じっくりとじわじわと取り組む——土師ノ里と西成、ふたつの現場から

じっくりとじわじわと取り組む——土師ノ里と西成、ふたつの現場から

和田 太洋
2025.06.03

大阪・藤井寺市に、土師ノ里(はじのさと)という場所がある。頭がぶつかりそうな低いトンネル、古墳群、そして、細く入り組んだ路地など、思わず童心に帰って探検したくなる街並みだ。「土師ノ里」という名称は、駅と交差点にしか使われておらず、行政上の地名ではない。だが、藤井寺市民は、最寄り駅の名前でその地域を語るそうだ。

土師ノ里では、コロナ以降、文化的なスペースが少しずつ増えてきている。古民家を改装した集合ショップ「里庭の箱」、アートアパートの「マンションみどり」、複合施設の「エリアアサノヤ」、自転車修理屋が営む「書林千鳥」、アートコレクターが営むレジデンス施設「アートスタジオ イミュ」、コミュニティスペースの「jichanchi」、など【※1】。

下浦萌香は、「里庭の箱」の一角にアーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」を構えるアーティストだ【※2】。下浦は、今回(2025年3月25日)、「教えて!松尾さんとYukawaさん!——地域とアートの可能性を探る、公開ミーティングとまちツアー」というイベントを企画した【※3】。まち歩き・トーク・懇親会の三部構成で、夜の懇親会では「食堂 佐市」と「ノーウェア土師ノ里」の料理が提供された。

土師ノ里の現在地

本レポートで取り上げるのは、第二部のトークイベントだ。下浦に加えて、西成でスペースを運営する松尾真由子【※4】、Yukawa-Nakayasu【※5】が登壇した。司会は、地域まちづくり団体「まなリンク協議会」【※6】所属の松川哲也が務めた。

まずは、下浦が土師ノ里の現状について共有する。土師ノ里は、都市に近いが緑も多い。というのも、世界遺産に登録されている「古市古墳群」があるからだ。土師ノ里という名称は、古墳の築造や埴輪づくりに携わっていた一族の土師氏に由来している。

今回のイベントは、「まなリンク協議会」が主催する「土師ノ里アートプロジェクト」の一環として行われた。このプロジェクトは、地域の文化資源の再発見を目的としている。人口減少を食い止めるだけでなく、人々の関係性の質も再考したい。そんな思いを、下浦と松川は抱いている。活動が実を結んで、これまでアートに馴染みのなかった人たちも積極的に関わりをもち始めている。例えば、「食堂 佐市」でも、展示の企画が具体化しつつある。

とはいえ、いくつかの取り組むべき課題が見えてきた。

(1)地域内でアートやまちづくりに関わる担い手同士のつながりを可視化すること。
(2)アーティストが継続的に発表できる場や、批評的な視点が生まれる仕組みをつくること。
(3)アートマネージャーの担い手を育てること、誰かに任せること。
(4)アートに馴染みのなかった人たちに、いっそう深くアートを学んでもらえるような場をつくること。

実際、アーティストと地域住民とのあいだでの対話不足が原因となって、創造やつながりが芽吹くはずだった機会を取りこぼしてしまう――そうした「もったいなさ」も見受けられるそうだ。「土師ノ里には、まだ引き出しきれていない豊かな可能性があるはず」と、下浦は静かに、しかし確信を込めて語った。

西成での取り組み

続いて、西成での実践について、Yukawaと松尾が話す。Yukawaは、西成におけるアートスペースの歴史を説明した上で、自身が運営するスペース「SUCHSIZE」【※7】を紹介する。

西成と現代アートが交わったきっかけは、2002年の「新世界アーツパーク」という大阪市の文化政策にある。この文化政策によって、西成に隣接する浪速区・新世界横の商業施設フェスティバルゲートに、「ココルーム ― ゲストハウスとカフェと庭 〜釜ヶ崎芸術大学〜」をはじめとした四つのアートNPOが軒を連ねた。さらに、2003年には、2023年度まで続いた「Breaker Project」という大阪市の文化事業も発足した。フェスティバルゲートは2007年に閉鎖したものの、「新世界アーツパーク」事業に関わっていた人々は独立し、現在も新たなスペースで活動を続けている。

Yukawaが2024年に立ち上げた「SUCHSIZE」は、芸術の視点から自然と人間の関係を研究する「オープンアートラボ」だ。スタジオを併設したギャラリーになっており、展示やトークイベントなどを行っている。「SUCHSIZE」では、三つの営みが交差する。第一に、地域の人たちが日頃から芸術に触れる営み。第二に、アーティストが新しい観客に出会い、新しい解釈に開かれる営み。第三に、観客が新たな感覚や考え方に出会う営みだ。さらに、オンラインカタログの発行を通して、アーティストを国際的に紹介したり、観客が作品の背景を知るための手掛かりを与えたりもしている。

