5.

(URL最終確認:2024年1月29日18時40分)


WRITER|山本佳奈子(やまもとかなこ)

編集者/ライター
1983年生まれ、神戸市在住。アジアを読む文芸誌『オフショア』の編集・発行人。
2011年より東アジアや東南アジアを訪れ、各都市の音楽家やアーティストらへ取材。自ら立ち上げたウェブメディア「Offshore」にて記事として発信し、記事に関連したトークイベントも多数企画。また、音楽バンド来日ツアー(Desktop Error、The Observatory等)やドキュメンタリー映画上映会ツアー(『パーティー51』等)のプロデュース・制作も行ってきた。