Yukawaは、スペースの運営にあたって、三つの要素を意識している。それらは、個人や土地の背景からスペース設立のキッカケを得た「reason(理由)」、長期的な目標のもとでコンセプトを作る「vision(展望)」、社会との接続のための企画や広報の「function(機能)」だ。これらの要素を有機的に連関させながら、じわじわと長期的に効果を発揮する場にしようと調整を重ねてきた。

続いて、松尾が、自身も運営に携わるkioku手芸館「たんす」【※8】を紹介する。松尾と西成との関係は、観客や参加者としてフェスティバルゲートに足を運んだことが発端である。その後、2008年からは「Breaker Project」の事務局として地域に関わりはじめた。

「たんす」がオープンしたのは、2012年だ。「Breaker Project」の活動の一環として、元たんす店をリノベーションして、アートスペースにした。これまで、3人のアーティストたち——呉夏枝、薮内美佐子、西尾美也——が「たんす」を拠点にアートプロジェクトを実施してきた。

オープン当初、物件の掃除から地域との交流を始めたという。地域住民や建築を学ぶ学生たちにも協力してもらいながら、改装作業を進めたのだ。さらに、活動と住民をつなぐ地域コーディネーターとの協力など、場が地域へと浸透するしかけを試みた。活動を通して、「たんす」に通うことが日課となるコアメンバーが地域住民から生まれ、今では「たんす」の共同運営者として変貌を遂げている。それぞれの人には、得意なことと不得意なことがある。得意を生かすことで役割が生まれ、個性を発揮することができる。不得意/できないと思っていることも、発想を転換することで時として創造性に繋がる。アートの視点が生き生きとした人生に寄与する瞬間を日々目の当たりにしている。松尾は、そう締めくくる。

クロストーク

それぞれの用意してきた発表が終わると、クロストークへと移行する。アートマネージャー不在の問題について、松尾がこう述べる。「自分は別の仕事でアートマネージャー育成講座を行なっているけれど、やはり現場で粘り強く取り組んでいくような人が必要なので、講座形式での限界を感じています」。Yukawaは、ふとした人との関わりが未来につながっていく可能性にも言及する。例えば、今回のツアーに参加した人が、アートプロジェクトに関わり始めるかもしれない。松尾が観客からアートマネージャーになったように、である。

とはいえ、そもそもなぜアートマネージャーを必要としているのかを問い直すことも大切だ。それは、より良いコミュニケーションを求めているからだ。Yukawaが語る。「アートマネージャーは、人に合わせて、言葉を翻訳する翻訳者とも言えます。また翻訳しきれない場合は、相性のいい人に代弁してもらうのも一つの手だと思います。僕の場合は、話が噛み合わず、怒られたときこそチャンスだと捉えています。怒る人は、無関心ではなく興味をもってくれている人です。怒った相手の気持ちを汲み取り視点を広げていくと、最終的にその人が心強い協力者になってくれることもあります」。松尾も付け加える。「場を運営するなかで、参加者の声の大きさや力の関係性が少し歪んでるなと感じる時は、座る場所を変えてみるとか、ちょっと難易度の高い作業をお願いしてみるとか、そういったほんの少しのことで空気感が変わったりもしますね。なんでそうなるんだろう、とうまくいかないことを面白がるのがコツです」。他者との衝突を忌避せずに受け止めると、思ってもみなかった飛躍が訪れることがある。

トークを通して見えてきたのは、見知らぬ土地にじっくりと腰を据えるアートプロジェクトの姿だ。「10年単位で、取り組んでいかなければいけませんね」と下浦も述べる。わたしたちの日常にも、馴染みのない環境に飛び込んでいく機会はある。そういったとき、意思の疎通に失敗したり、怒られたりもする。だが、そうした齟齬をバネにして前に進んでいく力強さを身につければ、自ずと道は拓けていくはずだ。

注釈

【※1】土師ノ里エリアのスペースについては以下

里庭の箱

マンションみどり

エリアアサノヤ

書林千鳥

アートスタジオ イミュ

‍・jichanchi

(URL最終確認2025年6月3日)

【※2】デラハジリ

デラハジリについての一連のニュースは「Paper C」にもまとまって掲載されている。

(URL最終確認2025年6月3日)

【※3】「教えて!松尾さんとYukawaさん!——地域とアートの可能性を探る、公開ミーティングとまちツアー」

(URL最終確認2025年6月3日)

【※4】松尾真由子

(URL最終確認2025年6月3日)

【※5】Yukawa-Nakayasu

(URL最終確認2025年6月3日)

【※6】まなリンク協議会

(URL最終確認2025年6月3日)

【※7】SUCHSIZE

(URL最終確認2025年6月3日)

【※8】kioku手芸館「たんす」

(URL最終確認2025年6月3日)

和田太洋(わだ・たいよう) 

ホノルル生まれ。関西を中心に、展覧会レビューの執筆やアートイベントでの通訳を行う。ロームシアター京都が運営するWebマガジン『SPIN-OFF』に、公演評「身体と信頼」を寄稿。浄土複合ライティング・スクール4期生。